後 の祭
時機を逸して無意味になり、気がついてもいまさら取り返しがつかないことのたとえ。
*虚堂録臆断(1534)五「死して後に紙銭を焼て不祥を除く也。をかしいこと也。無用処也。あとのまつり也」
*俳諧・毛吹草(1638)二「あとのまつり」
*浮世草子・安倍清明白狐玉(1726)「大夫さまは今朝からおまへを待てゐて、どふぞ此身うけに邪魔を入て、首尾せぬやうのお智恵がかりたいと、立そにたってござんしたけれど、今ではほんのあとの祭(マツリ)、いさかひはてての棒ちぎり木」
*浄瑠璃・艶容女舞衣(三勝半七)(1772)下「コリャ宗岸が一生の仕損ひとサ悔(くや)んでも跡の祭」
*諺苑(1797)「あとの祭 時に及はさる喩なり」
*国民の品位(1878~91)「跡の祭り」
*古今俚諺類聚(1893)「後(アト)の祭礼(マツリ)」
*二百十日(1906)〈夏目漱石〉四「どうも饂飩屋は性に合はない。——然し、とうとう饂飩を食はせられた今となってみると、いくら饂飩屋の亭主を恨んでも後(アト)の祭(マツ)りだから」
*点と線(1958)〈松本清張〉一二・一「綿入れを着ていたからといって何も冬とはかぎらないのです。〈略〉が、こう考えついたのはあとの祭、二十年前に考えおよばなかったのを後悔するばかりでございます」
補説「後の祭り」が直接何をさすかについては、祭りのすんだ後とする説(「増補俚言集覧」)や祭日後の山車(まつり)とする説(「大言海」)、死後の祭りとする説(「日本のことわざ〈金子武雄〉」)などがあるが、いずれも十分に立証されていない。
