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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 656

『パリジェンヌのラサ旅行 2』(A.ダヴィッド=ネール著 中谷真理訳)

2018/04/19
アイコン画像    遭難しかかっても前向きに突き進む!
フランス人女性のチベット探検(2)

 さて前回の続きです。

 アレクサンドラ・ダヴィッド=ネールは、ぼろを身に纏い、ラマ僧の息子と旅する巡礼者に化けて、一路ラサを目指します。外国人とばれると一巻の終わりなので、人の通らない道を行くのですが、そこに彼女の好奇心も加わり、とんでもないルートを選びます(『パリジェンヌのラサ旅行 1』では、冬真っ只中、5000m級のデウ峠を軽装備で走破しました)。

 難所を越えたとホッとしたのも束の間、今度はツレのヨンデンが足を捻挫。何日も動けない状況が続き、即席の松葉杖で歩くのがやっと。このままでは遭難――つまり死がちらつく状況で、彼女は何を思ったか。


 〈ヨンデンの容体で不安になることがなかったならば、私はむしろこの特異な状況を喜んだことだっただろう。人跡未踏の山々の奥深く入り込み、雪に降り込められた一夜は、なんと素晴らしかったことだろう。種々の心配事や体の苦痛は消し飛んでしまった〉


 いやいや、消し飛びませんから……。

 彼女はこうやって、どんな時でも楽天的なのです。そして、初めて見る景色や体験を心から楽しんでしまう。誰もいない銀世界、〈雪国の絶対の沈黙〉の中で、〈ただ一人で居る至福〉さえ感じてしまうのです。

 ヨンデンの怪我は重症で、〈俺に何が起こっても、その責めはあなたにはありません〉と、ヨンデンはいざとなったら置いて行かれることも覚悟しています。それなのに、至福を感じてしまうネール……。もちろん、彼女は自分が変わっていることも理解しています。


 〈いずれの人々も、私が動じることなく、心を全く平静に保って、この旅行を好奇心を楽しませながら続けることを、非難するだろう〉


 ネール一行は、食べ物が尽きて靴底を煮て食べたり……と困難を乗り越えて峠を越します。さらには盗賊に2回会うなど、怖い目にも遭いながら、ようやく目的地のラサへ。出発から4か月目のことでした。

 本書――この旅は、1924年5月に幕を閉じますが、ネールの旅と思索は、死ぬまで続きました。


 〈彼女は最晩年まで読書と思索を続けた。絶筆は、「環境にみずからを適応させるよりは、現れる障害を乗り越え、取り去り、克服すること……」であった。その二週間後、一九六九年九月八日、「瞑想の館」で一〇〇歳と一〇ヵ月の寿命を全うした。〉



本を読む

『パリジェンヌのラサ旅行 2』(A.ダヴィッド=ネール著 中谷真理訳)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代 ・ 舞台1920年代のチベット、中国
読後に一言何歳でも、冒険に出ることができるのですね。
効用ネールたち一行は、正月のラサに、2か月間滞在し、祭の様子だけでなく、庶民の暮らしぶりも筆写します。貴重な資料といえるでしょう。
印象深い一節

名言
私たちのような、痩せて小柄な、か弱い旅行者が、ガイドもなく、ポーターも連れず、荷物を背負い、真冬に、次々と眼前に聳え立つ数多の巨大な山脈を越えて徒歩で旅してきたのだ。(「第七章 ポ地方の人々」)
類書18世紀初めのイタリア人宣教師の報告『チベットの報告(全2巻)』(東洋文庫542、543)
19世紀末の英国人女性バードの日本紀行『日本奥地紀行』(東洋文庫240)
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