とある居酒屋でお品書きに「木の芽和え」とあったので、「『きのめあえ』をください」と言ったら、同席していた者からもお店の店主からもほとんど同時に、「『このめあえ』でしょ」と言われたことがある。「木の芽」とはサンショウの新芽のことで、「木の芽和え」はサンショウの新芽に、味噌や砂糖などをすりまぜて、肉や野菜などをあえたものをいう。
 負け惜しみでも何でもなく「このめあえ」と言うことももちろん知っていたのだが、自分の中では「きのめ」と言うか「このめ」と言うかで揺れていて、そのときの気分で適当に使っているような気がする。
 私自身はそうであるが、一般的な言い方はどちらなのであろうか。
 「木の~」という形の語は、「木」を「き」と読むか「こ」と読むのかふた通りがある。たとえば、「木の香」「木の根」などは「きの~」と読み、「木の間」は「この~」と読むのがふつうである。だが、「木の葉」「木の実」などは、「きの~」とも「この~」とも読まれる。
 「き」も「こ」も「木」という漢字の訓読みではあるが、「き」は単独で使われることもあるが、「こ」は他の語と複合して使われることが多く、単独で使われることはほとんどない。たとえば、「こもれび(木漏れ日)」や「こぬれ(木末)」などである。
 「きのめ」「このめ」の場合、国語辞典ではどちらも見出し語として載せているものがほとんどだが、特に以下の辞典には踏み込んだ記述がある。

『明鏡国語辞典』:「このめ」は、「きのめ」よりも雅語的な言い方。
『新明解国語辞典』:(「このめ」の項に)「きのめ」の古風な表現。
『三省堂国語辞典』:(「このめ」の項に)「雅語」。

 「雅語」とは、洗練された上品な語とか、正しいとされる優雅な語といった意味である。
 また、「このめ」の方が「きのめ」よりも古い例が存在することも確かである。『日本国語大辞典』の「このめ」の例は、サンショウの新芽のことではないが、平安時代の右大将藤原道綱の母の日記『蜻蛉日記(かげろうにっき)』(974年頃成立)の
 「三月になりぬ。このめすずめがくれになりて(=3月になった。木の芽が茂ってスズメの姿が隠れるほどになり)」
という例が一番古い。「このめすずめがくれ」なんて、何とも味のある表現ではないか。
 これに対して確実に「きのめ」と読んでいる例は江戸時代のものである。
 「きのめあえ」と言ってしまった私は、上品な言い方ができないと言うことになるのかもしれないが、少なくとも間違えてはいないということがわかり、少しだけ安心したのであった。

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 埼玉県さいたま市に「見沼(みぬま)たんぼ」と呼ばれている地域がある。同市には見沼区という行政区があるのだが、その区名の由来となった場所である。ただし、「見沼たんぼ」の区域全体が見沼区に含まれるという訳ではなく、周辺の区にもまたがっているようである。「たんぼ」というのは、江戸時代に干拓によってできた新田地区であるからそう呼ばれるようになったらしい。現在も貴重な緑地として残されており、市民の憩いの場所になっているという。私自身は、以前この区域内の小学校に何度かお邪魔したことがあり、ごく一部ではあるが、どこか懐かしい田園風景を実際に見ている。
 この「見沼たんぼ」だが、さいたま市と埼玉県にそれぞれホームページがあるのだが、面白いことに「たんぼ」の表記が異なっているのである。市は「たんぼ」、県は「田圃」と。
 「田」のことをいう「たんぼ」の表記は、平仮名で「たんぼ」と書くか、「た」だけ漢字にして「田んぼ」と書くかで揺れることが多い。「田圃」と漢字で書く表記は当て字である。「田圃」と書いて「でんぼ」「でんぽ」と読むこともあるが、これは田と畑の意味である。
 「たんぼ」は、「たのも(田面)」、あるいは「たおも(田面)」の音変化かと言われている。「たのも」も「たおも」も田の表面という意味である。
 「田圃」は当て字であるうえに、「常用漢字表」に「圃」の字がないことから、「田んぼ」または「たんぼ」という表記が混在している訳である。このため小型の主な国語辞典でも漢字表記欄の扱いが以下のように異なっている。

・当て字である「田圃」だけを示している辞典:『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』
・表記欄は「田圃」で、補注で「田んぼ」とも書くとしている辞典:『岩波国語辞典』『明鏡国語辞典』
・「田んぼ」を標準的な表記とし、「田圃」を慣用的な表記としている辞典:『新選国語辞典』
・「たんぼ」を標準的な表記とし、「田圃」「田んぼ」を慣用的な表記としている辞典:『現代国語例解辞典』(ただし「たんぼ」よりも「田んぼ」の方がわかりやすいため多用されるという注記あり)

 新聞では「田んぼ」、あるいは「田」と言い換えるようにしている。辞典は必ずしも「田んぼ」派が優勢という訳ではないのだが、それでも「田んぼ」と書かれることのほうが多いのは、新聞などの影響だと思われる。
 「見沼たんぼ」に関しては、おそらく正式な表記は決められていないのであろう。だが、さいたま市も埼玉県も、もっとも多いと思われる「田んぼ」ではないところが、何か考えのあってのことなのかと、気になって仕方がない。

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 「あまりの恥ずかしさに、いたたまらない気持ちになる」
 この文章を読んでどのようにお感じになっただろうか。ひょっとすると、「いたたまらない」は「いたたまれない」の間違いではないかとお思いになったかたもいらっしゃるかもしれない。だが、「いたたまれない」も「いたたまらない」も江戸時代頃から両方とも使われていたらしく、意味や用法もほとんど区別がないようなのである。
 『日本国語大辞典』の「いたたまれない」では、江戸時代後期の人情本と呼ばれる小説の例が引用されている。

*人情本・花の志満台(1836~38)三・一七回「詰らなくなると、さア、彼奴(あいつ)めが我儘一杯(いっぺえ)を働いて、なかなか居(ゐ)たたまれねえ様にするから、忌々しさに出は出て見たが」

 一方「いたたまらない」のほうは、式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』(1809~13)の以下のような例である。

 「わたしが初ての座敷の時、がうぎ〔=ひどく〕といぢめたはな〈略〉それから居溜(ゐたたま)らねへから下(さが)らうと云たらの」

 『浮世風呂』のほうが成立は20年以上早いが、ほぼ同時期のものと考えていいだろう。ただ、語源を考えてみると、「いたたまらない」は「居・堪(たま)らない」、つまり「いることががまんできない」の意味だと考えられる。この「居る+たまる+ない」の「いたまらない」に、強調か口調のためにもう一つ「た」が挿入された形が「いたたまらない」だとされている。
 さらに、「たまらない」は「がまんできない」の意であるが、「……できない」の意味の場合、たとえば「止まる」が「止まれない」、「終わる」が「終われない」などと、当時から「……れない」の形となることがあるため、それに引きずられて「いたたまらない」も「いたたまれない」に変化したと考えられている。
 つまり、語源的には「いたたまらない」が元の言い方だと説明できるのである。だからというわけではなかろうが、現在でも「いたたまれない」「いたたまらない」どちらも使うが、「いたたまらない」のほうがやや古めかしい言い方に聞こえるような気がする。「いたたまれない」のほうが優勢だということはわかるのだが、小型の国語辞典では「いたたまらない」が完全に消滅してしまったわけではないのに、これを見出し語にしているものはほとんど無くなってしまった。残念なことである。

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 15,500,000 件と 333,000 件。
 なんの数だかおわかりであろうか。インターネットで「せっく」の漢字表記である「節句」と「節供」を検索した数である。前者が「節句」、後者が「節供」のヒット件数である。
 「せっく」とは、人日(じんじつ=一月七日)・上巳(じょうし=三月三日)・端午(たんご=五月五日)・七夕(たなばた=七月七日)・重陽(ちょうよう=九月九日)のことである。
 インターネットでなぜわざわざこのようなことをやってみたのかというと、「節句」の表記がどの程度広まっているのか知りたかったからである。インターネット上の検索であるので、この数字をうのみにすることはできないが、想像以上に「節句」が使われていることがわかる。
 それも無理もないことで、新聞では「節供」を「節句」と書き換えているからである。たとえば時事通信社の『用字用語ブック』でも、

せっく(節供)→節句~桃の節句

とある。これはかっこ内の表記、すなわち「節供」は原則として使わず、矢印で示した「節句」を使うようにという指示である。
 だが、「せっく」は古くは「節供」と書かれていたのである。そのため、「節供」とは季節の変わり目にあたって祝いを行う節日(せちにち)に、供御(くご=飲食物)を奉るのを例とするところから発した名称だと考えられている。
 室町時代以前の用例は、その時代の辞書類も含めてほとんどが「節供」で、「節句」の表記は現時点では見つけられない。ところが江戸時代になると「節句」の用例が急激に増え始める。だが、残念ながら何がきっかけでそうなったのかはわからない。
 現在「節句」が優勢になっているのは、おそらく「常用漢字表」の「句」のところに語例として「節句」が挙げられているからであろう。これは1973(昭和48)年に告示された「当用漢字改定音訓表」の内容を踏襲したものである。「供」も常用漢字ではあるのだが、「節供」の表記例がないところを見ると、「節句」の表記を優先させるという判断があったのであろう。
 新聞は「節句」にしていると書いたが、国語辞典では見出しの表記欄で「節句」「節供」を並列して示しているものが多い。ただ、最近の辞書では「節句」を先に示しているものが増えている。そんな中で、『新明解国語辞典』は「節供」を見出し欄に掲げず、解説のあとに「本来の用字は『節供』」だとして、独自路線を歩んでいる。

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 生きた魚介類を、頭、尾、大骨、殻などはそのままに刺し身にし、生きていた時のような姿にして盛り付ける料理のことを、何と呼んでいるだろうか。「いけづくり」だろうか、あるいは「いきづくり」だろうか。
 勝手な推測だが、大方は「いけづくり」と言っているのではないだろうか。NHKも、「いけづくり」を第1の読み、「いきづくり」を第2の読みとしている。新聞なども、たとえば時事通信社の『用字用語ブック』では、「生け作り」を採用し、注記として「『生き作り』とも」としている。
 国語辞典も同様で、「いけづくり」を本項目として、「いきづくり」を空見出し(参照見出し)にしている。つまりほとんどが「いけづくり」を優先させているわけだが、「いきづくり」も排除していない点に注目していただきたいのである。
 『日本国語大辞典』では、「いけづくり」「いきづくり」両方の見出しがあり、ともに江戸時代の例が引用されている。「いけづくり」は江戸後期の作家為永春水(ためなが・しゅんすい)の人情本の例である。

*人情本・貞操婦女八賢誌(ていそうおんなはっけんし)(1834~48頃)六・五三回「其方(そなた)の体を生作(いけづく)り、その庖丁の切味を饗応(ふるま)ひ呉れん」

 「いけづくり」は「いけづくり」でも、かなり物騒な「いけづくり」の例である。『貞操婦女八賢誌』は、「はっけんし」と書名にあるように曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』を模した小説で、八犬士に代わる八賢女が主人公で、引用した部分もその八賢女の一人「八代(やつしろ)」のせりふである。
 一方、「いきづくり」は十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の続編の『続膝栗毛』の例である。

*滑稽本・続膝栗毛(1810~22)一一・下「おれは鰒汁(ふぐじる)に生海鼠(なまこ)鱠(なます)鯉(こい)の生(いき)づくりでなければくはぬぞといふと」

 2つの用例を見比べてみると「いきづくり」例のほうが少しだけ古いが、江戸時代から「いけづくり」「いきづくり」両用あったということは確実である。「いきづくり」を排除できない根拠となるものであろう。
 なお、「いけづくり」を漢字で書く場合、「生けづくり」がふつうだが「活けづくり」と書くこともある。また「つくり」も「作り」「造り」の両方の表記が見られる。
 国語辞典の場合、このような揺れをどこまで取り込むかで立場がわかれるのである。

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