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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 7

『ミリンダ王の問い1 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)

2015/12/24
アイコン画像    “言葉”とはいったい何なのか
東と西のダイアローグ (1)

 私は学生時代、勝手に英文科のS教授に私淑していました。S教授は常々「つまらぬ授業に出るな」「読んだ本に感想を書き込め」と言っていたので、これ幸いとS教授以外の授業をサボり、本を読み散らかしました。ただ、本に文字を書き込むのだけは嫌で、かわりに読書記録をつけることにしました。いつ何を読んだかさえわかれば、記憶も留めておけるだろうと思ったのです。その習慣は今も続いているのですが、この読書記録の利点は、年末に自身を振り返ることができることです。本の選び方に出るんですね、その時の自分が。

 で、2015年の最大の収穫は、阿部智里の金烏シリーズ(文藝春秋)と、高田大介の『図書館の魔女』(講談社)でした。特に後者は、ファンタジーなのですが魔法は出てきません。代わりに、図書館を守る少女が“言葉”で世界を動かしていくのです。

 2015年は“言葉”がないがしろにされた年でした。政治家の言葉に理はなく、反知性主義が蔓延しました。ゆえに私は、『図書館の魔女』に勇気づけられたのです。

 枕が長くなりました。東洋文庫の中で“言葉”に特化した本といえば、やはり『ミリンダ王の問い』でしょう。仏典のひとつなのですが、インド北部を支配していたギリシア人のミリンダ王とインド人の仏教の尊者ナーガセーナのダイアローグ――対話集です。真理を巡って、西と東の知性が“言葉”でぶつかりあうのです。

 対話の冒頭、王は尊者に“名”を問います。それに対するナーガセーナの答え。


 〈大王よ、この「ナーガセーナ」というのは、実は名称・呼称・仮名・通称・名前のみにすぎないのです。そこに人格的個体は認められないのであります〉


 尊者の返答に王はそんなはずはないと食い下がります。尊者は、ならば「車」とは何か説明せよと反問すると、王は答えに窮してしまいます。尊者は答えます。


 〈轅に縁って、軸に縁って、輪に縁って、車体に縁って、車棒に縁って、「車」という名称・呼称・仮名・通称・名前が起こるのです〉


 つまり総体として「車」という名が存在する、と尊者は言うのです。王はこの解答に頭を垂れるのですが、これはひとつの真理です。“言葉”というあやふやで、かつ強き存在を見事に言い表しているのではないでしょうか。

 本書は“言葉”によって真理を追究します。私はしばし本書と共に、2015年を振り返りつつ、沈思します。



本を読む

『ミリンダ王の問い1 インドとギリシアの対決』(中村元・早島鏡正訳)
今週のカルテ
ジャンル宗教
時代 ・ 舞台紀元前2世紀のインド
読後に一言クリスマスイブ、かつ本年最後に「つづく」とやるのもどうかと思いますが、本書は手強きゆえ、年明けに2巻目、3巻目を取り上げたいと思います。
効用文化史的にいえば、ギリシア人的思考が、その後の仏教に大きな影響を与えたことがよくわかります(例えば仏像を造るようになったのもギリシアの影響だそうです)。
印象深い一節

名言
わたしは何を質問したのか、尊者は何を解答したのか?(第一編第七章 第十六 対論を終えて)
類書大乗仏教の初期の経典『維摩経』(東洋文庫67)
サンスクリット文法学の古典『古典インドの言語哲学(全2巻)』(東洋文庫637、638)
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