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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 493

『古代中国研究』(小島祐馬著)

2020/10/01
アイコン画像    ひとつの漢字の字源から、
中国文化の深淵を覗く

 最近、白川静の字源辞典『字統』を手に入れてパラパラ読んでいる(ジャパンナレッジに白川の字書三部作の『字通』が収録されているが、『字統』や『字訓』も入れてもらえないだろうか)。漢字を中国から輸入したことで日本文化が成立しているとするならば、漢字を知ることは中国のみならず、日本を知ることにもなるのではないか。

 ボンヤリとそんなことを思いながら論文集『古代中国研究』を繙いて驚いた。字源からアプローチする論文が収められていたのである!

 著者の小島祐馬(おじますけま/1881~1966)は、フランスに学んだ中国思想史家で、〈唯物史観的方法論〉による画期的論文を発表し、これによってこれまでの〈江戸漢学的臭みを一掃する〉効果があったという。〈孔子や墨子の倫理説よりも、政治経済説に多く興味を抱〉いたところが特徴で、本書収録の「中国古代の社会経済思想」はその真骨頂だ(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。

 そんな小島が、「漢字の字源」からアプローチしていることに、驚くと共に興味を持った(「釈富・原商」)。

 まず小島は、〈社会的階級を表す〉言葉として〈貧富貴賤〉を挙げる。このうち貧・貴・賤は、〈貨幣に関聯して直接間接に導き出されたる文字なることは否むことが出来まい〉と指摘する。では残る「富」は?

 この問いの立て方が面白い。私たちの普段の生活に、貧富貴賤の字源が統一されていない、なんて問題は響いてこない。だが著者は違いに気づいてしまった。ゆえに「なぜ?」を探らんとする。学問とはいったいなんであるか、というひとつの答えをここに見た気がした。

 「釈富」の論文が雑誌に掲載された大正10年に『字統』があれば、数分で判明したはずだが、この時代はそうではない。『説文』『論語』『孟子』『周礼』『史記』……とあらゆる文献に当たりながら、推論を積み重ねていく。途中、富=福ではないか、という仮設に辿り着き、今度は「福」の探求である。

 福=祭祀→酒肉→(意味がいろいろ転じて)→道徳の完備→境遇の安吉→(途中で「福」の異体「富」が発生)
 富=境遇の安吉=富、財産→財

 とここでようやく、〈貧富貴賤〉に接続する。

 単なる字源の深掘りが、いつの間にか、中国文化論になっていることに気づかされる。

 もちろん私には、著者のような知識も胆力もないので、『字通』や『字統』でお茶を濁すのである。



本を読む

『古代中国研究』(小島祐馬著)
今週のカルテ
ジャンル政経/評論
刊行年1943年刊行
読後に一言戦前に〈社会科学的方法〉(「世界大百科事典」)を持ち込んだ、こんな中国研究があったとは! 今なお新しい視点です
効用来年の大河ドラマの渋沢栄一を見据え、世間では『論語』が流行ると思いますが、『論語』の社会的・経済的背景を知る絶好の書です。
印象深い一節

名言
儒家の理想とする封建制度は一つの道徳的階級制度と称してもよいかと思う。(「中国古代の社会経済思想」)
類書白川静の漢字集大成『漢字の世界(全2巻)』(東洋文庫281、286)
仏社会学者が分析する『中国古代の祭礼と歌謡』(東洋文庫500)
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