第1回 「インフルエンザ」と「感冒」 |
今年4月にメキシコで発生し、日本国内でも感染者が多数出た「新型インフルエンザ」が各国に広まりつつあったとき、1918年から翌年にかけて世界的に大流行し多くの死者が出た「スペイン風邪」のことがあわせて話題になった。「スペイン風邪」と聞いて、比較的年配の方の中には、武者小路実篤の小説『愛と死』のことを思い出した方も大勢いらっしゃったのではないだろうか。ヨーロッパからの帰りの船中で、日本にいる許嫁の突然の死を知らされた若き作家の物語である。この許嫁の命を奪ったのが日本でも多くの死者が出た「スペイン風邪」であった。小説『愛と死』は1939年の発表なのだが、『日本国語大辞典 第二版』(以下『日国』と略称)の「スペイン風邪」の項でも、同書から、
「尤も今度のスペイン風邪といふ奴は丈夫なものの方がやられるらしい」
という部分を引用している。
これに関連して「インフルエンザ」「(流行性)感冒」を『日国』で引いてみると、興味深いことがいろいろとわかる。まず、「インフルエンザ」。原語は英語で、influenza と綴るということだけでなく、「元来はイタリア語で『影響』の意」ということも注記されていて、なるほどと思わせる。
「感冒」は、比較的古いことばで、『日国』にはもっとも古い用例として『日葡辞書』の例が引用されている。『日葡辞書』は、1603~04年にキリシタン宣教師が日本語修得のために刊行した辞書で、当時の日本語を知る上で欠かせない資料である。『日国』に引用されている他の文献からの用例を見ると、「感冒」は江戸時代には比較的一般に使われていたことばであったらしい。また、さらに興味深いのは中国の用例として『水滸伝』の例が引用されている点だ。
「流行性感冒」は「流行感冒」とも言い、『日国』で「流行感冒」を引くと、面白い用例が出てくる。明治24(1891)年1月17日の「国民新聞」の例なのだが、「インフルエンザなる病名は、本邦にては流行感冒とも電光感冒とも訳し居れり」とある。これによると「インフルエンザ」は明治期には「電光感冒」とも言われていたというのだ。「電光」は、“素早い”の意味なのだろうが、あいにく「電光感冒」はこの記事以外に用例が見つからず、『日国』では項目を立てていない。別の用例が見つかればすぐにでも見出し語として立てたいことばである。