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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 11

『太平天国1 李秀成の幕下にありて』(リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳)

2022/06/02
アイコン画像    19世紀半ば、イギリスが
東アジアを一変させた

 朝鮮戦争はいまだ終結しておらず、北朝鮮は執拗にミサイル実験を続ける。中国と台湾の問題はたびたび国際会議の俎上にのぼり、竹島はいまだ解決を見ない。これを「東アジアの混乱」と一括りにするなら、そのそもそものきっかけは欧米諸国の中国進出にあった、といっていいのではないか。そのことを象徴するのが、英国vs清の「アヘン戦争」(1840~42)だ。〈中国の半植民地化の起点となった〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)ことで知られる。〈世界の強大国とみなしていた〉〈清国の惨敗は、同時代の日本に大きな衝撃を与え〉(同前)、幕末から明治へのうねりになっていく。アヘン戦争に負けた清はどうなったか。〈重税の重圧と、ぶざまな敗戦による清朝の権威の失墜とが相まって、やがて太平天国の大動乱を引き起こす要因となった〉(同前)のである。

 「太平天国」とは〈清末、秘密結社上帝会の指導者洪秀全が華南を中心に建てた反清「革命」国家〉(同「日本国語大辞典」)のことだ。この反清政権に共鳴し、参加した英国軍人がいる。本書著者のリンドレーだ。太平天国の内部から、中国、英国を見たという点で、本書は貴重といえる。リンドレーは旗幟鮮明だ。


 〈イギリスの行動(アヘン戦争をはじめ、さまざまな国への武力干渉)を見れば、容易にわかるとおり、イギリスは国際法の上記の真の原則を破ることをあまり嫌がらず、罪のない交戦相手国に武力を行使して非条理な賦課を押しつけたという非難をとても免れないのである〉


 英国は産業革命によって、世界をリードしていた。自分たちの文化・宗教が優れていると思い込み、他を見下した。その感情は、中国人に親近感を感じていたリンドレーにさえある。


 〈最初、私は外国人の例にもれず、自分が運を共にすることになった人々の、頭を剃り、猿の尻尾をつけた不自然な姿に、かなり嫌悪を感じた。このぞっとする風習は、彼らの吊り上がった眼と奇怪きわまる容貌が自ら漂わす残忍な表情を少なからず強めている〉


 清の弁髪に対する感想だが、リンドレーが太平軍に好感を持ったのは、彼らが弁髪をやめていたことも大きかったのではないか。自分が正しいと信じていたからか、リンドレーの筆は軽やかだ。自身の恋愛に冒険活劇も織り交ぜ、読者を飽きさせない。歴史の目撃者だ、という著者の興奮が伝わってくる。


本を読む

『太平天国1 李秀成の幕下にありて』(リンドレー著 増井経夫、今村与志雄訳)
今週のカルテ
ジャンル歴史/記録
成立・舞台19世紀半ばの中国(清)
読後に一言明治政府があわててチョンマゲを禁止したのは、欧米人の弁髪に対する反応を鑑みてのことかもしれません。自分たちの文化を守ることよりも、明治政府は欧米化を望んだのでした。そしてアジアを見下す側に回ったのです。
効用多少の誇張はあるでしょうが、「英国人が中から見た太平天国」の記録は、非常に貴重です。
印象深い一節

名言
私はアジアの各地を訪れたが、一生のうちで、いや私の同胞のなかでさえも、太平軍から受けた親切と歓待と真摯な友情とに出会ったことがない。(第三章)
類書 同時期の民衆の反乱をえがいた『中国民衆叛乱史 4 明末~清Ⅱ』(東洋文庫419)
同時代の中国改革運動家の自伝『西学東漸記』(東洋文庫136)
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