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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 396|400

『甲子夜話続篇7、8』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/09/01
アイコン画像    あの鼠小僧にまなぶ“仁義”
「甲子夜話続篇」を楽しむ(4)

 テレビを見ていたら、回向院(東京・両国)にある「鼠小僧」の墓を削って持ち帰るとギャンブルや受験など勝負事に御利益がある、なんて話を紹介していました。不可思議な話ですが、同様の理由で、国定忠治や森の石松、石川五右衛門の墓も削られるそうです。

 ではなぜ「鼠小僧」は崇拝されるのでしょうか。

 実は松浦静山の『甲子夜話続篇』(7巻)に、鼠小僧の詳細なレポートが掲載されています。


 〈まづ鼠と謂ふゆゑは、この男小穴人の通ふべからざる処に出入し、屏壁を上り、架梁を走る等、鼠の如きを以てなり。小僧とは総じて盗を啁するの称なり〉


 さらに、鼠小僧の供述――どこでいくら盗んだか、列挙するところが静山ならではです。鼠小僧は「義賊」として人気を集めますが、〈武家屋敷での盗みが多かった〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)ことが、その理由のひとつのようです。その手口は大胆です。


 〈武家邸中は、夜分よりは還て昼入る方心易し〉


 門番に、「上総部屋(渡り中間のたまり場)に用があって」といえば、普通に入れてくれると言うんですね。駄目だと言われたら帰ればいいだけ。で、門の中に入ったら、〈便所に入り居るが宜し〉。誰かが来たら咳をすれば怪しまれないそうです。そして夜になったら〈奥向き〉(つまり女性陣の居場所)に行けば、女ばかりで仕事も容易い、と。

 鼠小僧は約10年間で100回ほど忍び込み、盗んだ金は、〈およそ1万2000両〉(同「ニッポニカ」)とも、〈3000両余〉(同「世界大百科事典」)とも言われています。

 ではこのお金をどうしたか。講談などでは貧しい庶民に配ったと描きますが……。


 〈吉原町に多分の金子遣ひ捨たる……〉


 風俗で散財してしまったんですね。しかも取り調べの最中、「そのお金で遊女を身請けすればいいじゃないか」と言われると、鼠小僧はこうのたまわったとか。


 〈女房に為(し)ては常の女に候。通ひて社(こそ)面白みは有り候〉


 ……ほんとに男は馬鹿ですな。しかし鼠小僧、捕まる前に妾たちに離縁状を渡していたらしく、係累は被害を受けませんでした。静山も、〈一種の仁義ぞありける〉と評価しています。

 確かに粋です。「仁義」なんて言葉も行動も、今や死語のごとくですからねぇ。仁義の男になるべく、早速、回向院に出掛けるとしますか。



本を読む

『甲子夜話続篇7、8』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)
今週のカルテ
ジャンル随筆/風俗
書かれた時代1800年代前半の江戸
読後に一言『甲子夜話続篇』シリーズの最終回です。
効用園芸植物「小万年青(コオモト)」が流行っていることに対し、静山は冷ややかなスタンスなのですが、その小万年青の絵を90点も載せています。本当は興味津々だったりして。で、この皮肉↓
印象深い一節

名言
〈其理万古不易にして、今昇平の世、この如き不用物の流行するも、亦天事と云て可也〉(『甲子夜話続篇 8』91)
類書「甲子夜話続篇」の続き『甲子夜話三篇(全6巻)』(東洋文庫413ほか)
鼠小僧の話を得意とした講釈師松林伯円のエピソードを載せる『講談落語今昔譚』(東洋文庫652)
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