日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第503回
「毒」の熟語

 「毒」という漢字は、健康や生命を害するものという意味をもつ。それが物質なら「毒薬」だし、人の心をきずつけるものという意味なら、「毒手」「毒舌」などがある。「毒婦」も、近年話題になった「毒親」の「毒」もそれだろう。
 だが「毒」には、普段使われることはめったにないが、別の意味がある。「ひどい」「はげしい」といった意味である。実は最近その意味の熟語と出会い、しかもそれらの語がすべて『日本国語大辞典』に立項されていないことを知り、いささか悔しい思いをした。
 「毒寒」「毒熱」「毒暑」という語である。これらの「毒」は「ひどい」「はげしい」という意味で、それぞれ、ひどい寒さ、はげしい熱、ひどい暑さということだろう。
 「毒寒」「毒熱」は、近世初期の日本人イエズス会士ハビアンがキリシタンの立場から神儒仏を批判した書物『妙貞問答(みょうていもんどう)』(1605年)の中にあった、以下のような例である。

「此地中ニ獄所ヲ定メサセラレ、毒寒毒熱ノ責ヲ以テクルシメ玉フ事、其時ヨリ今ニ終ラズ」(下)

 ハビアンはこの『妙貞問答』著述後、キリスト教を捨てるのだが、それはまた別の話。キリシタンの間では「毒寒」「毒熱」は「インヘルノ(地獄)」を表現する際に常用されたのかもしれない。というのも、ほぼ同時期に宣教師の日本語修得のために編纂(へんさん)された『日葡辞書』にも両語とも立項されているからである。
 それらは、「Docunet (ドクネッ)」「Doccan(ドッカン)」の形で見出し語があり、ポルトガル語で書かれた訳には、「インヘルノ(地獄)のような寒さ(熱さ)」(日本語訳は『邦訳 日葡辞書』岩波書店によった)と説明されている。
 さらに用例を探してみると、「毒寒」は見つからなかったものの、「毒熱」にこんな用例があった。平安後期の説話集『今昔物語集』のものである。

「大きなる鐘蛇の毒熱の気に焼かれて、炎盛りなり」(巻14・3)

 この説話は、安珍・清姫で知られる、道成寺の「鐘巻(かねまき)」の説話である。ただ、この場合の「毒熱」は、異常な熱さというだけでなく、何か毒気を含んだ熱のような気がする。
 そういった目で探してみると、多くの戦国大名に重んじられた医師曲直瀬道三(まなせどうさん)が注をほどこし再編した医学書『類証弁異全九集』(1566年頃)には、

「癰疽瘡癤イデキテ毒熱内ヲ攻、未ダ膿トナラザル時」

という用例もある。「冬葵子(とうきし)」というアオイの種子の効能について書かれた部分で、この「毒熱」も体内にこもった毒気を含んだ熱のように読める。「毒熱」に異なる2つの意味があったのかどうか、検討の必要がありそうだ。
 単に異常な熱さという意味で使われた用例も存在する。たとえば、江戸後期の儒学者松崎慊堂(こうどう)の日記『慊堂日暦』には、「毒熱終日」(天保4年7月12日)、「晴、毒熱」(同年7月20日)、「毒熱苦悶」(天保10年7月23日)などと数例見られる。
 「毒暑」は古い時代の例は見つからなかったが、こんな例があった。

「毒暑(ドクショ)迫人(ヒトニセマル)」(宇喜多小十郎編『雅俗作文自在引』下 1881年)

 『雅俗作文自在引』は手紙文などの文例が示された書物である。「小暑」のところにあるので、その時季に使うべきあいさつ語の例のようだ。だが、それが広まることはなかった。確かに「毒暑人に迫る候、皆々さまにはお変わりなくお過ごしのことと拝察いたします」などという書き出しの手紙がきたら、ギョッとするに違いない。
 幸田露伴も「毒暑」を使っている。

「一切の苦悩や種々の疲労も、家庭の薬、妻の安慰によって忘れることは、譬へば毒暑に甘雨に逢ふが如しと思うて居る」(『春の夜語り』1916年)

 「毒熱」「毒暑」は漢籍の用例もあるのだが、長くなるので省略する。前者は杜甫、後者は白居易のものである。
 この3語を『日国』第2版に収録できなかったのはとても残念だったが、いずれ漢籍例まで引用した形で追加立項できるだろう。
 辞書編集者にとってことば探しとは、新しいことばだけを追い求めることではないのである。

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