ジャパンナレッジ 本文サンプル『エリザベス1世』

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岩波 世界人名大辞典 本文サンプル『エリザベス1世』

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岩波 世界人名大辞典

エリザベス1

Elizabeth I
1533.9.7~1603.3.24

イングランドおよびアイルランド女王 [1558/1603] .

ヘンリー8世アン・ブーリンの娘としてロンドンに生まれ,議会の承認を得た父の遺言により,異母弟エドワード6世および異母姉メアリ1世につぐイングランド(およびアイルランド)王位継承者となる.アスカムの薫陶を受けてギリシア,ラテンの古典を学び,また仏・伊両語に通じた.メアリのカトリック復帰政策に対しワイアット(Tomas Wyatt 1521頃~54)が反乱を起こすと,陰謀に加担した嫌疑を受けて投獄された [1554] が,間もなく釈放され,隠棲して勉学に没頭した.姉の死後25歳で即位,フランスとの戦争をおさめ [59] ,財政の基礎を確立した.宗教については父ヘンリーの政策に復帰し〈国王至上法Act of Supremacy〉および〈礼拝統一法Act of Uniformity〉を再び制定し [同] ,メアリのカトリック復帰の諸法を廃して国教制度を再建,カトリックおよびピューリタンの両極端派を抑圧して中道をとった.廷臣レスターエセックス(2nd Earl)らを寵愛したが,長い治世を通じて賢相W.セシルウォルシンガムらを重用して,慎重な派閥操縦で国内治安を保った.また,諸国家間の葛藤に巻き込まれることを警戒して,スペイン王フェリーペ2世をはじめ君主らの求婚を却け,一生を独身で通し,海外のプロテスタント同胞の直接支援にも消極的であった.大陸の対抗宗教改革の進展とともに,国内では,北部のカトリック諸侯の反乱 [69-70] や,亡命中のメアリ・ステュアート擁立の陰謀 [72,86] などが相次ぎ,不穏の種は尽きなかった.他方で,神に祝福されたプロテスタント処女王としての自己イメージ創出は,スペイン無敵艦隊の撃退 [88] により劇的な成功をおさめ,〈よきベス〉の黄金時代の神話のもととなった.晩年は,独占権その他の問題で議会と対立し,寵臣エセックスのアイルランドでの失態などに悩まされるが,最期まで主導権を握り続け,死の床でスコットランド王ジェイムズ6世(ジェイムズ1世)を後継者に指名,テューダー朝最後の君主となった.

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改訂新版 世界大百科事典 本文サンプル『エリザベス1世』

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世界大百科事典

エリザベス[1世]

Elizabeth Ⅰ
1533-1603

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イギリス,チューダー朝の女王。在位1558-1603年。ヘンリー8世と2番目の妃アン・ブーリンの子。1536年母が刑死し非嫡出子とされたが,44年には王位相続権を認められた。ルネサンス新学芸の影響下に成長し,幼時から聡明をもって聞こえた。弟エドワード6世治下では,王位をねらうノーサンバーランド公の陰謀を排し,姉メアリーの即位を助けた。54年ワイアットの反乱では姉により連座を疑われて一時入獄したが,ほどなく釈放され,58年メアリーの没後即位した。この前後各国からの求婚者を退け独身を言明し,大権の護持を誓う。59年礼拝統一法を発布して,前代メアリー治下のカトリック再興を元に戻して英国国教会を確立した。また他国の新教徒を援助する一方,両カトリック大国フランスとスペインの対立を巧みに操った。当時最大の問題はスコットランド女王兼フランス王太子妃メアリー・スチュアートの執拗なイングランド王位の要求であったが,これを退けた。この間スコットランドでは宗教改革が進行し,60年夫に死別した女王メアリーが帰国したのを機に同国に内紛が起こり,メアリーはイングランドに逃亡,エリザベスはこれを幽閉した。

 62年フランスに宗教戦争が起こり,同国からの干渉はやみ,今や最大の敵はスペインとなった。69年北部でカトリック貴族の反乱が起こり,70年教皇ピウス5世はエリザベスを破門した。71年には女王の暗殺,スペイン軍の侵攻を企てたリドルフィの陰謀が露見する。一方,海外でもスペインの圧迫が強まり,68年サン・フアン・デ・ウルア事件が起こり,ホーキンズ,ドレークらの海事活動が阻害される。アイルランドでも69年にマンスターの反乱が起きている。こうして87年バビングトンの陰謀が発覚するに及び,エリザベスもついに世論に抗しきれずメアリーを処刑する。これを機にスペインは翌年無敵艦隊を派遣するが,これは失敗に終わる。同年,長年の寵臣レスターが死に,95年にはホーキンズ,ドレークもカリブ海に水死,98年重臣セシルも逝く。同世代中生存者は女王1人となった。そこに起こるのが独占をめぐる議会との紛糾,若き寵臣エセックスの反乱と刑死(1601)であった。この頃より女王も弱り1603年リッチモンドに没する。王位は処刑されたメアリーの遺児スコットランド国王ジェームズ6世に移る。イングランド国王としてはジェームズ1世,すなわちスチュアート朝がここに始まる。

 治世はしばしば黄金時代,偉大な治世といわれる。シェークスピア,ベーコン,スペンサーなどにも象徴されるように,文運も隆盛を極めた。しかし,以上の評価には若干の留保が必要である。まず政治的にみても,同時期イギリスは決して強国ではない。スペイン,フランスという2大国間に挟まれて虚々実々,薄氷を踏むような外交を展開したのが実情であった。経済的にも繁栄期とはいいがたく,前代からの混乱を引き継ぎ,海外貿易も前後の治世と比べても異常な不調を示している。思想的にも新旧両派の対立は厳しく,国論の統一にはほど遠かった。しかし,このような情勢の中にあって,女王と政策当路者が,慎重にかつ勇断をもってこの危機を乗り切った点が評価される。すなわち島国,小国の安泰を確保するため外交的には徹底して勢力均衡の立場を堅持したこと,国論も左右の極論を排して国教会という中道を押し立てたこと,しかしまた生存のためには,内には思いきった経済立法,労働立法を行う一方,新産業の育成にも力を入れたこと,また外には海賊行為をも許した積極的な発展策をとったこと,などが挙げられる。ただし全治世期間を通じ,イギリスはまだ植民地はもっていない。

 女王が長い治世を全うしえたのは,長寿という天命であったかもしれない。しかし,この間独身を通し,権謀術数渦巻く派閥抗争の圏外に立ち,判断の自由を留保するには,相当の意志と知性を必要としたはずである。この困難な時代に大過なきをえたのは,やはり彼女の天稟であったと考えたい。文学もまたこのような人と社会を映す鏡であったればこそ,イギリス・ルネサンスの花,いや人類の知恵ともなったのである。
[越智 武臣]

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