安倍晋三首相が国会審議で、「そもそも」の意味を辞書で調べたら「基本的に」という意味もあると答弁したということが話題になった。辞書にかかわる話なので、辞書の編集に携わってきた者として、何らかのリアクションしておかなければならないと思うのである。
 安倍首相のこの発言を受けて、「毎日新聞」や「朝日新聞」は実際にいくつかの国語辞典を引いて、「そもそも」に「基本的に」という意味があるのかどうか調査している。長年辞書の編集にかかわってきた者として断言できるのだが、「基本的に」という意味を載せている辞書など絶対に存在しない。後で確認すればすぐにわかってしまうのに、なぜそのような発言をしたのだろうか。首相の真意は忖度不能である。
 そもそも、「そもそも」という語は……と、つい言いたくなってしまうのだが、「そもそも」は、品詞の異なるふたつの意味がある。ひとつはこの段落の冒頭で使った「そもそも」で、これは接続詞だが、改めて事柄を説き起こすことを示すことばである。「いったい」とか、「さて」、「だいたい」などという意味をもつ。
 もうひとつは名詞(副詞的にも使う)で、これは接続詞から転じた用法だが、はじめ、最初、発端などといった意味である。「その答えがそもそも間違っているのである」「この計画にはそもそもから反対であった」などと使う。
 「そもそも」は、もともとは主として漢文訓読また漢文訓読調の文章で用いられた語である。漢文訓読では「抑」で「そもそも」と読む。たとえば『論語』「学而」の、

 「夫子至於是邦也、必聞其政。求之与、抑与之与。」は、
 「夫子(ふうし)の是の邦(くに)に至るや必ずその政を聞く。これを求めたるか、抑(そもそも)これを与えたるか。」

と読まれてきた。夫子=先生《孔子のこと》はおいでになった先の国々でその国の政治の相談にあずかりますが、これは先生のほうから求められたものですか、それとも相手の方から招かれたものですか、といった意味である。この場合の「抑(そもそも)」は、「それとも」といったという意味である。
 この漢文訓読で使われた「抑(そもそも)」が古くから和文にも取り入れられ、たとえば平安前期の『竹取物語』のように、

 「抑(そもそも)、いかやうなる心ざしあらん人にか、あはんとおぼす(=いったいどのような誠意のあるかたと結婚しようとお思いですか)」

と使われた。こちらの「抑(そもそも)」は「いったい」という現代語でも使われる意味である。
 日本語は、漢語由来であったり、漢文訓読から生まれたものであったり、もともと和語として存在していたものであったりさまざまである。そしてそのように古くから使われたことばは文語文から口語文に変わったときに決して消滅してしまったわけではなく、現代語としてもしっかりと生き延びているのである。そういった意味で、漢文や古文から日本語を学ぶことはとても大事なことだと思う(それを入試で出題するかどうかは別問題だが)。
 もとより安倍首相が「そもそも」に従来なかった意味があると主張したからと言って、それを斟酌してそのような意味を辞書に載せることはできない。
 またその後、この問題を受けて、政府が閣議で「そもそも」の意味について、『大辞林』に「(物事の)どだい」と記されており、「どだい」には「基本」という意味があるとの答弁書を決定したそうである。確かに『大辞林』の「そもそも」の解説には「どだい」があり、「どだい」を引くと「基本」と出てくるが、だからといって「そもそも」=「基本」となるわけではない。引き合いに出された『大辞林』の編集部も、迷惑な話であったに違いない。
 安倍首相の日本を愛する気持ちをゆめゆめ疑っているわけではない。だが、日本を愛するのなら、国語としての日本語も同じように愛してもらいたいと、一介の辞書編集者は思うのである。

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「忖度」という語が、すっかり流行語のようになってしまった。
 だが、「忖度」には第352回で書いたように、他人の心を推し量るという意味しかなく、現在話題になっているような、推し量ったうえでさらになにか配慮をするという意味はない。
 もし、配慮をするという意味まで含んだ語をどうしても使いたいというのなら、「斟酌(しんしゃく)」のほうがしっくりいくのではないかと思う。
 ただしこの「斟酌」も、本来の意味からどんどん離れて、新しい意味が付け加わっていった語なのである。そういった意味でも「忖度」と非常によく似ている。
 どういうことかというと、「斟(しん))」も「酌(しゃく)」も水や酒などをくむという意味なので、「斟酌」はもともとは酒などをくみかわすという意味の語であった。だが、これがやがて、先方の事情や心の状態をくみとるという意味に変化していく。『日本国語大辞典』(『日国』)ではその意味で使われた近代例として、夏目漱石の『坊っちゃん』のものを引用している。

 「どうか其辺を御斟酌になって、なるべく寛大な御取計を願ひたいと思ひます」

 ここでの「斟酌」は心情を推し量るという意味だけなので、さらに推し量ったうえでの寛大な取り計らいを頼んでいるのである。
 ところが「斟酌」の意味はさらに変化をし続ける。ほどよくとりはからう、気をつかう、手加減することという意味で使われるようになるのである。ちょうど今「忖度」で起きている現象が、「斟酌」でもある時期に起きていたわけである。この意味で引用されている『日国』の用例は、古典例ばかりでちょっとわかりにくいのだが、島崎藤村の『破戒』という小説に以下のようなちょうどよい例がある。

 「そこは県庁でも余程斟酌して呉れてね、百円足らずの金を納めろと言ふのさ。」

 この「斟酌」にはほどよく取り計らうという意味もあるので、今話題になっている新しい意味が付け加わった「忖度」と置き換えても、何の違和感もなさそうである。
 「斟酌」という語が面白いのは、これで新しい意味への変化が終わらなかったことである。どのようなことかいうと、言動をひかえ目にすること、遠慮すること、辞退することといった意味で使われるようになるのである。『日国』では、この意味の近代の例として正宗白鳥の『泥人形』(1911年)の、

 「斟酌なく御指導被下度願上候」

 という例を引用している。遠慮なくご指導くださいとお願いしているのである。
 だが『日国』によると、さすがにこの意味になると、本来の用法から外れたものであるという規範意識から、誤用だという指摘も古くからあったらしい。今まさに「忖度」の新しい意味に対して多くの日本語研究者が指摘しているのと同じ状況である。
 私たちは、まさに「忖度」が「斟酌」と同じような意味の変化を起こしている現場に居合わせているのかもしれない。ことばの世界も歴史は繰り返すということなのであろうか。

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 少し長いのだが、以下の新聞記事をお読みいただきたい。

 政府は8日、学校法人「森友学園」が運営する塚本幼稚園(大阪市)を安倍晋三首相夫人の昭恵氏が訪れた際に同行した政府職員について「公務だった」と説明し、「私的活動」としていた先の国会答弁を訂正した。土生栄二内閣審議官が同日の衆院経済産業委員会で、民進党の今井雅人氏の質問に答えた。
 昭恵氏は2015年9月に同幼稚園で講演。随行した職員について、土生氏は3日の衆院国土交通委員会で「勤務時間外であり、私的活動だ。公費で出張した事実はない」と答弁していた。しかし、8日の経産委では一転して「連絡調整を行うために公務として同行した」と説明。「事実確認をしていなかった。おわびして訂正したい」と陳謝した。(2017年3月8日「時事通信」)

 のっけからこのような記事を引用したのは、別にこの記事に関連する学校法人「森友学園」への国有地売却問題を論じたいと思ったわけではない。この記事の中に、同じような意味で使われている「随行」が1回「同行」が2回出てくる点に注目していただきたかったのである。実は、この土生栄二内閣審議官の答弁を報じた新聞記事の多くは、ほぼ同じように「随行」と「同行」が混在していたのである。

 いったい、「随行」「同行」には意味の違いがあるのであろうか。
 『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、「随行」の意味は「地位の高い人の供としてつき従って行くこと。」であり、「同行」は「つれだって行くこと。」とある。つまり、『日国』の語釈を見る限り、「随行」は主たる任務を帯びたものにつきしたがって行動を共にするという意味合いがありそうだが、「同行」には行動を共にする者同士の上下関係はないと考えられる。だとすると、新聞記事で同じ政府職員の行動を「随行」と表現したり、「同行」と表現したりしているのはどのようなわけなのであろうか。
 勘ぐった見方をすると、この記事が伝える内容の場合、政府職員が首相夫人に随行するのか同行するのかで、かなり意味が異なるように思われる。この記事をよく読んでみると、政府の見解では「同行」と表現しているのに対して、記者が書いた部分は「随行」と表現しているからである。そういえば首相夫人が公人であるか私人であるかということが問題となっていた。
 政府は「同行」という表現にこだわったのかもしれないが、法令を見る限り、公務員に関して「随行」か「同行」かということに関しての細かな規定があるわけではない。たとえば、国家公務員倫理審査会事務局による「国家公務員倫理規程事例集(平成24年増補版)」に、

〔大臣に随行する国際会議における宿泊料〕
問36 海外において開催される会議に当省の大臣が出席することとなっており、一般職の国家公務員である秘書1名が職務として随行する予定である。

 などという使用例があるだけである。
 また「同行」に関しては、同規定集の質疑応答集に以下のような使用例があるだけである。

問44 利害関係者と共に旅行をすることが認められている「公務のための旅行」とは、どのような場合か。
答 出張命令が出されていて、利害関係者の同行が公務に必要な場合である。

 ただ、これらの使用例を見ると、意味の違いについては何ら触れられていないものの、上下関係がわかる使われ方をしているのは「随行」のほうだということが読み取れるであろう。
 だとすると冒頭の新聞記事で政府が「同行」を使ったのは、上下関係がなかったということを示唆しようとして、意図的に「同行」を使ったのではないかという気がしてくる。
 この記事の「随行」と「同行」の使い分けは、いろいろと想像をかきたてるものであった。

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第352回
 

 先月(3月)、学校法人「森友学園」への国有地売却問題で学園理事長が国会に証人喚問されるということがあった。
 そのとき話題になったことばに「忖度」がある。
 首相の口利きがあったのかという問いに対して、学園理事長は「口利きはなかった。忖度したのでしょう」といった使い方をしたのである。この場合の「忖度した」の主語は、売却に関わった関係省庁ということであろう。だが、「忖度」という語はそれ以前にも、「政権の意向をマスメディアが忖度する」といったような使われ方をしていた。このことば自体は決してマイナスイメージのことばではないのだが、何となくそうした使われ方をされることが多くなっていて、正直言って少し残念な気分になっている。
 そもそもこの「忖度」だが、けっこう難読語だと思う。つい、「スンド」とか「ソンド」「フド」などと読んでしまいそうだ。意味は、他人の心の中や考えなどを推し量るということで、「忖」も「度」もはかるという意味である。推し量ることはあっても、それによって何か配慮をするというニュアンスのないことは、言うまでもないことである。
 『日本国語大辞典』は、「忖度」の用例の一つとして、慶應義塾の創立者である福沢諭吉の『文明論之概略』の巻之二第四章にある文章を引用している。

 「他人の心を忖度す可らざるは固より論を俟たず」

 というものなのだが、前後を見ると今読んでも極めて示唆に富んだ内容のものなので、稚拙ではあるが現代語訳を添えておきたい。原文をお読みになりたいかたは、たとえば慶應義塾大学名誉教授の上田修一氏が、慶應義塾図書館所蔵の『文明論之概略』全六巻を底本として、インターネットで公開しているのでそちらをご覧いただきたい。

 人の心の働きはたくさんの事柄から成り立っていて、朝は夕方と異なり、夜は昼と同じではない。今日は徳行のそなわった人でも明日は徳のない品性の卑しい人になり、今年敵だった者が来年には友達になるかもしれない。人の心の働きが時機に応じて変化することは、それが現れれば、ますます思いがけないこととなるのである。幻や魔物のようで、あれこれ考えをめぐらすことも、推し量ることもできない。他人の心の中を推察できないのはもとより言うまでもないことだが、夫婦親子間でもお互いにその心の働きを推し量ることはできない。単に夫婦親子だけでなく、自分の心をもってしても自分自身の心の変化を思い通りにすることはできない。いわゆる「今吾は古吾に非ず(=今の自分は昔のままの自分自身ではない)」というのがこれである。その実態はあたかも晴雨の天候を予測できないのと同じようなものである。

 いかがであろうか。つたない訳文で恐縮なのだが、人の心をあれこれ推し量ることの困難さ、無意味さ、さらに言えばそうすることの愚かしさを語っていると思われる。私自身もそうだが、耳の痛い人も大勢いるのではないだろうか。
 繰り返すが、「忖度」には、他人の心を推し量るという意味だけで、そうした上で何か配慮をするという意味はない。ところが、本来なかったそうした意味が付け加わっているような兆候が感じられる。辞書編集者としてはそれが気がかりなのである。

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 「医学博士」「農学博士」などと言うときの「博士」と、「昆虫博士」「漢字博士」などの「博士」とはどう違うのか、そんなことをお考えになったことはあるだろうか。
 前者は学位の呼び方、後者は物知りのことと、意味が違うのである。
 また、意味の違いばかりではなく、学位の正式な呼び方は「はくし」、ある方面の知識が豊富な人のことは「はかせ」と、使い分けがされている。ただし、学位の呼び名を俗に「はかせ」と言っている人もいないわけではないが。「博士号」や「博士課程」は、「はかせごう」「はかせかてい」のほうが優勢かもしれない。
 「博士」を「はかせ」あるいは「はくし」と読むことは、平安時代から行われていた。ただし、「博」の字音は「ハク」「バク」で、「ハカ」という読みはない。それは「士」も同様で、「士」の字音は「シ」「ジ」で、「セ」はない。そのため、『日本国語大辞典』(『日国』)では、

 「応神以降、『博士』は百済との交渉に関して記録されているので、百済の制度に関係があると思われ、『はかせ』も百済の音かもしれない。」 

と推定している。「百済との交渉」というのは、古代朝鮮の王朝・百済(くだら・ひゃくさい)から送られてきた学問技術の専門家のことで、五経博士(ごきょうはかせ)・医博士(くすしのはかせ)・易博士(やくのはかせ)・暦博士(こよみのはかせ)などである。
 これが後に令制で、特定の学術・技芸に専門的に従事し、かつその分野の教育を担当する職の総称となる。「陰陽博士(おんみょうはかせ・おんようはかせ)」「文章博士(もんじょうはかせ)」などの名称は、お聞きになったことがあるかもしれない。
 明治時代になり1887(明治20)年に「学位令」が公布され、学位を「博士」「大博士」の2等に分けることが制定されたのだが、この「博士」は「はくし」と読むのが正しいとされたのである。
 『日国』に、その公布の翌年に「金城だより」という新聞に掲載された、ちょっと面白い内容の記事が引用されているので紹介しておこう。

 「学位令にある博士と言ふ文字の発音方は、従来唱へ来りたる如くハカセと読む事と思ひの外、ハクシと発音する事になり居る由」(明治21年〔1888〕6月21日)

 「金城だより」というのは愛知県で発行された新聞で、現在の中日新聞の前身である。当時の人たちの感覚では、「はかせ」の読みの方がふつうだったようである。

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