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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 603

『魯庵随筆 読書放浪』(内田魯庵著、紅野敏郎解説)

2013/07/04
アイコン画像    上から目線の愚痴老人になるか、それとも……。
大正の教養人にならう、世の中の見方。

 老人の自信とは、一体どこから来るのだろうか。政治家や財界人たちの「上から目線」の発言を耳にしながら考える。自分が老人になったら、周囲に小言をまき散らすことが目に見えているので、エラソーなことは言えないが、この国を老人が動かしているのは事実だ。

 これってでも、今に始まった話じゃないよね? と思って調べていたら、非常に面白いエッセイを見つけた。〈明治・大正時代の評論家、翻訳家、小説家、考証家〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)である、内田魯庵の『魯庵随筆』である。その冒頭に収められた「モダーンを語る」で、氏はこんなふうに世相を斬る。


 〈日本は老人国で、少くも五十を越えなければ社会的に羽根を伸す事が出来ない。(中略)世渡りに利口な男は四十を越したばかりでモウ老人振ってる。老成振って早くから壮年者に超越しているような顔をしているのが成功の秘訣の一つである。/恁(そ)ういう老人が羽根を伸してる国だから、東京の町は半分動脈硬化症に罹っている。何とか国難ばかりを四苦八苦に艱(なや)んで萎けている。不景気ばかりを呟いて後退りしている。此の沈澱した空気を浄化するオゾンを与えるのはモダーンである〉


 これ、氏の最晩年60歳で書かれた随筆(昭和3年)なのだが、どうです? 言葉遣いさえ直せば、内容はそのまま現代そのものだ。

 魯庵いわく、〈モダーン〉とは若者の流行で、アメリカ映画の影響が強いという。ではその〈モダーン〉を手放しで評価しているかというとそうではない。


 〈万人が万人モダーンがる和製モダーンは夫程目を逹怐iみは)って驚くほど新奇なものでも又金の掛るものでも無い。ツマリは流行であるから流行の必然性なる安っぽい薄っぺらな感じが伴うのを免かれ難い〉


 安っぽくて薄っぺらい。だが魯庵は、〈其の中(動脈硬化した街)を泳いで華やかな色彩を添えるモダーン・ガールやボーイは金魚のようなものだ。鮪や鰕のような大きな利益を齎(もた)らす魚では無いが、生気が溌溂として見た眼が気持よく快い美感を与える〉、とその“軽さ”と“明るさ”を評価するのだ。

 魯庵は当時の教養人だ。古典にも明るかった。そんな氏が還暦を過ぎて、〈モダーン・ガールやボーイ〉を評価する。ああ、自分もこんな老人になりたい。


本を読む

『魯庵随筆 読書放浪』(内田魯庵著、紅野敏郎解説)
今週のカルテ
ジャンル随筆
時代 ・ 舞台大正から昭和初期の日本
読後に一言魯庵のような老人になる云々の前に、魯庵のような読書家になりたい……。
効用絶筆となった「下谷広小路」や「銀座繁昌記」など、当時の街や人が立ち現れます。
印象深い一節

名言
脚力も健康も無い上に無精で横着な私は行脚の代りに夙(はや)くから読書に放浪した。(「読書放浪」)
類書本書の編者・斎藤昌三の随筆『閑板 書国巡礼記』(東洋文庫639)
著者と交流のあった淡島寒月の随筆『梵雲庵雑話』(東洋文庫658)
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