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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『五雑組 3、4』(謝肇淛著、岩城秀夫訳注)

2017/01/19
   金持ちはケチで愚かなり!?
百科全書的エッセイを読む (2)

 17世紀に成立した雑学エッセイ『五雑組』は、天、地、人、物、事の5つに分かれています。前回、天、地……ときましたので、今回は「人」(『五雑組』3、4巻)です。

 いったい「人」とはどんな括りなのか。読んで氷解しました。書や仙術など人間業の紹介から、博打、遊びなど人の関わるもの、さらには女装家や恐妻家などなど、人をめぐる興味深い話が列挙されています。

 私が「なるほど!」と膝打ったのは、この言葉です。


 〈金持ちはけちくさい人が多い。けちくさくなければ、金持ちになることができないのである。金持ちに愚かものが多い。愚かでなければ、金持ちになることができないのである〉


 けちはともかく、愚かとは? 別掲のエピソードに、愚かな金持ちの話がありました。

 ひとりの〈財貨の好きな人〉の話です。どれだけ好きかというと、〈常住坐臥、言動から食事休息まで、どこに行くにもお金といっしょ〉。で、ある時病気になってしまうのですが、無理矢理起き上がり、蔵で黄金をなでる。


 〈どうか大きな金塊十個を棺の中に入れて、わしにしっかり抱かせてくれ〉


 と馬鹿なお願いを息子にするのですが、それが難しいとわかってしまう。ま、当然ですね。と、どうなったか。


 〈涙をため、ため息をつき、ものもいえなくなって死んでしまった〉


 アホです。金の亡者です。金に取り憑かれています。

 でも私たちは、この男のことを笑えません。わが国の首相は、年頭記者会見(2017年1月4日)で、記者からの質問に答える形で、次のように述べました。


 〈しっかりと我々はアベノミクスをふかしながら、経済をしっかりと成長させていく、これが私たちに与えられた使命であり……〉(首相官邸web)


 この時首相は、「解散」について聞かれ、それよりも経済成長が大事だ、使命だ、と答えたのです。解散の言質を与えないためとはいえ、経済がいちばん、でいいのでしょうか。経済成長のためには、他のいろいろなことを犠牲にしてもいい、と私には聞こえます。まるで〈財貨の好きな人〉と同じような……。謝肇淛は、〈人の好むところは、生より甚しいものがある〉と言います。色、酒、財(金)、権力。これらに耽溺するあまり、おかしくなる。そうなりたくないし、そんな国もいやだなあ。



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東洋文庫
『五雑組 1、2』(謝肇淛著、岩城秀夫訳注)

2017/01/12
   9はなぜ中国で縁起のいい数字なの?
百科全書的エッセイを読む (1)

 〈数は一に始まり九に終る〉


 当たり前のことしか言っていませんが、こう断言されるとなんだかすごいことを言っているような気がしません? すごいんです。この文は、9は〈陽数〉である、と続き、世には9を冠した言葉がたくさんあるが、〈必ずしも本当に九つあるわけではない。物の数の多いのをいうのに、万というようなものである〉と結論づけます。

 これ、『五雑組』の中で見つけた言葉ですが、この本は、〈明代末期の謝肇淛(しやちようせつ)(1567-1624)の随筆集〉です。〈五雑組とは五色の糸でよった組みひもの意〉で、〈天・地・人・物・事の5部〉に分けられ、〈古今の文献や実地の見聞などに基づいた豊富な話題〉を取り上げています。日本でも〈江戸時代には広く愛読され〉ていたそうです(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)。ま、百科全書的エッセイと申しましょうか、ウンチクの宝庫といっていいでしょう。

 さて本書が提示した9の話。興味深いのでもっと突っ込んで調べてみました。


 〈9は3の3倍で,天界,地界,冥界の三つの世界を支配する完全な力を意味する。ヘブライの伝統では真実を意味し,中世の儀礼では体・知性・精神の一致として優越性を表した。日本では〈苦〉に通じるので縁起の悪い数とされているが,他の東洋諸国では一般に幸運の数として知られている〉(同、「数」の項)


 もっというと、中国では奇数=陽数、偶数=陰数という考え方があります。ところが日本で聖数といえば8。大八洲、八百万神……と「物の数の多い」ものを8で表します。仏教では、数が多いことを「八万四千」と表したりしますから、あるいは仏教の影響なのでしょうか?

 『五雑組 1』にはさらに不思議な数の話が紹介されていました。宋代の田特秀という男、誕生日は5月5日。幼名を〈五児〉といい、試験はすべて5番目の成績。で……


 〈五十五歳で、五月五日に亡くなった〉


 ここまで来ると、不思議を通り越しますね。

 しかしこの著者、謝肇淛は、科学的なスタンスを崩しません。オカルトに流れない。それどころか、吉日を気にする風潮を否定します。


 〈吉凶禍福というのは、どこまでいっても逃れることができない〉


 この諦観。いいなぁ。



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東洋文庫
『北京風俗図譜 1、2』(青木正児編、内田道夫解説)

2017/01/05
   まだ間に合う、幸せを呼ぶ正月の習慣
中国の旧俗を集めた博覧強記本を読む

 お正月をなぜ祝うのでしょうか。〈日本の民族形成に関しては諸説あっていまだ決着をみない〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」「正月」の項)のだそうですが、正月行事に中国の影響があることは間違いありません。そこで、東洋文庫から、正月のおめでたいものを探してみました。

 で、『北京風俗図譜』に、今からでもできそうな、新年の「おめでたい」風習を見つけました。〈めでたい正月を迎える縁起の文字〉を、〈紅い長い紙〉に書き、家の門または部屋の入り口の左右の柱に貼ればいいんだそうです。〈紅い〉というのがミソで、白はめでたくなくなってしまうそうなので、注意してください。

 では何と書けばいいのでしょう。いくつか紹介します。


 〈花開冨貴 花は冨貴を開き/竹報平安 竹は平安を報ず〉

 〈一入新春 一たび新春に入りて/万事順心 万事心に順う〉

 〈発福生財 福を発し財を生じて/大吉大利 大吉 大利〉


 何だかハッピーがやってきそうですね。〈そのほか正月には、いたる所に「出門見喜」「抬頭見喜」などの縁起のよい言葉がはりつけられる〉そうですから、日本風にいえば「言霊」と言いますか、文字の力を信じていることが伺えます。

 さて本書は、中国文学者の青木正児(まさる)氏によるものです。青木氏は、〈中国古典に関する注釈や書画、音楽などの芸術論から酒茶、食品に及ぶ博大な名物考証風の論考を残し、精深な中国理解を示した〉(同「ニッポニカ」)人です。本書は、青木氏が1920年代に北京に滞在した折、いまだここに古き風習が残っていることに感嘆したことに端を発します。〈今にして之を記録しておかなければ、遠からず湮滅してしまふであらう〉と考え、大急ぎで現地の画家に絵を描かせたり、資料を収集したり……と一冊の本にまとめたのです。中国に関して博覧強記の人ですからね。その守備範囲は広く、(1)歳時、(2)礼俗(婚礼、葬礼)、(3)居処、(4)服飾、(5)器用(化粧用具、台所道具など)、(6)市井(看板、ワンタン売りなど)、(7)遊楽(こおろぎのすもう、アヘンなど)、(8)伎芸(芝居、楽器など)、となかなか、興味深い読み物&絵でした。

 青木氏のようなレベルにはなかなか到達できないでしょうが、今年はその爪の垢でも煎じて飲みたいものです。



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東洋文庫
『甲子夜話三篇5、6』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/12/22
   思うままにならぬ人生も好奇心で進め
完結編「甲子夜話三篇」を楽しむ(3)

 長らく続けて来ました「甲子夜話」シリーズも、これで打ち止めです。改めて、著者・松浦静山(1760~1841)についてみてみましょう。


 〈書名は文政四年(一八二一)一一月一七日甲子(きのえね)の夜から書き始めたことによる。天保一二年(一八四一)成立。正編一〇〇巻、続編一〇〇巻を書き、三編七八巻まで書き続けられたところで著者の死去によって途絶〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)


 すごいですな。本人、三篇も100巻をめざしたそうで、あと20余巻、書くつもりだったようです。息子に平戸藩主の座を譲っていたとはいえ、御年82歳。この書き続けた熱情には敵いません。

 例えばアヘン戦争。1840年に起こった中国とイギリスの戦争に関する情報を、静山は詳細に記します。ほとんどリアルタイムの記述です。イギリスには相当な関心を持っていたらしく、イギリス本土のレポートも書き写しています。かと思うと、遊女が方言でなんと呼ばれているか、聞き書きするんですね(ちなみに、越後寺泊では「手枕」、伊勢路櫛田では「出女房」……と、思わずニヤリとしてしまう呼び名です)。

 静山の「甲子夜話」シリーズが“面白い”のはまさにここにあります。アヘン戦争のような硬めの時事ネタだけでなく、色ネタも載せる。硬軟清濁併せのむところが、このエッセイにはあるのです。中でも特筆すべきは「川柳」でしょう。『甲子夜話三篇』の中でも、最晩年の本書第6巻になると特に掲載量が増えます。

 静山お気に入りの柳句をいくつかご紹介しましょう。


 〈一寸の草にも五分のはるのいろ〉
 詩情がありますな。


 〈ためいきを尻からついてしかられる〉
 私もよく、家族から叱られています。


 〈女房にほれるとさきが近くなる〉
 過ぎたるは及ばざるがごとし、ということで……。


 〈目についた女房此頃はなにつき〉
 前句とどちらが幸せなのか。


 〈我ものでわがまゝならぬ五十年〉
 人生五十年。自分の人生のはずなのに、思うようにならない。まさにその通り! ぐっと染み入りますなあ。


 こういう川柳を書き付け、ほくそ笑む。どうです? 静山の人となりが見えてきませんか? 彼は好奇心の塊なのです。知と好奇心は、不可分なのですね。



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『甲子夜話三篇3、4』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/12/15
   なぜ松浦静山は20年間書き続けたのか
完結編「甲子夜話三篇」を楽しむ(2)

 松浦静山はなぜ、こうも大小さまざまなことを記録していくのか。6月より「甲子夜話」シリーズを読み続けていますが、正直なところ、私には腑に落ちないところがありました。

 『甲子夜話三篇』の3巻、4巻のひとつの売りは、「大塩平八郎の乱」(1837年)の膨大な記述です。大塩平八郎は元大坂町奉行所与力で、〈天保7年(1836)の飢饉(ききん)に際して奉行所に救済を請うたが容れられず、蔵書を売って窮民を救った〉人物です。〈翌8年、幕政を批判して大坂で兵を挙げたが、敗れて自殺〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。この挙兵が、大塩平八郎の乱です。

 1821~1841年に著したのが本シリーズですから、同時代の大事件を記述するのは当たり前かも知れません。しかし静山は、関係者の手紙やら裁きの様子まで記し、はては、落首(落書き)まで書き留めるのです。


 〈大塩は本の数々売払ひ、これぞむほんの始なりける〉


 蔵書を売って窮民を救った、という逸話の「無本」と「謀叛」とをかけているわけですね。


 〈徳川の水にながれてきへにけり、慶安の雪天保の塩〉


 〈慶安の雪〉とは、慶安4年(1651)に慶安事件の首謀者となった由井正雪のこと。〈天保の塩〉は「大塩平八郎の乱」の大塩平八郎。雪も塩も川の流れ(=幕府)に比せば大したことないぜ、という意味でしょう。

 この落首は面白い! しかし大事か、と問われれば自信ありません。ところが静山は、ひたすら記します。そこには、氏の強い思いがありました。


 〈戯謔(たはむれ)のことも、書貽(かきのこ)さざれば後の世には知れず〉


 この言葉を見つけた時、私は膝を叩きました。氷解したのです。

 書き残さなければ、後世に伝わらない。静山はあくまで後の世に役立てるべく、さまざまなことを記していたのです。それをどう料理するか(どう評価するか)は、後世の問題なのであって、静山はひたすら書くのです。時には借りた本丸々、〈借写〉します。

 例えば、天候不順が続いたある夏。雨が異常に多いと感じた静山は、天文方の天候記録を借り受けます。そしてそれをせっせと〈借写〉します。お陰で私たちは、この年が異常気象だったことがわかり、天保の飢饉、大塩平八郎の乱……という流れを掴めるのです。

 ……でもよく考えたら、このコラムも〈戯謔〉ですね。



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