サンプルページ一覧
ジャパンナレッジの記事の内容サンプルです。
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3月31日更新
犬居城跡(日本歴史地名大系)
[現]春野町堀之内 気田川の右岸、犬居の標高二九〇メートルの鐘打山の山頂にある。城山ともよばれた(遠江国風土記伝)。天野氏の本城と考えられ、同氏は鎌倉後期犬居に入部、土着したと思われる。南北朝期には一族のうちには南朝方に属した家もあったが主流は北朝方として活動し、室町期
鳳来町(日本歴史地名大系)
面積:二六五・五五平方キロ 県の東部に位置し、北は北設楽郡設楽町・東栄町、東は静岡県磐田郡佐久間町・天竜市・引佐郡引佐町、南は引佐郡三ヶ日町、新城市、西は作手村に接する。町の東部、静岡県との境は、赤石山脈の支脈の弓張山脈で、西には木曾山脈の末端が連なる。町のほぼ中央の
浜松市(静岡県)(日本歴史地名大系)
面積:二五六・七四平方キロ 県西部、遠州灘に面する。東は天竜川を挟み磐田郡竜洋町・豊田町、磐田市、北は浜北市、引佐郡引佐町・細江町、西は浜名郡雄踏町・舞阪町に接するほか、浜名湖に面する。市域西部から北部には洪積台地の三方原台地が広がる。南部は遠州灘に臨む海岸平野で
長篠城跡(日本歴史地名大系)
[現]鳳来町長篠 寒狭川と三輪川との合流点、標高六〇メートルの段丘上にある平城。扇城・末広城ともいう。天明年間(一七八一―八九)の長篠古城絵図(長篠城趾史跡保存館蔵)によれば、合流点を背に、北に向かって扇状に開く、面積約一〇町歩。北から流れる矢沢が、城を二分して寒狭川に落込む
国府・府中・城府・駿府(日本歴史地名大系)
古代に駿河国の国衙が置かれた地。静岡平野の中央、安倍川下流の左岸に位置する。現在の静岡市中心部とされる。古代の駿河国府の比定地については、現在の駿府城跡北方の長谷通の南側あるいは北側、駿府城跡の南東地区(城内中学校・青葉小学校などを含む一帯)、駿府城跡北東の横内・上足洗方面
大東町(静岡県小笠郡)(日本歴史地名大系)
面積:四五・九九平方キロ 小笠郡の西部にあり、南は遠州灘に面し、北は掛川市・袋井市、西は大須賀町、北東は菊川町、東は小笠町・浜岡町に接する。町の北西は小笠山丘陵、北東は牧之原台地丘陵部の一部から構成され、海岸部は天竜川の運んだ砂が堆積して砂丘地帯を形成している。
中京区(京都市)(日本歴史地名大系)
面積:一二三・三二平方キロ 京都市の中央部に位置し、北は丸太町通北及び二条城北側を回って千本通西側を境として上京区に接し、東は鴨川を境に東山区及び左京区に、南は四条通北及び大宮通以西では松原通を境に下京区に、西は北側が西小路通西、南側が西大路通東を境に右京区に接する。
寿桂尼(日本大百科全書(ニッポニカ))
戦国大名今川氏親の正室。今川氏輝・義元の母。京都公家中御門宣胤の娘。1526年(大永6)氏親が没すると幼少の氏輝の代行および後見として尽力。36年(天文5)、氏輝の没後生じた家督争い(花倉の乱)では、太源崇孚(雪斎)とともに実子義元につき、義元の異母兄の玄広恵探)(良真)を倒した。
今川氏真(国史大辞典)
一五三八-一六一四 戦国時代の武将。上総介。天文七年(一五三八)義元の子として生まれる。母は武田信虎の女。永禄元年(一五五八)すでに駿河にその発給文書がみられ、国務の一部を委ねられていたが、同三年父義元の討死により家督を相続した。しかし氏真にとって、桶狭間の敗戦の打撃は
井伊直親(日本人名大辞典)
戦国時代の武将。天文(てんぶん)5年生まれ。井伊直満の子。井伊直政の父。今川氏につかえ,桶狭間(おけはざま)の戦いで戦死した従兄(いとこ)井伊直盛の跡をつぎ,遠江(とおとうみ)(静岡県)井伊谷(いいのや)城主となる。謀反の風説がたったため,今川氏真(うじざね)に弁明におもむく途中
井伊直政(改訂新版・世界大百科事典)
徳川家康の重臣。幼名万千代。兵部少輔。遠江の名族井伊氏の嫡子として井伊谷に生まれる。父直親の不慮の死のあと流浪し,1575年(天正3)15歳のとき浜松城下で家康の目に留まり取り立てられた。82年弱冠22歳で旗本一手役の長となった。この部署には三河譜代の本多忠勝,榊原康政がおり
徳川家康(松平元康)(日本大百科全書(ニッポニカ))
江戸幕府初代将軍(在職1603~1605)。三河(愛知県東部)の小大名の家に生まれ、幼年時代は隣国駿河(静岡県)の大名今川(いまがわ)氏の人質となって苦労したが、桶狭間の戦いののち今川氏から独立し、織田信長と同盟して駿河・遠江(静岡県)・三河3か国に所領を拡大した。
沖ノ島(改訂新版・世界大百科事典)
高知県南西部,宿毛湾口に浮かぶ島。面積10.5km2。全島花コウ岩よりなり,アコウ,ビロウなどの亜熱帯植物が繁茂する。海岸は海食崖が広く,海食洞もみられ,足摺宇和海国立公園に属する。周囲の海域は好漁場をなし漁業が中心で,集落は急傾斜地に階段状に立地する。
沖ノ島祭祀遺跡(日本歴史地名大系)
[現]大島村沖之島 沖ノ島の南部に宗像大社三宮のうち沖津宮がある。沖津宮背後の谷部に山頂などから崩落してきた巨岩が多数あり、そこを中心に祭祀遺跡が形成されている。四世紀後半から九世紀代までの約四〇〇年にわたり国家的な祭祀が行われた。
新原・奴山古墳群(日本歴史地名大系)
[現]津屋崎町勝浦・奴山 津屋崎町のほぼ中央部に位置し、標高一〇―三〇メートル、長さ一キロの細長い台地上に分布する古墳時代中期―終末期の古墳群。昭和五一年に一―四号墳、同五五年に五―六号墳の発掘調査が実施され、同六〇年から四ヵ年で前方後円墳五・方墳一・円墳四四が確認された。
宗像大社(日本大百科全書(ニッポニカ))
記紀神話で、天照大神と素戔嗚尊との誓約の条に出現した3女神。湍津姫は中津宮(福岡県宗像市神湊の沖約7キロメートルの大島)、市杵嶋姫(狭依姫)は辺津宮(宗像市田島)に、田心姫(多紀理毘売、奥津島姫)は沖津宮(大島の沖約48キロメートルの沖島)にそれぞれ鎮座する。
宗像神(日本大百科全書(ニッポニカ))
記紀神話で、天照大神と素戔嗚尊との誓約の条に出現した3女神。湍津姫は中津宮(福岡県宗像市神湊の沖約7キロメートルの大島)、市杵嶋姫(狭依姫)は辺津宮(宗像市田島)に、田心姫(多紀理毘売、奥津島姫)は沖津宮(大島の沖約48キロメートルの沖島)にそれぞれ鎮座する。
潜伏キリシタン(国史大辞典)
江戸幕府がキリスト教禁止令を出した慶長十八年(一六一三)から信仰を表明して復活した慶応元年(一八六五)までの約二百五十年間にわたり禁圧・迫害のため潜伏を余儀なくされたキリスト教信徒。宣教師の国外追放後も日本に残留潜伏した一部パードレ、イルマン
大浦天主堂(国史大辞典)
長崎市南山手町にある日本最初のカトリック教会堂。文久三年(一八六三)長崎に渡来したプティジャンB.T.PetitjeanはフューレL.T.Furetと協力、安政五箇国条約により在日フランス人のための聖堂建築に着手し、慶応元年正月二十四日(一八六五年二月十九日)竣工した。聖堂は中国風に天主堂と
原城(日本大百科全書(ニッポニカ))
戦国期~江戸初期の城。長崎県南島原市南有馬町乙にある。城の創築は1496年(明応5)といわれ、この地の領主有馬貴純が日之江城(北有馬町)の支城として築いた平城である。1614年(慶長19)有馬直純の日向移封後天領となり、16年(元和2)松倉重政が入城したが
縄文時代(国史大辞典)
弥生時代以前の日本列島で土器が出現し使用された時代全体を縄文時代とする広義の見解と、その編年区分のうち最古の細隆線文土器・爪形文土器などが作られ使用された草創期は縄文土器文化以前の土器文化と考え、これを晩期旧石器時代・更新世最終末とする見解とがある。
弥生時代(国史大辞典)
弥生時代は、一般的には、狩猟採集社会である縄文時代に次ぐ時代、つまり水稲農耕が始まり、金属器をもつようになってから、古墳を標識とする古墳時代に入るまでの間とされている。弥生時代は、前期・中期・後期、または第I~V期に区分されている。かつてこの前期・中期・後期という区分に
古墳時代(国史大辞典)
弥生時代につづいた一時代について、その文化の代表的徴証である古墳の名を冠した時代区分の名称。古墳は三世紀終末あるいは四世紀の初頭に発達し、飛鳥時代はもとより奈良時代あるいは平安時代の一部にも存続したが、一応飛鳥時代などすでに確立されている時代区分と区別し
飛鳥時代(日本大百科全書(ニッポニカ))
「飛鳥時代」は元来、日本美術史上の時代区分であるが、これを政治史上の時代区分として用いることも多い。一般には推古朝(593~628)前後から大化改新(645)までとするのが普通であるが、これをさらに天智朝(662~671)ごろまで下げて考える説も美術史家の間には行われており
奈良時代(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良(奈良市)に都のあった710年(和銅3)から784年(延暦3)までの74年間をいう。天皇を中心とする政府がここにあったので、地名をとって時代の名称とした。奈良の都の公式の名称は平城京であるが、奈良(那羅、奈羅、乃楽、寧楽、楢などとも書く)とよばれる地にあったので
日本国際賞(日本大百科全書(ニッポニカ))
科学技術分野で独創的・飛躍的な成果をあげ、科学技術の進歩に大きく寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献した人物に対し、国際科学技術財団が贈る日本の賞。「日本にもノーベル賞のような賞が必要だ」との構想を基に、1985年(昭和60)から授与が始まった。
フィールズ賞(日本大百科全書(ニッポニカ))
数学におけるノーベル賞ともいうべき国際的な賞。その名称は、この賞を設けることを提案したカナダ、トロント大学の数学科教授であったフィールズJohn Charles Fields(1863―1932)にちなむ。フィールズはトロントでの第7回国際数学者会議(1924)の開催に尽力したが、その後
ラスカー賞(日本大百科全書(ニッポニカ))
ラスカー財団の創始者であり慈善家でもあったラスカー夫妻(アルバートAlbert Davis Lasker(1880―1952)とメアリーMary Woodard Lasker(1901―1994))によって1945年に創設された医学賞。基礎医学および臨床医学に貢献した研究者らに与えられるアメリカの権威ある医学賞である。
クラフォード賞(日本大百科全書(ニッポニカ))
天文学と数学、地球科学、生命科学(環境をとくに重視した)、多発性関節炎(関節リウマチ)の4分野において、顕著な功績を残した研究者に贈られる世界的に権威のある科学賞。スウェーデン王立科学アカデミーが、ノーベル賞の対象になっていない専門分野に関し、基礎研究を推進することを目的に
ゴードン・ベル賞(日本大百科全書(ニッポニカ))
高性能計算技術(ハイパフォーマンス・コンピューティングhigh-performance computing、HPCと略す)における卓越した業績を顕彰するための国際的な賞。スーパーコンピュータのノーベル賞ともいわれる。科学や工学、ビッグデータ解析などにおける高性能計算の理論性能(ピーク性能
日本霊異記(改訂新版・世界大百科事典)
仏教説話集。日本の説話文学集の始祖的作品。〈にほんれいいき〉とも呼び,正式書名は《日本国現報善悪霊異記》,通称《日本霊異記》,略して《霊異記》ともいう。奈良薬師寺の僧景戒/撰述。成立は最終年紀の822年(弘仁13)以後まもないころ,ただし787年(延暦6)には原撰本が成るか。
古今和歌集(改訂新版・世界大百科事典)
醍醐天皇の詔により撰ばれた最初の勅撰和歌集。略称は《古今集》。20巻。古今とは〈いにしえ〉〈いま〉の歌の集の意と,後世の人々が,和歌が勅撰された延喜の時代をいにしえの和歌の聖代と仰ぎ見るであろう,の意を兼ねる。流布本では巻首に仮名序,巻尾に真名序を付し,歌数は1111首
竹取物語(日本大百科全書(ニッポニカ))
平安時代の物語。一巻。『源氏物語』には「かぐや姫の物語」(「蓬生」)、「竹取の翁」(「絵合」)とあり、「竹取翁物語」と題した写本もある。成立時期・作者ともに未詳であるが、およそ10世紀前半、貞観(859~877)から延喜(901~923)までの間に、男性知識人によってつくられたと考えられている。
大和物語(改訂新版・世界大百科事典)
平安時代の歌物語。10世紀の中ごろに成立し,その後若干の増補が行われたと考えられる。書名の〈大和〉の根拠は不明であり,また作者についても,多くの推定説が提出されているものの現在のところ明証がない。約173段の小話から成り,《伊勢物語》とともに歌物語の代表とされるが
平中物語(日本大百科全書(ニッポニカ))
平安時代の歌物語。作者不明。『貞文日記』『平中日記』ともいい、『平仲物語』とも書く。成立は『後撰集』と相前後し、950年(天暦4)ごろであろう。内容は平貞文(?―923)を主人公とする歌物語で、39段よりなり、短歌150首、長歌一首、連歌二首を含む。平貞文は右近中将平好風
kabuki【歌舞伎】(Encyclopedia of Japan)
One of the three major classical theaters of Japan, together with the Nō and the bunraku puppet theater. Kabuki began in the early 17th century as a kind of variety show performed by troupes of itinerant entertainers. By the Genroku era (1688−1704)
kimono【着物】(Encyclopedia of Japan)
The word kimono (literally, “clothing”) is usually used in the narrow sense for the traditional Japanese wrap-around garment, worn by both men and women, with rectangular sleeves, and bound with a sash (obi).
tea ceremony 【茶の湯】(Encyclopedia of Japan)
A highly structured method of preparing powdered green tea in the company of guests. The tea ceremony incorporates the preparation and service of food as well as the study and utilization of architecture, gardening, ceramics, calligraphy, history, and religion.
Nō【能】(Encyclopedia of Japan)
The oldest extant professional theater; a form of musical dance-drama originating in the 14th century. Nō preserves what all other important contemporary theater has lost: its origin in ritual, reflecting an essentially Buddhist view of existence.
雑誌(改訂新版・世界大百科事典)
定の間隔をおき長期にわたって刊行を続ける出版物。新聞や印刷通信物などとあわせて定期刊行物periodical,または図書館などにおいては逐次刊行物などと呼ばれることもあるが,新聞などにくらべると1号ごとの内容的なまとまりが強く,発行間隔がより長いことに耐えうるような編集,印刷,造本
科学雑誌(改訂新版・世界大百科事典)
狭義には,科学研究成果の主たる発表メディアであって,ふつう活字印刷された定期刊行物で,学会などの刊行母体をもち,学会員によって投稿を購読されるもの(scientific periodicalまたはscientific journal)。広義には,科学記事を中心とする商業雑誌scientific magazineを含む。
明六雑誌(改訂新版・世界大百科事典)
明六社の機関誌。1873年7月に設立された明六社の月2回の例会における講演内容の公表を目的として,74年3月創刊された。月2回ないし3回刊。半紙半截二つ折りの体裁に片仮名交りの漢文で,哲学,宗教(キリスト教採用論),教育,社会一般(男女同権論や死刑廃止論など)
日本の雑誌 1(国史大辞典)
日本の雑誌 草創期の雑誌 日本最初の新聞・雑誌といわれる『官板バタビヤ新聞』と『ジャパン=パンチ』が現われたのは、ともに文久2年(1862)のことだった。前者は半紙半折1葉を1号分とした小冊子で、江戸幕府の蕃書調所が海外の情報を伝えるために木活字で印刷発行したものだ。
日本の雑誌 2(国史大辞典)
明治10年代のジャーナリズム 成島柳北主宰の雑誌『花月新誌』についで、明治10年には投書雑誌『頴才新誌』や、週刊の滑稽風刺雑誌『於東京絵団々珍聞(おどけえまるまるちんぶん)』が創刊され人気を呼んだ。『頴才新誌』はたちまち50万の読者をもった。
童話(日本大百科全書(ニッポニカ))
説話の諸形式を基礎として自由に創作された、子供をおもな読者とする文学の一形式。ことばそのものは、江戸期の山東京伝が随筆『骨董集』上編(1814)のなかで「むかしばなし」と読ませ、曲亭馬琴も同じく随筆『燕石襍志』(1810)でわらべものがたり」と読ませて使っている。
アンデルセン(日本大百科全書(ニッポニカ))
デンマークの作家。本国ではアンナセンという。フュン島のオーゼンセで貧しい靴屋の子として4月2日に生まれた。父親は好学の人で、幼い息子に『アラビアン・ナイト』や劇作家ホルベアの作品を好んで読み聞かせたり人形芝居を教えたが、ナポレオン崇拝家で軍隊に志願して出征
グリム(兄弟)(日本大百科全書(ニッポニカ))
兄ヤーコプJacob Grimm(1785―1863)、弟ウィルヘルムWilhelm Grimm(1786―1859)ともにドイツの説話学の創始者。『グリム童話集』で有名。この2人の下に3人の弟と妹1人がいる。ヘッセン王国のハーナウで生まれる。1791年、父が地方裁判所の判事に栄転したためシュタイナウという村に移住。
イソップ物語(改訂新版・世界大百科事典)
ギリシアのイソップ(アイソポス)が作ったと伝えられる動物寓話集。動物などの性格や行動に託して,ギリシアの一般大衆に,いかにすれば人は平穏無事に人生をおくることができるかを教える処生訓であった。この寓話形式はすでにヘシオドス(《農と暦(仕事と日々)》202~212行)
金太郎(国史大辞典)
伝説的人物。源頼光の郎等なる勇猛の士として、『今昔物語集』二八、『古今著聞集』九、『酒呑童子』(御伽草子)などに公時の名がみえる。江戸時代初期の金平浄瑠璃では主人公金平の父として語られ、その一つたる寛文四年(一六六四)刊の『漉根悪太郎』では坂田民部金時と称され、足柄山で山姥が奉った子とされる。
adversary(ランダムハウス英和大辞典)
n. (pl. -sar・ies) 1 敵,敵対者,反対者(⇔ally).⇒OPPONENT【類語】 2 (試合・ゲームなどの)対戦者,相手(contestant). 3 ((the A-)) 悪魔,サタン. ━━ adj. (また((特に英)) ad・ver・sar・i・al)
appendix(ランダムハウス英和大辞典)
n. (pl. ap・pen・dix・es,-di・ces) 1 付録,補遺,付表,追加.▼ 通例,巻末につける解説,統計,参考記事などで,これがなくても本文は完結している. cf. SUPPLEMENT n.2. 2 付加物,付属物. 3 〔解剖〕(1)突起.(2)垂,(特に)虫垂.
Buddhism 【仏教】(Encyclopedia of Japan)
Tradition of Chinese origin said to have been known in Japan since the 5th century. Confucianism has religious aspects but is mainly a philosophical, ethical, and political teaching. In Japan it assumed particular importance during the 6th to 9th centuries and from the Edo period (1600−1868)
conclusion(ランダムハウス英和大辞典)
1 ((通例単数)) (物事の)終わり,終結,結び;終末,最後((of ...)) ⇒END1【類語】 foregone conclusion 当然の帰結 an effective conclusion of [or to] the war 戦争の効果的な終結 at the conclusion of the contest 競技の終わりに bring a story to a happy conclusion 話をハッピーエンドに導く.
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