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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『幕末の宮廷』(下橋敬長述 羽倉敬尚注・解説)

2017/04/27
   孝明天皇は大酒飲みだった!?
幕末の天皇の生活がつまびらかに

 天皇退位問題もようやく決着がつきそうですが、この間、いろいろと考えさせられました。いわゆる左派の人たちが今上天皇の心情に寄り添い、保守系の識者からは「ご自分で定義された天皇の役割を果たせないから退位したいというのはおかしい」という批判が飛び出ました。どちらが天皇制を大切にしているのか、よくわかりません。かくも不可思議な存在だということでしょうか?

 本書『幕末の宮廷』は、そんな不可思議な存在、生活ぶりを赤裸々に語りおろしたものです。著者の下橋敬長(しもはし・ゆきおさ)氏は、ジャパンナレッジ『国史大辞典』によれば、〈一条家の侍の家柄として十二歳より御側出仕。のち装束召具方を勤め高倉流を修める〉とあります。孝明天皇の時代の宮廷に仕えた人です。で、故実家としてかつての宮廷の様子を後世に残すべく、大正時代に講演を行い、それが速記本としてまとめられたという次第。タイトル通り、主に江戸時代最後の天皇、孝明天皇を中心とした宮廷の様子がつぶさに語られています。

 特に貴重なのは「主上日常の御動作」です。朝起きてから寝るまでが、詳細に記されます。たとえば〈おあさ〉。朝食には、「おあさ」という名の塩辛い餅が献上される決まりなんだそうです。室町末期、足利将軍家ががたがたとなり、天皇を敬うどころの話じゃない。つまり捨て置かれた。食事にも困る始末。それを見かねた餅屋が、餅を献上した。その風習が残っているのです。で、今は美味しくないので形式だけ残った(かつては食べていたということです)。「伝統」とはかくも不思議なものです。

 天皇の一日は、遥拝に始まります。そして日中。


 〈お学問、お手習い、お歌などを遊ばす、ずいぶんお忙しい〉


 孝明天皇はお酒が好きだったらしく、6、7時から飲み始め、10時頃まで飲んでいたそうです。なので就寝は12時。そして朝起きて遥拝。この繰り返しです。

 本書のもうひとつの特徴は、天皇に仕える人々の仕事の中身や様子を詳述しているところでしょう。大きな儀式になると、その装束はほとんどがレンタルしていたという記述もあり、当時の宮廷および公家の生活ぶりがしのばれます。

 誰からも顧みられることのなかった天皇が、政治の表舞台に引っ張り出され、権力者に利用されるのは、明治になってのことです。



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東洋文庫
『論衡 漢代の異端思想』(王充著 大滝一雄訳)

2017/04/20
   皮肉たっぷりの漢代の思想書に学ぶ、
「ポスト真実」時代を生き抜くスキル。

 今、トランプ支持層といわれる白人労働者階級出身者が書いた自伝『ヒルビリー・エレジー』(光文社)を読んでいるのですが、これが面白い。著者いわく、白人貧困層の多くは、報道を信用せず、ネット上の謀略説やデマをむしろ信じたがっているというんですね。なるほど、トランプ大統領があれだけ「ポスト真実」を口にしても平気なのは、信じたい人がいるからなのでしょう。

 私たちはかつてないほど、「リテラシー」の必要性に迫られています。アメリカに限らず、日本政府も「ポスト真実」をまき散らしています。しかしアメリカ同様、そこまで批判の声が高まりません。なぜでしょうか。

 まずはこの文をお読みください。


 〈世間で困ったことは、なにかをいうのに、そのほんとうの姿を誇張することだ。文を書き辞句を示すに、辞句がその真実からはみだし、美をたたえてはその良さを過ぎ、悪をおしあげてはその罪を超える〉


 今のテレビや雑誌を揶揄していると思いません? 実はこれ、漢代に書かれた思想書『論衡』の一節なのです。ではなぜ、〈誇張する〉のか。著者の王充は言います。


 〈どうしてか。世間のひとは変わったことが好きで、変わっていなければ、いうことも相手にされないからだ〉


 あるいはこうも言います。


 〈どうしてか。ありのままのことでは人の意中を快くするわけにいかず、見せかけだけの事が耳を驚かせ心を動かすからだ〉


 つまり、原因は私たちにある、とこう述べているのですね。たとえばスマホのニュースを、見出し次第で読んでしまうというアレです。もっと辛辣に(著者に倣って正直に)言うなら、発信する側(政府、マスコミ……)が、私たちをバカにしているのです。誇張しなければあいつらは食い付かないだろう、と。虚妄を口にしても、わからないだろう、と。

 『ヒルビリー・エレジー』の著者は、ロースクールで学ぶことで、目を見開き、貧困から抜け出しました。虚実が見えるようになった。『論衡』の著者が一貫して口にしていることも、真実を見よ、ということなのです。では虚実をどうジャッジすれば良いのか。


 〈なにによってたしかめるのか。物によってたしかめるのだ〉


 鵜呑みにしない。自分で確かめる。これです。



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東洋文庫
『日東壮遊歌 ハングルでつづる朝鮮通信使の記録』(金仁謙著 高島淑郎訳注)

2017/04/13
   朝鮮通信使の記録に見る
韓国を動かす“恨”のパワー

 お隣・韓国のパーソナリティとして「恨(ハン)」がよく取りざたされます。

 〈朝鮮語で,発散できず,内にこもってしこりをなす情緒の状態をさす語。怨恨,痛恨,悔恨などの意味も含まれるが,日常的な言葉としては悲哀とも重なる〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)

 最近のテレビや新聞を見ると、この「恨」、日本の中ではやや否定的に捉えられているような気がします。なにせ、〈挫折した感受性,社会的抑圧により閉ざされ沈殿した情緒の状態がつづくかぎり,恨は持続する〉(同前)のです。

 では実際、「恨」とはどういうものなのでしょうか。

 『日東壮遊歌』は、江戸時代の1763~64年に来日した第11次朝鮮通信使の一員、金仁謙(キム・インギョム)、当時57歳によって記された旅行記です。「歌辞(カサ)」という詩の形態、かつ漢文ではなくハングルで書かれているのが特徴です。なぜ唐突にこの本を持ち出したかと言うと、「恨」が強いんですね。

 朝鮮通信使は、足利義満以来、明治維新まで続いた、〈両国使節の往来による国書の交換〉(同「ニッポニカ」)です。江戸時代、徳川将軍家は直接使節を派遣しませんでしたが、李氏朝鮮側は使節派遣を継続し、中期以降は、〈将軍の代替りごとに来日するのが例〉(同前)でした。今後の教科書から「鎖国」という言葉がなくなる根拠のひとつです。

 当然、朝鮮側使節のメインイベントは将軍への謁見です。ところが金仁謙は、こんな行動に出るのです。


 〈私はひとりつらつら考えた末 儒者の身として/徒らに城内に入り 関白に四拝するなど/この上ない恥辱と思い 参列は取り止め休むことにする〉


 「見物するだけじゃないか」と同僚になだめられても、〈犬にも等しい倭人に/拝礼するのは苦痛です どうあっても行けません〉と断固拒否。豊臣秀吉の朝鮮侵攻から170年以上経っても、この「恨」が拭えないのです。

 では金仁謙、坊主憎けりゃ……で日本や日本人を頭から否定しているかといえばそうではありません。日本人と知己を結び、その情に感動する。富士と芦ノ湖を見て、〈天下の奇観〉と感動し素直に評価する。極めて、公平公正なのです。

 しかし、「絶対に間違っている」と思うことに対しては、金輪際、しつこいぐらい許さない。スジは通っています。

 韓国の恨パワーは、朴槿恵前大統領の不正を許しませんでした。さて日本は? 政権の嘘もインチキもそのまま。私たちこそ、「恨」が必要かもしれません。



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『朝鮮事情 朝鮮教会史序論』(ダレ著 金容権訳 梶村秀樹解説)

2017/04/06
   韓国の歴史を動かすのは復讐心!?
朴前大統領の騒動を読み解く

 日本も韓国も、しょーもないことで政治がぐちゃぐちゃになっておりますが……朴槿恵(パク・クネ)大統領の騒動を巡る報道の中で、私はBBCのレポートに驚きました。

 朴前大統領の騒動のきっかけは、高永台(コ・ヨンテ)氏(服飾ブランド経営者)のマスコミへのたれ込みでした。高氏は一時期、朴大統領の友人・崔順実(チェ・スンシル)氏の愛人だと報じられた人物です。BBCのレポート(2017年3月10日、WEB「BBC NEWS JAPAN」)によると、3年前、高氏は崔氏の娘の子犬を預かったんだそうな。ところが子犬をほったらかしてゴルフにいってしまった。激高した崔氏は、高氏を口汚く罵った。で、関係が悪化。〈傷つき腹を立てた高氏は、崔被告と朴大統領との関係をメディアに暴露して復讐することにした〉。子犬――つまり私憤が、大統領のクビを飛ばしたのです。

 このエネルギーは何だろうかと思っていたところ、答えてくれる書を見つけました。パリ外国宣教会士(クロード・シャルル)ダレ(1829~78)による『朝鮮事情』です。ダレは、朝鮮で殉教した神父が収集した資料を用い、『朝鮮基督教史』を記します。〈朝鮮キリスト教史の基本文献〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」「ダレー」の項)と評価される本です。本書は、その「序論」のみをピックアップしたもの。19世紀半ばの朝鮮の姿を、あますことなく伝えています。ダレ自身は、朝鮮に足を踏み入れていませんが、ある意味、主観の入り込まない貴重な記録となっています。

 で、朝鮮人の性格を記した箇所。


 〈彼らは、怒りっぽいが、それと同程度に、復讐心に満ちている。たとえば、五十の陰謀のうち四十九までが何人かの陰謀加担者によって事前に暴露される。これらはほとんどいつも、個人的な恨みを満足させるためのものであったり、かつての少し辛辣な言葉に対する仕返しのためであったりする。敵対する者たちの頭上に懲罰を加えることができるならば、自分が罰せられることなど、彼らにとっては何でもないのである〉


 まんまですね。だから朝鮮は……と批判したいのではありません。これはお国柄であり、文化なのです。そこを認めなくちゃいけないんでしょうね。ダレは朝鮮人の美点もちゃんと記述しています。


 〈相互扶助と、すべての人に対する気前のよいもてなしは、この国の国民性の顕著な特徴であり、すぐれた美点である〉


 長短ひっくるめて隣国を理解しないといけませんね。



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東洋文庫
『日本史5 キリシタン伝来のころ』(ルイス・フロイス著、柳谷武夫訳)

2017/03/30
   信長の“自信”が異教を受け入れた
宣教師が見た戦国日本(5)

 フロイスの『日本史』シリーズも、これで最終回です。最後のお題は“なぜ信長は宣教師を厚遇したのか”。

 厚遇の内容はこうです。

 〈永禄十二年宣教師ルイス=フロイスの要請を容れて布教許可の朱印状を与え、また天正三年から始まった京都の教会堂の建立には、土地と資財を寄付して援助した。(中略)さらに同八年には安土の城下町に土地を与えて教会堂を建設させ、また翌年には神学校の設立を認めて、その建設費を寄付した〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。

 至れり尽くせりですね。

 その理由は、〈ヨーロッパ文化への興味と一向一揆との対抗のため〉(同「ニッポニカ」)という説明が一般的のようですが、はたしてどうでしょうか。

 『日本史5』には、フロイスらと信長が親しげに語らう様子が描かれます。


 〈(信長は)自分のそばに(宣教師を)坐らせて、彼等に親愛と温情のこもった言葉をかけた後、突然ほかの部屋へ行き、茶碗二つを各々の手に一つずつ持ってすぐに来て、飲むためにそれをぱあでれたちにわたした〉


 ここに垣根はありません。そして尋ねるのです。


 〈日本の神がみについて何と思うか〉


 残念ながら、この問いに何と答えたかは書かれていませんが、信長は答えに満足し、談義を続けたそうです。

 日本には、受容し続けてきた歴史があります。漢字も仏教も律令制も儒教も、お隣の中国、韓国から受け入れました。ところが、キリスト教はNO。秀吉の時代から明治にかけて、いったい何人のキリシタンたちが殺されたことでしょう。

 秀吉の「伴天連追放令」(1587年)から江戸幕府の踏絵にいたる一連の時期は、私の中では現代社会に重なります。トランプ大統領の入国禁止令と、伴天連追放は同じなんじゃないの? ということです。

 ここには、「恐れ」があります。自分の存在が、自分と異なるグループによって脅かされるという恐れです。異教への恐れ、異人への恐れ……それが噴出したのです。16世紀末は、相次ぐ戦乱で、自分の存在が不確かだったという時代背景もあるかもしれません。では信長はなぜ受け入れたのか。逆説的ですが、自分の存在に確たる自信があったのではないでしょうか。

 ヘイトスピーチの連中も、排他主義者も、いわば自分に自信がないのです。国の誇りを取り戻せとがなるのは、つまり自分への誇りを持てないからなのでしょう。



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