第229回
「すばらしい」はいい意味ではなかった!?

 まずは以下の例文を読んでいただきたい。
 「浪々の身となり、かかるすばらしき店に面をさらすは」
 江戸時代の、宝暦(1751〜64)から安永・天明(1772〜89)頃にかけて江戸を中心に流行した「談義本(だんぎぼん)」と呼ばれる通俗小説の『当世穴噺(とうせいあなばなし)』(1771年刊)に出てくる文章である。
 文中の「すばらしき(すばらしい)」だが、今われわれが普通に使っている「すばらしい」の意味で解釈すると、何やら違和感がないだろうか。「浪々の身」、つまり仕える主人のいないさすらいの身となって「面をさらす」店が、いい店であるはずがない。ここで使われている「すばらしき」は、今とは違う、ひどいとかあきれるとかいった意味なのである。
 今でこそ、好ましい、見事であるというプラスの意味で使われる「すばらしい」だが、古くは、程度のはなはだしいさまをいうことばで、このように悪い意味でも使われていたのである。
 プラスの評価の「すばらしい」の例は、たとえば『当世穴噺』とほぼ同時代の雑俳に、
 「すばらしい咳も大屋(=大家)の道具也」(1763年)
というものがある。句意の説明は不要であろうが、江戸時代中ごろは、プラスの意味もマイナスの意味も同時に使われていたものと思われる。
 「すばらしい」の語源は、小さくなる、狭くなるという意味の動詞「すばる(窄)」からだという説がある。「すばる」には「すぼる」という語形もあり、その形容詞形「すぼし」は古くから、みすぼらしい、肩身が狭いという意味で使われていた。この意味の例は鎌倉時代の初頭までさかのぼれるので、マイナスの意味のほうが先だった可能性が高い。
 このようなマイナスの意味は方言に残っているようで、『日本国語大辞典』の方言欄にも、「すばらしい」「すば(わ)ろおしい」「すばろしい」などの語形で、鳥取、岡山、香川、愛媛などでは、みすぼらしい、不景気である、貧弱である、情けない、ゆううつである、という意味で使われているとある。
 共通語の「すばらしい」の方はというと、明治以降ほぼプラスの意味だけに固まっていくのである。
 以下余談ながら、「すばる(窄)」は多くのものが集まって一つ所にまとまるということが原義で、同音の統一されるという意味をもつ「すばる(統)」と同源だと考えられている。もうお気付きであろう。この「すばる(統)」こそ、散開星団プレアデスの和名「昴(すばる)」の語源だと言われているのである。

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