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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 265

『唐詩三百首 2』(蘅塘(こうとう)退士編、目加田誠訳注)

2015/03/12
アイコン画像    社会変動の中で歌われた「リアル」
唐詩の“言葉”をとくと味わう(2)

 「世界文学大事典」(ジャパンナレッジ)の受け売りですが、唐詩における李白・杜甫時代(盛唐)の次に、「中唐」がやってきます。歴史的には、〈大きな社会的変動の時期〉(「世界文学大事典」、「唐詩」の項)で、唐詩も転換期にあたります。この時期の詩人で、日本人に最も馴染みが深いのは、白楽天こと白居易でしょう。その白居易の親友で、〈〈元白〉と並称され〉(同前、「元稹」の項)たのが、元稹(げんじん)です。この二人は、〈元和(げんな)体〉という新しい詩風を形成しましたが、後世に〈元軽白俗〉(元稹と白居易は軽くて俗っぽい)と否定されます。しかも、〈性格的には軽佻(けいちょう)浮薄、猜忌(さいき)などと評され〉たそうですから散々です。

 この元稹の詩が、『唐詩三百首 2』に掲載されています。元稹は30歳の時、最愛の妻を亡くすのですが、その時のことを詠んだ歌です(「悲懐を遣る 三首」)。奥さんは、〈我れが 衣無きを顧みて藎篋(じんきょう、衣装箱)を捜り……〉(その一)というできた人でした。

 〈昔日戯言(ぎげん)す 身後の事/今朝(こんちょう)都(すべ)て眼前に到り来たる〉(その二)

 元稹は奥さんと冗談で、死んだ後のことを語り合います。そのことを元稹は思い出します。こうした諸々の出来事を思い出すことが、〈哀し〉と元稹は歌います。

 〈閒坐(かんざ)して君を悲しみ亦自ら悲しむ〉(その三)

 静かに座って妻のことを悲しんでいると、自分自身が悲しくなってくる、と元稹は嘆きます。

 〈平生(へいぜい)未だ展(の)べざりし眉に報答せんとす〉(その三)

 生前、眉の開かなかった(心が楽にならなかった)妻の苦労に報いたい、と元稹は歌を終えます。

 口語訳を見ずとも、何となく内容の分かる平易な歌です。しかし、ここに描かれる悲しみは、簡単に拭えるものではありません。ここには、元稹にしか書けない“リアル”があります。

 李白の〈会ず須らく一飲三百杯なるべし〉(「将進酒」『唐詩三百首 1』)に代表されるように、盛唐の詩は、やや大袈裟です。スケールの大きさがある。


 〈楚江 微雨(びう)の裏/建業(南京) 暮鐘(ぼしょう)の時/漠漠として帆来たること重く/冥冥として鳥去ること遅し) 


 中唐を代表する韋應物の「暮雨を賦し得て李曹を送る」です。これもまた、情景が“リアル”です。

 変革期の中唐は、個人的なリアルを追い求めた――中唐の詩には、そんな“言葉”で溢れていました。

本を読む

『唐詩三百首 2』(蘅塘(こうとう)退士編、目加田誠訳注)
今週のカルテ
ジャンル詩歌/評論
編纂された時代

舞台
18世紀中ごろ/中国
読後に一言現代社会もそうですが、変動期にあると、個人的な世界に耽溺しがちなのでしょうか。しかし個人のリアルを追求するからこそ「社会の姿」が見えてくることも、また真です。
効用王勃や沈佺期など、2巻には、「初唐」(盛唐の前)の詩人たちも収録されています。
印象深い一節

名言
去年 花裏(かり) 君に逢うて別れ/今日 花開いて又一年(去年花咲くころ君達と逢って別れたが 一年経った今日もまた花が咲いている)(韋應物「李儋(たん)、元錫に寄す」)
類書中唐を代表する白居易の詩集『白居易詩鈔』(東洋文庫52)
唐の夜の文化『教坊記・北里志』(東洋文庫549)
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