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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事 修験道史料1』(行智著、五来重編注)

2014/01/30
   「日本の伝統」って何なんですか?
江戸後期の修験道の入門書

 ことあるごとに私たちの国のトップは、「日本の伝統と文化を尊重」といい、「強い日本」を取り戻すという。きっと氏の脳内には「美しい国」があるんだろうけど、その源となる「伝統」って何なの? というのが今回のお題。手がかりに、気になった新聞コラムを引っ張り出してみる。「時代とともに変わる形態」(山田昌弘中央大学教授/毎日新聞朝刊2014.1.8)では、日本の「伝統」的家族はいつの時代を基準にするかで内容がまったく異なると指摘していた。ポイントは3つ。


1.一夫一妻制が定着するのは戦後

2.明治民法制定まで夫婦別姓

3.専業主婦の登場は19世紀の英国で、日本に普及したのは高度成長期(それまでは育児は妻の専業でない)


 美しい国を目指す人々は、例えば夫婦別姓に対し、「別姓は家族の一体感を喪失させ、日本の伝統、家族を崩壊させる」と必ず反論するのだけれど、山田教授の指摘を用いれば、「それっていつの伝統?」ということになる。

 「伝統」を切り口に、『木葉衣・鈴懸衣・踏雲録事(このはごろも・すずかけごろも・とううんろくじ)』を俎上に乗せよう。これは、江戸時代後期に記された修験道の教科書。〈修験道は、この民族宗教そのものといってよい性格の宗教である〉と本書解説にもある通り、修験道はいわば日本の伝統のひとつであろう。

 では修験道の教科書に書いてあったこととは?


1.役小角(えんのおづぬ)の伝説(修験道の開祖といわれる人物が、いかにすごかったかという話)

2.持ち物(衣服や数珠の持ち方など、展開図やイラストも交えて懇切丁寧に説明)

3.組織(現在、どういう派閥に分かれているか。それぞれの組織図と歴代トップの名前)


 例えば、衣服に関して。


 〈無文は上位の者これを着す。文繁きは下位の者の服なり〉(「鈴懸衣」)


 「謝礼物の次第」という項目もあり、どの役職の人間にはいくら払えばいいかの詳細な記述もある。なんと、ここに描かれていた「守るべきもの=伝統」とは、 “マニュアルだけ”だったのだ!

 しかし、修験道は明治政府が新たに創り出そうとした伝統に駆逐される。神道の国家宗教化を目論む政府は、修験道を廃止する。従来の形での復活は戦後を待たなければならなかった。……これが日本の伝統のひとつの姿です。

今週のカルテ

ジャンル宗教/民俗学
時代 ・ 舞台1800年代前半の日本
読後に一言「伝統」という言葉は、常に疑ってみるべきものなのかもしれません。
効用民俗学かつ宗教学的資料としてみれば、これほど充実した修験道テキストはありません
印象深い一節

名言
(数珠を)押し摺るとき、眼と手と意とをこれに着して、無二一心に祈念すべし。(「木葉衣」)
類書古典的名著『修験道史研究』(東洋文庫211)
役小角(役優婆塞、えんのうばそく)のエピソードを載せる『日本霊異記』(東洋文庫97)
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