「革命」ということばを聞くと、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。歴史的な「フランス革命」「ロシア革命」などであろうか。あるいは、社会の特定の領域で起こる「産業革命」「宗教革命」などであろうか。人によってさまざまであろう。
 だが、この場で論じたいのは「革命」とは何かということではない。「革命」ということばそのものについてである。
 国語辞典で「革命」という語を引いてみると、一様ではないことがわかる。
 「革命」の「革」はあらたまるという意味だが、古代中国では、天子は天命を受けて天下を治めるので、王朝が交替するのはその天命があらたまったからとされていた。このことから、もともとは王朝が変わることを「革命」といったのである。
 日本でも幕末頃までは、「革命」はこの意味に基づいて用いられてきた。ところが、明治以後revolution の訳語として「革命」が用いられるようになり、現在のような、被支配階級が時の支配階級を倒し、政治権力を握り、社会を変革することをいうようになったのである。
 『日本国語大辞典(日国)』によれば、revolutionの訳語として「革命」を選んだのは福沢諭吉だと考えられているのだが、この語を世に広めたのは中江兆民ら、自由党系列の自由民権運動家たちであったらしい(「革命」の語誌)。
 つまり、本来の「革命」と明治以降の「革命」とは全く別の語で、従来あったことばが流用されただけだということがわかる。
 この「革命」という語の扱い方が、辞典によって違うのである。主な辞典の扱いを整理すると以下のようになる。

【最初に王朝交替の「革命」を示している辞典】
『日国』『広辞苑』『現代国語例解辞典』『岩波国語辞典』

【最初は現在の革命の意味を示していて、王朝交替の意味はその後にしている辞典】
『大辞泉』『大辞林』

【王朝交替については、補注あるいは補説として述べている辞典】
『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』『明鏡国語辞典』

 現在では、「革命」の意味は、狭義の政治的な意味にとどまらず、日常生活でもすべてのものの状態、作用に、突然根本的な変化が現れることにも使われるようになり、「流通革命」「レジャー革命」などといった使われ方もされるようになっている。まさにことばの拡散化と言えるであろう。
 それはそれで何ら問題はないのだが、やはり「革命」という語の本来の意味を知っていても、損にはならないような気がする。
 なお蛇足ではあるが、今年の夏に安倍政権が新たな政策として「人づくり革命」ということを掲げた。その命名のセンスについて何か言いたいということではないのだが、マスコミ数社がこの「革命」ということばの使い方について日本共産党に意見を求めた記事があったことに違和感を覚えた。「革命」ということばは、マルクス・レーニン主義の専売特許ではないからである。

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 267件と0件。何の数字かおわかりだろうか。国会会議録で「存亡の危機」と「存亡の機」を検索した数である。前者が「存亡の危機」、後者が「存亡の機」である。
 国会会議録は第1回国会(1947年5月開会)以降のすべての本会議、委員会等の会議録であるが、私がこの2語を検索したのは2017年9月21日である。国会会議録は常に更新されているので、その後数字が若干動いているかもしれないが、「存亡の機」の使用例が1例でもカウントされる可能性は低いであろう。9月21日以降、このコラムが公開されるまでの間に臨時国会が召集されたが、初日に安倍総理は衆議院を解散させてしまったからである。
 なぜ9月21日にこだわったのかというと、ちょっとしたわけがある。この日文化庁から2016(平成28)年度の「国語に関する世論調査」の結果が発表され、「存亡の機」を使うという人が6.6%、「存亡の危機」を使うという人が83.0%と、圧倒的に後者を使うという人の方が多いというものだったからである。
 国会の会議録も今回の文化庁の調査結果も決して特別なわけではなく、国立国語研究所の大規模言語資料のコーパスでも、「存亡の機」の使用例は1例も見当たらない。「存亡の危機」は24例あるのだが。
 ところが、数字はそうであっても本来の言い方は「存亡の機」の方なのである。生き残るか滅亡するかの重大な時機、場合という意味で使われる。「存亡の秋(とき)」と言うこともあり、「機」も「秋」もちょうどそのとき、重要な時期といった意味である。
 『日本国語大辞典』では「存亡の機」の漢籍の例として、『戦国策』の「計者、事之本也、聴者存亡之機也〔=計は事の本なり。聴は存亡の機なり〕」(秦策・恵文王)を引用している。『戦国策』は古代中国の戦国時代に、列国間の外交政策を説いてまわった遊説家の弁論を記した書物である。文意は、計略を立てるということは国の政事の根本であり、献策に耳を傾けるということは国の存亡のかなめであるといった内容である。
 「存亡の機」を「機」ではなく「危機」というと、危機は悪い結果をもたらすかもしれない、あぶない状態という意味であるから、表す意味が異なる。だが、危ない状態であることを強調したいがために、「存亡の危機」という言い方が生まれたのかもしれず、それはそれでわからないでもない。
 なお、「存亡の危機」の使用例を見ると、「存亡」よりは「存続の危機」と言った方がよさそうな例が見受けられる。「存亡の機」はまさに「存続の危機」にひんしているのである。

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 9月28日に安倍総理が衆議院を解散させるにあたり、「国難突破解散」と述べたので、「国難」ということばががぜん注目されるようになった。

 そこで本コラムでも、この「国難」という語について述べておこうと思う。と言っても、この解散をそのように命名することの是非を論じようというわけではない。あくまでも、「国難」ということばについてである。

 私自身はなぜか「国難」ということばを聞くと、真っ先に「元寇(げんこう)」を思い浮かべる。「元寇」とは鎌倉時代にあったモンゴル(元)の日本来攻のことであるが、最近では「モンゴル襲来」とか「文永・弘安の役」とかいうことの方が多いようだが。

 なぜ「国難」からそのような連想が働くのか長い間わからなかったのだが、最近になってこれだったのかもしれないというものを見つけた。軍歌の『元寇』である。

 作詞作曲・永井建子(ながいけんし)のこの軍歌は明治25年(1892年)に発表された。作者は男性である。この歌の一番に「四百余洲をこぞる十万余騎の敵 国難ここに見る 弘安四年夏の頃」とある。別に軍歌好きというわけではないのに、なぜこの歌を知っているのか謎なのだが、ひょっとすると大正生まれの親が歌っているのを聞いたことがあったのかもしれない。

 もちろん、「国難」という語が使われるようになったのは明治以降のことではない。『日本国語大辞典(日国)』の例は、江戸時代の曲亭馬琴作の読本『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』(1807〜11)のものが最も古い。だが、実はそれよりもかなり古い、『碧山日録』の応仁2年(1468年)5月20日の、


 「嘆国難起、而叢規不行、且諸荘恒産不納也」


という例が存在する。『碧山日録(へきざんにちろく)』は室町時代中期の東福寺の僧太極(たいきょく)の日記である。応仁2年というのは応仁の乱が起こった翌年にあたる。「国難おこって叢規行われず、かつ諸荘の恒産を納めざるをなげくなり」と読むのであろうか。「叢規」は禅宗寺院の規則、「諸荘」は各地に存在する荘園、「恒産」は恒常的に入ってくる作物や金銭のことである。応仁の乱はまさに国難であろう。

 ただ、「国難」という語が頻繁に使われたのは、明らかに明治になってからである。それは、慶応3年(1867年)12月9日に発せられた「王政復古の大号令」に、「抑(そもそも)癸丑(みずのとうし)以来、未曾有(みぞう)之国難」とあることによるのかもしれない。

 以後、第1次世界大戦後の経済不況と革命運動の登場を「経済国難」「思想国難」と呼んだり、神社で「国難打開」を祈願したりするなど、さまざまな場面で「国難」という語が使われるようになる。

 昭和7年(1932年)には、大阪毎日新聞(毎日新聞の前身)の懸賞募集で寄せられた詩(中川末一作詞)に山田耕筰が曲をつけた、『国難突破日本国民歌』という歌曲まで生まれた。ここで「国難突破」の形で使っている点にも注目したい。

 「国難」は辞書的に説明すれば、国の災難、危機という意味で、このことばそのものには何の色もついていない。だが、このことばがかつてファシズムが台頭する中で盛んに使われたということは、もちろん国語辞典には記載できないことではあるが、忘れてはならないと思うのである。



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 毎年年末になると、財団法人日本漢字能力検定協会が発表する「今年の漢字」が話題になる。旧聞に属することだが、2011年のそれは「絆」であった。この年は3月11日に東日本大震災があり、家族や仲間などとの「絆」が再確認されたことが選定の理由であった。
 そして、日本漢字能力検定協会が「絆」が表す2011年という年について総括した文章の中に、以下のような部分がある。

 「SNSをはじめとするソーシャルメディアを通じて新たな人との『絆』が生まれ、旧知の人との『絆』が深まった。」

 これを読んで、ひょっとすると違和感を覚えたというかたがいらっしゃるかもしれない。そのかたはおそらく、「絆」は「深まる」「深める」ものではなく、「強まる」「強める」が正しいとお考えになっているのではないだろうか。なぜそのようなことをいうのかというと、国語辞典でそれについて触れているものはないのだが、インターネットを見ると、「絆が深まる」「絆を深める」を誤用だとしているものが見受けられるからである。
 「絆」という語は、今でこそ人と人との断つことのできない結びつきの意味で使われているが、もともとは馬、犬、鷹(たか)などの動物をつなぎとめる綱のことである。
 『日本国語大辞典』によれば、鎌倉時代の辞書『名語記(みょうごき)』(1275年)には以下のような記述がある。

 「きづなといへる、つな、如何。きづなは紲とかけり。くびつなの心也。頸綱也」

 「きずな」の「き」は不明ながら、「ずな(づな)」は「つな(綱)」と理解されていたことがわかる用例である。
 そのため、現代仮名遣いのよりどころとされる「現代仮名遣い」(1986年内閣告示)でも、

 「次のような語については、現代語の意識では一般に二語に分解しにくいもの等として、それぞれ「じ」「ず」を用いて書くことを本則とし、「せかいぢゅう」「いなづま」のように「ぢ」「づ」を用いて書くこともできるものとする。」

として、「きずな(絆)」もその例に挙げている。つまり「きづな」と書くことも許容されるというわけである。
 「絆が深まる」「絆を深める」を誤用だとしている人の中には、「つな(綱)」と関わりのある語なので、「深まる(深める)」ではなく「強まる(強める)」が正しい結びつきだと説明する人もいる。
 確かにそうなのかもしれないが、現代語としては語源意識も薄れてしまい、そうした中で「絆が深まる」「絆を深める」という言い方が生まれたものと考えられる。
 実際、国立国語研究所のコーパス(大規模な言語資料データベース)を見ると、「強まる(強める)」よりも圧倒的に「絆が深まる」「絆を深める」の例の方が多い。
 小型の国語辞典の中でも『三省堂国語辞典』は「絆が深まる」の、『新明解国語辞典』は「絆を深める」の例を載せている。「絆が深まる」と「絆を深める」は、もはや誤用とは言えないと思われる。

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 先ずは以下の文章をお読みいただきたい。このコラムを連載している、ジャパンナレッジの「ジャパンナレッジNEWS」の一節である。

 「マック」と「マクド」の分布を調査した結果、全国的に「マック」派が圧倒的。「マクド」派が優勢なのは大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山の関西5府県のみで、60%以上の人が使っていたんだそう。

 ハンバーガーチェーンのマクドナルドを略してなんと呼ぶかということはとても面白い話なのだが、今回話題にしたいのはそのことではない。末尾の「使っていたんだそう」の「そう」という言い方についてである。表題の「由緒ある神社だそう」の「そう」も同様である。
 この「そう」は、国語辞典ではまだその意味についてほとんど触れられていない、新しい言い方なのである。
 本コラムでジャパンナレッジの関係者が書いた文章を俎上(そじょう)にのせるなんて何事かと、担当者に叱られてしまいそうだが、格好の題材だったので許してもらいたいと思っている。
 さてこの「そう」は、伝聞の助動詞「そうだ」の省略形と考えられている。従来は主に口頭語として使われていて、テレビのナレーションなどで「由緒ある神社だそう」などと言っているのをお聞きになったことがあるかもしれない。ひょっとするとそのときに、違和感を覚えたかたもいらっしゃるのではないだろうか。この口頭語の「そう」が次第に広がりを見せて、書きことばとしても使われるようになったと思われるのである。
 伝聞の助動詞「そうだ」は、……ということだ、……という話だという意味で、「お元気だそうで安心した」「今日の会議は延期するそうだ」などと使う。
 ところが、「そうだ」にはもうひとつ、……というようすだ、今にも……するようなようすだ、といった様態の意味を表す使い方もある。「雨がやみそうだ」「あの人はいかにも健康そうだ」「本番は明日なのになんだか自信がなさそうだ」などというのがそれである。そしてこの様態の「そうだ」だが、「だ」をとって「そう」の形で使われることもある。これら3つの例文も、「だ」を省略して言ってもそれほど違和感はないであろう。
 伝聞の「そうだ」が「そう」になるのは、おそらく様態の助動詞の用法に引かれてのことであろう。さらには、文末が「~そうだ」となると表現が強くなるように感じて、それを和らげる意味で「そう」としている可能性も考えられる。
 国語辞典には伝聞の「そう」について触れているものはほとんどないと書いたが、『三省堂国語辞典』(三国)だけは、「そう」を立項している。意味は、「『そうだ(助動)』の語幹」で、例文の中に「新作のロールケーキも人気だそう」というのがある。これが、伝聞の「そう」なのだが、それについての説明が何もないのは、さすが『三国』ここまで載せていたのかと思わせただけに、いささか残念である。
 ジャパンナレッジの記事でも使われているからというわけではないのだが、おそらく、この「そう」はさらに広まっていくのではないかと思っている。私自身は今後も使わないであろうが、誤用だとは思っていないし、遠からずこの語について解説する辞典も出てくるであろうと期待している。

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