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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 356|388|399

『アラビアン・ナイト10~12』(前嶋信次訳)

2013/05/30
アイコン画像    成功したければ“衝動的一歩”を踏み出せ!?
半年でアラビアン・ナイトを読み切る(4)

 『アラビアン・ナイト』でもっとも有名な話はなんでしょう? こんな質問をしたら、おそらくこの物語が大多数の支持を集めるのではないか。そう、『シンドバッドの冒険』である。東洋文庫版の前嶋訳では、第12巻、第537夜から「海のシンドバードと陸のシンドバードとの物語」というタイトルで登場する。船乗りシンドバードの回顧譚を、荷担ぎのシンドバード(つまり陸)が聞く、という体裁だ(以後、「シンドバッド」と表記)。

 映画化もアニメ化も数多くなされ、邦訳もたくさんある。かくいう私も子ども時分に熱狂して読んだくちだが、怪鳥の話や、人食い人種の話など、数あるエピソードの中でもっとも記憶に残っているのが、肩車されたまま降りない老人の話である。川を渡りたがっている老人に厚意を示し、シンドバッドは川を渡るのだが……。


 〈むこうはわたくしの肩から下りようとしないのみか、両脚をこちらの頸(くび)っ玉に巻きつけるのでした。その両脚をよく見ますと、色が黒く、ざらざらとこわくって、まるで水牛の皮みたいではありませんか〉


 降りないばかりか、言うことを聞かなければ蹴る。シンドバッドは老人の足代わり。奴隷だ。シンドバッドのエピソードは奇想天外なのだが、これだけは子ども心にリアルに感じた。夢でうなされたこともある。改めて読み直したけど、いやーやっぱり怖気立ちましたな。

 さて、このシンドバッドの冒険、基本的には、航海→遭難→冒険→大金を得て帰還、の繰り返しである。シンドバッドは、知恵や勇気で困難に立ち向かうのだが、人生を成功たらしめたポイントはそこではない。彼は冒険後の贅沢三昧の最中、必ずこう思ってしまうのだ。


 〈ところが、そのうちにわたくしの心が、どうだい旅に出て、広い世間の衆の国ぐにや島じまを見物して歩いてはと誘いかけるようになりました〉


 シンドバッド自身はこうした思いつきを、〈まことに「人の心は悪に傾きがち」(コーラン第十二章五十三節)なものでしてな!〉と自戒することもあるのだが、この「一歩」こそ、シンドバッドの成功の秘訣なのだ。普通、冒険なんてできませんよ、特に成功して富を獲得したあとには。しかしシンドバッドは一歩を踏み出すのだ。この“衝動的一歩”こそ、人々を惹き付け、かの物語が〈アラビア語説話文学中の最高傑作の一つ〉(12巻あとがき)といわれる所以に違いない。

本を読む

『アラビアン・ナイト10~12』(前嶋信次訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台中世のアラビア(イラン、イラク、エジプト、シリアなど)
読後に一言千一夜も半ばを過ぎてだれかけるときに、「シンドバッド」を持ち出すなんて、物語の盛り上げ方、わかってますな。
効用「海のシンドバードと陸のシンドバードとの物語」、これを読み切るだけでも価値があります。
印象深い一節

名言
かき集めた全財産銀貨三千枚を手に、〈そのとき、すでにわたくしの心中には、いっちょう、異国の衆の土地に旅立ってみようという気持が起きておりました〉(第538夜/海のシンドバードの第一航海の話)
類書古代インドの冒険小説『十王子物語』(東洋文庫63)
ポルトガル商人の冒険物語『東洋遍歴記(全3巻)』(東洋文庫366ほか)
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