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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『ベニョフスキー航海記』(モーリツ・ベニョフスキー著、水口志計夫、沼田次郎訳)

2017/02/16
   「ポスト真実」の先駆け!?
ホラ吹き男の日本航海記

 日本では年末になると「今年の漢字」を選んでいますが、イギリスではオックスフォード英語辞書が毎年、「今年注目を集めた英単語」を発表しています。で、何が選ばれたかというと、「post-truth(ポスト真実)」。


 〈オックスフォード辞書によるとこの単語は、客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況を示す形容詞。今年6月のブレグジット(英国の欧州連合離脱)と11月の米大統領選を反映した選択だという〉(2016年11月17日BBC「NEWS JAPAN」)


 〈最初に使われたのは1992年〉で、2016年の〈使用頻度は前年比2000%〉(同前)と言いますから、驚きです。

 実際、ブレグジットでもアメリカ大統領選挙でもSNSで意図的に嘘がばらまかれ、それが投票結果を左右しました。日本も「息を吐くように嘘をつく」と批判されるトップをいただいておりますが、支持率は高止まりです。

 本書『ベニョフスキー航海記』は、実は「ポスト真実」を先取りするような本です。ベニョフスキー(1746−1786)は、〈ハンガリー生まれの冒険旅行家〉で、〈ポーランド軍に投じロシア軍と戦って捕虜となり、カムチャツカに流罪〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)となった人物です。で、ロシア船を奪って脱走し、1771年に日本にたどり着きました。〈艦が浮氷にはまったので、それに大砲のたまを発射して破壊した〉という調子で、勇ましく冒険は続くのですが、実はこのベニョフスキー、欧州では大のほら吹きとして有名なんだそうです。日本では、寄った先で長崎のオランダ人宛の書簡を残したのですが、〈通詞が書簡を訳出した際にその署名を誤って「ハンベンゴロ」と読み〉(同「国史大辞典」)、日本ではハンベンゴロとして知られるようになります。で、その時の手紙の中に、〈カムチャツカ地方におけるロシア人の動静、その南下の計画などを記した〉(同前)のですね。これ、お得意の「ポスト真実」です。しかも訳者は、この時の書簡を、〈気紛れに近い思い付き〉と断じています。

 この気紛れとホラが、とんでもないことを引き起こします。林子平は『海国兵談』でロシアの脅威を説き、海防の必要性を訴えます。そして実際、そのように日本は動いていきます。まさに「ポスト真実」です。〈感情的な訴えかけ〉が〈世論を形成〉したといえるでしょう。

 「ポスト真実」だと鼻で笑っていると、こちらのほうが真実になってしまう。恐ろしい時代です。



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東洋文庫
『漢書五行志』(班固著、冨谷至・吉川忠夫訳注)

2017/02/09
   なぜ世界は乱れるのか――
五行が警鐘を鳴らすトップの振るまい

 2017年1月20日――この日は、しかるのちに「あの日からだった」と歴史に刻まれるかも知れません。そう、ドナルド・トランプが第45代米国大統領に就任した日です。

 氏は就任演説で、〈保護主義こそが偉大な繁栄と強さにつながる〉、〈自分たちの利益を最優先にする権利がある〉と口を尖らせ、〈アメリカを再び偉大にします〉と胸を張りました(NHK NEWS WEB「トランプ大統領就任演説 日本語訳全文」/1月21日)。

 いったいこれから、どんな世界になるのでしょうか。

 「漢書」は、〈前漢の歴史を紀伝体で記した〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)正史のひとつですが、その中の1冊、『漢書五行志』によれば、世界は、〈「木」「火」「土」「金」「水」〉の5つから成り立っている(五行)そうです。で、災害などをこのように定義づけます。


 〈災害や怪異の現象は、人間の悪徳や悪行が五行のバランスを乱し、世界なり自然なりの秩序を混乱させるために発生する〉


 つまり国のトップがダメだと国がおかしくなる、というんですね。本書は、いってみれば、そういう事例をこれでもかと掲載している本なのです。

 はっと辺りを見回すと、世界各国のトップは、「暴君」と呼びたいような人ばかりです(暗愚と呼びたい人もいます)。すると世はどうなるか。

 『漢書五行志』は次のように言います。


 〈上に立つものが聡明でなく、暗愚で心がおおわれていると、善悪を見わけることができず、近習を親愛し、同類の輩を増長させる〉


 まさに隣国・韓国で起こっていることですし、米国ではすでにトランプ大統領の「政治の私物化」が批判されています(そういう日本だって、首相の実弟が外務副大臣を務め、内閣にも「お友達」が何人もいます)。『漢書五行志』の立場に立てば、この世界はますます荒れます。

 救いがあるとするなら、すでに各国で声が挙がり始めていることです。トランプ抗議デモ主催団体によれば、反トランプデモに、〈世界約80カ国の670カ所で、約480万人(日本時間23日午前1時現在)が参加した〉そうです(朝日新聞デジタル/2017年1月23日)。さらに言うなら、『漢書五行志』が紹介する愚者のリーダーの末路は、皆、悲惨です。天が許さないのです。天が罰するはず……と考えるのは、あまりにも能天気でしょうか。



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東洋文庫
『五雑組7、8』(謝肇淛著、岩城秀夫訳注)

2017/02/02
   読書の楽しみとそこに潜む陥穽
百科全書的エッセイを読む (4)

 今さらですが「東洋文庫」の魅力は何でしょうか?

 そのひとつはやはり、何巻にもおよぶ大長編が収録されていることでしょう。ジャパンナレッジのラインナップ作品で巻数の多い順にランキングしてみます。


1.『甲子夜話』シリーズ20巻(正編6、続編8、三編6)

2.『アラビアン・ナイト』シリーズ19巻(別巻1含む)

3.『和漢三才図会』18巻

4.『今昔物語集』10巻

5.『五雑組』8巻


 つまり本書『五雑組』は、堂々の5位にランクインしているんですね(当コラムではこれまで、1位、2位、4位の作品も取り上げています)。こうしたロングシリーズを読むと、少なくとも達成感はあります。

 博覧強記である謝肇淛(しゃちょうせい)は、当然、読書家であるわけですが、やはり「読書」に関しても一家言持っています。


 〈まだ見たことのない書物を読み、まだ訪ねたことのない山水をめぐるのは、至宝を手に入れたり、珍味を嘗(な)めたりするようなもので、一段と痛快である〉


 新しい本を手にとった喜びが、見事に言い表されています。しかし著者は、読書を手放しで推奨しません。


 〈古人の読書は正しい筋道を明らかにすることであり、中古の読書は学問に資する為であり、当世の人の読書は、科挙に及第したいが為にすぎない〉


 と「読書の質」を嘆きます。さらに(ここは耳が痛かったのですが)、「愛書家の欠点」なるものを説きます。


 〈書物好きの人に三つの欠点がある〉


 と言うのですが、かいつまんで説明すると、


(1)本棚にきれいに並べて美を誇るだけ。


(2)本をたくさん収集して所蔵するだけ。


 そして3番目に挙げるのがこれ。


 〈博学多識で、一生涯こつこつと努力しつづけるけれども、眼識に鋭さも深さもないため 、自分の説を展開することができない〉


 ようは、読書が目的化してしまっていて、その先に行けない(私もそのひとりだなあ)、と批判しているのです。

 著者自身も、「書く」ことでようやく長年の読書が報われたと漏らしていますから、そういうことなのでしょう。

 本書に、著者の心憎い言葉を見つけました。読むこと、書くことにこだわった著者ならでは、の言葉です。


〈言語は心の華である〉



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東洋文庫
『五雑組 5、6』(謝肇淛著、岩城秀夫訳注)

2017/01/26
   お酒を飲むと出世できない!?
百科全書的エッセイを読む (3)

 さて、年末年始にかけて、忘年会や新年会で「お酒を飲んだ!」という人はどのくらいいるのでしょうか?

 お酒を飲む頻度を尋ねたインターネット調査(wine-bzr.com「お酒を飲む頻度に関する調査」2016年10月)によると、「お酒好き」(「毎日飲む」「週に2~3回飲む」の合計)は36.2%。一方で、「お酒NG」(「ほとんど飲まない」「まったく飲まない」の合計)は38.9%だそうです。20代に限っていえば、「お酒NG」は44.8%とグンと跳ね上がります。年代が上がるにつれて、「お酒好き」は増えていますから、世代間格差は確実にあるようです(ちなみに60代の「お酒好き」は45.8%)。

 世間的には、「酒ぐらい飲め!」という意見が多いのかも知れませんが、「飲まなくていいぜ」という力強い意見を紹介しましょう。『五雑組』の「物部」にある言葉です。


 〈酒が入れば饒舌になり、饒舌になれば身は破滅する。よくよく戒めなければならぬ〉


 著者の謝肇淛(しゃちょうせい)、飲酒の大否定ですね。さらに……


 〈人は酒を飲まなければ、いくつかの地位が得られる〉


 酒を飲まなければ出世する――。こう断言しています。その理由を見てみましょう。お酒を飲まない利点は3つ。


(1)〈志や知識が昏(くら)くならない〉

(2)〈時を廃し事を失する〉

(3)〈失言をしたり態度をあやまったりしない〉


 つまり、酒を飲めば、意志薄弱になり、時間にもルーズ、失敗と失言のオンパレード、ということです。


 〈わたしはこれまでに篤実で謹厳な人が、酒を飲んでのち、狂妄な人間に変じてしまったり、勤勉力行の人が酔ったことからその職業を失うことの多いのを見て来た。ましてや、醜態の極みは、妻子からも訕(そし)られたり笑われたりで、親戚や知人からも畏れられたり憎まれたりするではないか〉


 とまで謝肇淛は書いていますからね。もしかして著者本人が酒で大失敗したのでは? と勘繰りたくなります。

 でもこれからは、お酒の苦手な人は、こう言って断われますね。

 「中国の有名な随筆『五雑組』では、酒を飲まなければ出世すると言っています」



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東洋文庫
『五雑組 3、4』(謝肇淛著、岩城秀夫訳注)

2017/01/19
   金持ちはケチで愚かなり!?
百科全書的エッセイを読む (2)

 17世紀に成立した雑学エッセイ『五雑組』は、天、地、人、物、事の5つに分かれています。前回、天、地……ときましたので、今回は「人」(『五雑組』3、4巻)です。

 いったい「人」とはどんな括りなのか。読んで氷解しました。書や仙術など人間業の紹介から、博打、遊びなど人の関わるもの、さらには女装家や恐妻家などなど、人をめぐる興味深い話が列挙されています。

 私が「なるほど!」と膝打ったのは、この言葉です。


 〈金持ちはけちくさい人が多い。けちくさくなければ、金持ちになることができないのである。金持ちに愚かものが多い。愚かでなければ、金持ちになることができないのである〉


 けちはともかく、愚かとは? 別掲のエピソードに、愚かな金持ちの話がありました。

 ひとりの〈財貨の好きな人〉の話です。どれだけ好きかというと、〈常住坐臥、言動から食事休息まで、どこに行くにもお金といっしょ〉。で、ある時病気になってしまうのですが、無理矢理起き上がり、蔵で黄金をなでる。


 〈どうか大きな金塊十個を棺の中に入れて、わしにしっかり抱かせてくれ〉


 と馬鹿なお願いを息子にするのですが、それが難しいとわかってしまう。ま、当然ですね。と、どうなったか。


 〈涙をため、ため息をつき、ものもいえなくなって死んでしまった〉


 アホです。金の亡者です。金に取り憑かれています。

 でも私たちは、この男のことを笑えません。わが国の首相は、年頭記者会見(2017年1月4日)で、記者からの質問に答える形で、次のように述べました。


 〈しっかりと我々はアベノミクスをふかしながら、経済をしっかりと成長させていく、これが私たちに与えられた使命であり……〉(首相官邸web)


 この時首相は、「解散」について聞かれ、それよりも経済成長が大事だ、使命だ、と答えたのです。解散の言質を与えないためとはいえ、経済がいちばん、でいいのでしょうか。経済成長のためには、他のいろいろなことを犠牲にしてもいい、と私には聞こえます。まるで〈財貨の好きな人〉と同じような……。謝肇淛は、〈人の好むところは、生より甚しいものがある〉と言います。色、酒、財(金)、権力。これらに耽溺するあまり、おかしくなる。そうなりたくないし、そんな国もいやだなあ。



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