生きた魚介類を、頭、尾、大骨、殻などはそのままに刺し身にし、生きていた時のような姿にして盛り付ける料理のことを、何と呼んでいるだろうか。「いけづくり」だろうか、あるいは「いきづくり」だろうか。
 勝手な推測だが、大方は「いけづくり」と言っているのではないだろうか。NHKも、「いけづくり」を第1の読み、「いきづくり」を第2の読みとしている。新聞なども、たとえば時事通信社の『用字用語ブック』では、「生け作り」を採用し、注記として「『生き作り』とも」としている。
 国語辞典も同様で、「いけづくり」を本項目として、「いきづくり」を空見出し(参照見出し)にしている。つまりほとんどが「いけづくり」を優先させているわけだが、「いきづくり」も排除していない点に注目していただきたいのである。
 『日本国語大辞典』では、「いけづくり」「いきづくり」両方の見出しがあり、ともに江戸時代の例が引用されている。「いけづくり」は江戸後期の作家為永春水(ためなが・しゅんすい)の人情本の例である。

*人情本・貞操婦女八賢誌(ていそうおんなはっけんし)(1834~48頃)六・五三回「其方(そなた)の体を生作(いけづく)り、その庖丁の切味を饗応(ふるま)ひ呉れん」

 「いけづくり」は「いけづくり」でも、かなり物騒な「いけづくり」の例である。『貞操婦女八賢誌』は、「はっけんし」と書名にあるように曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を模した小説で、八犬士に代わる八賢女が主人公で、引用した部分もその八賢女の一人「八代(やつしろ)」のせりふである。
 一方、「いきづくり」は十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の続編の『続膝栗毛』の例である。

*滑稽本・続膝栗毛(1810~22)一一・下「おれは鰒汁(ふぐじる)に生海鼠(なまこ)鱠(なます)鯉(こい)の生(いき)づくりでなければくはぬぞといふと」

 2つの用例を見比べてみると「いきづくり」例のほうが少しだけ古いが、江戸時代から「いけづくり」「いきづくり」両用あったということは確実である。「いきづくり」を排除できない根拠となるものであろう。
 なお、「いけづくり」を漢字で書く場合、「生けづくり」がふつうだが「活けづくり」と書くこともある。また「つくり」も「作り」「造り」の両方の表記が見られる。
 国語辞典の場合、このような揺れをどこまで取り込むかで立場がわかれるのである。

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 「犬棒(いぬぼう)カルタ」というのをご存じだろうか。「いろはガルタ」のひとつで、最初の札の「い」が「犬も歩けば棒に当たる」であることからそのように呼ばれる。ちなみに、上方のカルタでは「い」は「一寸先は闇」である。
 この「犬も歩けば棒に当たる」ということわざをご存じないというかたは、あまりいらっしゃらないであろう。だが、意味はいかがであろうか。実は、相反する意味で揺れている興味深いことわざなのである。『日本国語大辞典』(『日国』)を見ても、2つの意味が載せられている。このような内容である。

(1)物事をしようとする者は、それだけに災難に会うことも多いものだ。
(2)なにかやっているうちには、思いがけない幸運に会うこともあるものだ、また、才能のない者でも、数やるうちにはうまいことに行きあたることがある。

 つまり、災難説か幸運説かに分かれるのである。そして、その用例もともに江戸時代からある。
 災難説の一番古い例は、

*浄瑠璃・蛭小島武勇問答(ひるがこじまぶゆうもんどう)(1758)三「じたい名が気にいらぬ、犬様の、イヤ犬房様のと、犬も歩けば棒にあふ」

 幸運説は、

*雑俳・三番続(さんばんつづき)(1705)「ありけば犬も棒にあたりし・夜参の宮にて拾ふ櫃(ひつ)の底」

 50年ほどの違いではあるが、災難説、幸運説どちらが先だったかということは、これだけでは判断できない。ただし、「犬棒カルタ」の絵は、犬が棒に当たって顔をしかめているものが多いので、災難説が主流なのかも知れない。
 辞書の場合は、解説の分量は多くなってしまうが、それぞれの意味を載せてあとは読者に判断を任せるということになる。だが、実際に使う場合は、災難と幸運のどちらの意味で使っているのか判断しなければならないので、いささかやっかいかもしれない。さらに、幸運説の場合は、先に引用した『日国』の語釈のように、「才能のない者でも」というニュアンスも含まれるので、使用にはじゅうぶんに注意が必要である。

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第344回
 

 先ずは以下の文章をお読みいただきたい。幸田露伴の『毒朱唇(どくしゅしん)』(1890年)という短編小説の一節である。

 「広長舌の糜爛(びらん)する程息巻いて小児には小児、大人には大人、牛飼にまで、相応な者を売りつけらるる小面倒が出来る者に非ず」

 冒頭で、おやっとお思いになった方も大勢いらっしゃることであろう。そう、「広長舌」の部分だが、ほとんどの方は「長広舌」だとお思いになっているのではないだろうか。だが、「広長舌」は露伴が間違っているわけではなく、ましてや誤植でもない。
 「長広舌(ちょうこうぜつ)」は、本来は「広長舌」だったのである。「広長舌」は元来は仏語で、仏の三十二相(仏の身に備わっている32のすぐれた特徴)の一つである。広く長く、柔軟で、伸ばし広げると顔面をおおって髪のきわにまで及ぶ舌だという(『日本国語大辞典』)。
 なぜ「広」と「長」がひっくり返ってしまったのかはよくわかっていない。もともと、長い舌や、口数が多いことをいう「長舌」という語と、 無責任に大きなことを言う「広舌」という語があったので、それと混同したのかもしれない。
 この「広長舌」が、のちにとうとうと説く巧みな弁舌の意味に転じ、語形も「長広舌」となって、長くしゃべり続けるという、現代語の意味になったのである。
 現代語の国語辞典には、「広長舌」を見出し語として立てているものはなく、「長広舌」のところでも、元は「広長舌」であることに触れているものは少なくなっている。現代語には残っていなくても、日本語の知識として知っていても無駄ではないような気がするのだが。
 ちなみに、1910(明治43)年の明治天皇の暗殺計画(大逆事件)で首謀者とみなされ、翌年処刑された幸徳秋水(こうとく・しゅうすい)に『長広舌』(1902年)という評論集がある。ところが、この本が中国上海で翻訳出版された際には、タイトルが『広長舌』になっていた。日本語になった「長広舌」では通じないと判断されたのであろう。

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 今年、ある落語家が不倫の現場を写真週刊誌に撮られ、その謝罪の記者会見で自分の名に懸けて、「老いらくの恋」と言ったことがあった。そのことに関して何か意見を述べようということではなく、「老いらく」というのはけっこう面白いことばなので取り上げてみたいのである。
 「老いらく」は文法的に説明すれば、「老いる」の文語形「老ゆ」のク語法である「おゆらく」が変化した語ということになる。ク語法というのは、活用語の語尾に「く」がついて全体が名詞化されるもので、「言はく(=言うこと。言うことには)」「語らく(=語ること。語ることには)」「悲しけく(=悲しいこと)」などの語がそれである。「老いらく」は、年をとり老いてゆくことや老年という意味である。
 古くからある語で、たとえば平安初期に成立した最初の勅撰和歌集『古今和歌集』には、在原業平(ありわらのなりひら)の以下のような和歌が収められている。

 「桜花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふがに」(賀・三四九)

桜の花よ、散り乱れてあたりを曇らせよ。老いがやって来るという道が(花で隠されて)わからなくなるように、といった意味である。詞書(ことばがき)によれば、藤原基経(ふじわらのもとつね)の四十の賀の宴で読んだ歌とある。基経は最初の関白となった平安前期の公卿(くぎょう)である。さりげなく慶賀の気持ちを込めた名歌であろう。
 この「老いらく」がのちに「らく」を「楽」と解され、「老い楽」の字をあてて、年をとってから安楽な生活に入ることや老後の安楽といった意味になる。
 『日本国語大辞典』によれば、キリシタン宣教師の日本語修得のためにイエズス会が刊行した辞書『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜04)に「Voiracu (ヲイラク)」があり、ポルトガル語の部分を日本語に翻訳すると、「歌語、すなわち、老いの楽しみ」と書かれている。つまりけっこう古くから「老い楽」と思われていたことがわかる。以後、「老い楽」の例は、江戸期から近代になってもかなり見られるようになる。
 ちなみに冒頭の落語家が言った「老いらくの恋」という語は、1948(昭和23)年、当時68歳だった歌人の川田順が弟子の女性と恋愛、家出し、「墓場に近き老いらくの、恋は怖るる何ものもなし」と詠んだことから広まったものである。この場合の「老いらく」は「老い楽」でないことは言うまでもないであろう。

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 「常用漢字表」に「付表」というのがあるのをご存じだろうか。「いわゆる当て字や熟字訓など,主として1字1字の音訓としては挙げにくいものを語の形で掲げた。」ものである(「表の見方及び使い方」)。
 この付表に示された語の中に、陰暦12月の異称である「師走」が入っているのだが、その読みを「しわす」としつつ、「(「しはす」とも言う。)」といった注記もついている。
 確かに、「師走」は「しわす」と読むのがふつうであるが、「しはす」と言っている人もけっこういるような気がする。すべての国語辞典がそうだというわけではないのだが、「師走」は解説のある本項目は「しわす」であるが、「しはす」を空見出し(参照見出し)にしているものも多い。「常用漢字表」に注記があるからということではなく、実際に「しはす」で引く人も多いことから、引きやすさを考えたためだと思われる。
 ただ、どうしたわけかNHKはシハスは認めておらず、シワスとだけ読むようにしている(『NHKことばのハンドブック』)。
 言うまでもないことではあるが、「師走」はもちろん当て字である。「師走」の歴史的仮名遣いは古くから「しはす」と書かれてきたが、語源についてはよくわかっていない。『日本国語大辞典』の語源説欄には、経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月であるところから、シハセ(師馳)の義だという説、四季の果てる月であるところから、シハツ(四極)月の意だという説、トシハツル(歳極・年果・歳終)の義だという説などが紹介されているが、決定打となるものはない。この中では、最初の師僧が東西を馳せ走る月だという説が、年の暮れの慌ただしいようすと一致することから、もっともよく知られているであろうし、それが語源だと思い込んでいるかたも多いかもしれない。確かにこの語源説に従えば「シハセ(師馳)」が「シハス」となり、これが歴史的仮名遣いになったようにも思えるのだが。
 いずれにしても「しはす」と読むのは、歴史的仮名遣いをそのまま読んだことと、「師走」という当て字に引かれたからであろう。NHKは使わない読みではあるが、間違いとは言えないと思われる。

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