ジャパンナレッジ 本文サンプル『坊っちゃん』

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日本大百科全書(ニッポニカ) 本文サンプル『坊っちゃん』

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日本大百科全書(ニッポニカ)

坊つちやん

ぼっちゃん

夏目漱石 (そうせき) の短編小説。1906年(明治39)4月『ホトトギス』に発表。翌年1月、春陽堂刊の『鶉籠 (うずらかご) 』に収録。親譲りの無鉄砲で損ばかりしている主人公が、四国の中学校に数学教師として赴任し、宿直の夜にイナゴ攻めにあうなど生徒たちのいたずらに悩まされる。果ては教師間の内紛に巻き込まれ、生来の正義感を爆発させた。同僚の「山嵐 (やまあらし) 」と協力して、奸悪 (かんあく) な教頭「赤シヤツ」らに「天誅 (てんちゅう) 」を加え、辞表を出して四国を去るという筋。

 1895年(明治28)から翌年にかけて、松山中学に英語教師として勤めた体験が反映しているが、事実の裏づけはない。小説の成功は主人公「坊つちやん」の素朴明快な性格の創造に負うところが多く、彼のよき理解者である老婢 (ろうひ) 清 (きよ) の点描も印象的である。単純なプロットにふさわしく、文体も畳み込むようなリズムを最後まで失わない。江戸っ子らしい侠気 (きょうき) と諧謔 (かいぎゃく) にあふれた佳作で、南国の太陽を思わせるさわやかな読後感が、いまなお多くの読者を集めている。

[三好行雄]

日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館)

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明治文学全集 本文サンプル『坊っちゃん』

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明治文学全集 坊っちゃんのビューア画面

【上記の拡大画像】

明治文学全集 坊っちゃんの版面

【テキスト】

坊っちやん

 親讓りの無鐵砲で小供の時から損ばかりして居る。小學校に居る時分學校の二階から飛び降りて一週間程腰を拔かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張つても、そこから飛び降りる事は出來まい。弱蟲やーい。と囃したからである。小使に負ぶさつて歸つて來た時、おやぢが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を拔かす奴があるかと云つたから、此次は拔かさずに飛んで見せますと答へた。
 親類のものから西洋製のナイフを貰つて奇麗な刄を日の翳して、友達に見せて居たら、一人が光る事は光るが切れさうもないと云つた。切れぬ事があるか、何でも切つて見せると受け合つた。そんなら君の指を切つて見ろと注文したから、何だ指位此通だと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かつたので、今だに親指は手に付いて居る。然し創痕は死ぬ迄消えぬ。
 庭を東へ二十步に行き盡すと、南上がりに聊か許りの菜園があつて、眞中に栗の木が一本立つて居る。是は命より大事な栗だ。實の熟する時分は起き拔けに背戸を出て落ちた奴を拾つてきて、學校で食ふ。菜園の西側が山城屋と云ふ質屋の庭續きで、此質屋に勘太郎といふ十三四の忰が居た。勘太郎は無論弱蟲である。弱蟲の癖に四っ目垣を乘りこえて、栗を盜みにくる。ある日の夕方折戸の蔭に隱れて、とう〳〵勘太郎を捕まへてやつた。其時勘太郎は逃げ路を失つて、一生懸命に飛びかゝつて來た。向ふは二っ許り年上である。弱蟲だが力は強い。鉢の開いた頭を、こつちの胸へ宛てゝぐい〳〵押した拍子に、勘太郎の頭がすべつて、おれの袷の袖の中に這入つた。邪魔になつて手が使へぬから、無暗に手を振つたら、袖の中にある勘太郎の頭が、左右へぐら〳〵靡いた。仕舞に苦しがつて袖の中から、おれの二の腕へ食ひ付いた。痛かつたから勘太郎を垣根へ押しつけて置いて、足搦あしがらをかけて向へ斃してやつた。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四っ目垣を半分崩して、自分の領分へ眞逆樣に落ちて、ぐうと云つた。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になつた。其晩母が山城屋に詑びに行つか序でに袷の片袖も取り返して來た。
 此外いたづらは大分やつた。大工の兼公と肴屋の角をつれて、茂作の人參畠をあらした事がある。人參の芽が出揃はぬ處へ藁が一面に敷いてあつたから、其上で三人が半日相撲をとりつゞけに取つたら、人參がみんな踏みつぶされて仕舞つた。古川の持つて居る田圃の井戸を埋めて尻を持ち込まれた事もある。太い孟宗の節を拔いて、深く埋めた中から水が湧き出て、そこいらの稻に水がかゝる仕掛であつた。其時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ちぎれをぎう〳〵井戸の中へ押し込んで、水が出なくなつたのを見屆けて、うちへ歸つて飯を食つて居たら、古川が眞赤になつて怒鳴り込んで來た。慥か罰金を出して濟んだ樣である。
 おやぢは些ともおれを可愛がつて呉れなかつた。母は兄許り贔負にして居た。此兄はやに色が白くつて、芝居の眞似をして女形になるのが好きだつた。おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと、おやぢが云つた。亂暴で亂暴で行く先が案じられると母が云つた。成程碌なものにはならない。御覽の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。只懲役に行かないで生きて居る許りである。
 母が病氣で死ぬ二三日前臺所で宙返りをしてへつついの角で肋骨を撲つて大に痛かつた。母が大層怒つて、御前の樣なものゝ顏は見たくない

【目次】

表紙
巻頭口絵
夏目漱石集 目次
夏目漱石集
坊っちやん
草枕
夢十夜
それから
文壇に於ける平等主義の代表者「ウオルト、ホイツトマン」Walt Whitmanの詩について
人生
倫敦消息
自轉車日記
「文學論」序
文學評論(抄)
第四編 スヰフト(Jonathan Swift. 1667―1745)と厭世文學
長谷川君と余
博士問題とマードツク先生と余
現代日本の開化 ――明治四十四年八月和歌山に於て述――
俳句
明治二十二年
明治二十三年
明治二十四年
明治二十五年
明治二十七年
明治二十八年
明治二十九年
明治三十年
明治三十一年
明治三十二年
明治三十三年
明治三十四年
明治三十五年
明治三十六年
明治三十七年
明治三十八年
明治三十九年
明治四十年
明治四十一年
明治四十二年
明治四十三年
明治四十四年
明治四十五年・大正元年
日記 ――明治三十四年一月一日より十一月十三日まで――
斷片 ――明治三十四年四月頃以降――
書簡集
明治三十三年 ――九月六日より――
明治三十四年
明治三十五年
硏究・解題・年譜・參考文獻
夏目漱石
『それから』の思想と方法
解題
年譜
參考文獻
Ⅰ 單行本及び單行本・講座類所收
Ⅱ 新聞・雜誌・紀要等所載
奥付

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『明治文学全集』(全99巻+総索引)は、明治期の文学遺産を多方面にわたって網羅した画期的な大全集です。この全集は、小説や詩歌の枠を超えた広義の文学の視野に立ち、明治期の思想や文学の流れを歴史的・系統的にたどれるように編集されています。開花期の戯作や啓蒙思想から、明治の青年層に熱狂的に愛読された政治小説や翻訳文学をはじめ、文学、思想、宗教、史論、言論を中心に、民権運動、国粋主義運動、社会主義文学なども収録しています。

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