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歴史
長谷寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県桜井市初瀬にある寺。真言宗豊山派総本山。豊山神楽院長谷寺と号する。初瀬寺とも書かれ、豊山寺、長谷観音とも称する。本尊は十一面観音。西国三十三所第8番札所。686年(朱鳥1)弘福寺(川原寺)の道明上人が天武天皇の病気平癒祈願のため、法華説相図銅板(千仏多宝塔を鋳出)
橿原神宮(改訂新版・世界大百科事典)
奈良県橿原市に鎮座。神武天皇と皇后媛蹈鞴五十鈴媛命をまつる。社地は畝傍山の東南にあたり,神武天皇が宮居を営んだ橿原宮の跡という。当地はすでに元禄年間(1688-1704)に神武天皇の神廟を営もうとする動きがあったが,1888年橿原宮跡の考証ののち,民間より神社建設の請願があり
禅林寺(永観堂)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
京都市左京区永観堂町にある。浄土宗西山禅林寺派の総本山。山号は聖衆来迎山。一般に永観堂と呼ばれている。空海の高弟真紹が仁寿三年(八五三)藤原関雄の山荘を買い大日如来などの五像を安置し、貞観五年(八六三)定額寺に預かり、禅林寺の名を賜わった
談山神社(日本歴史地名大系・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
[現]桜井市大字多武峰 多武峯の御破裂山南腹に鎮座。藤原鎌足を祀る旧別格官幣社。鎌足の冠位にちなんで大織冠社・多武峯社ともいい、江戸時代までは多武峯寺と一体のものであった。多武峯寺の中核である妙楽寺と聖霊院の対立を防ぐために、延長四年
西郷隆盛(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一八二七 - 七七 明治維新の指導的政治家。文政十年(一八二七)十二月七日鹿児島城下加治屋町で、父吉兵衛隆盛・母マサの長男として生まれた。諱は隆永。維新後は隆盛と改めた。幼名小吉、のち吉之介・善兵衛・吉兵衛・吉之助と称し、号は止水、のち南洲とした。家格は城下士の下級の
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文化
はく‐ろ【白露】(日本国語大辞典)
解説・用例〔名〕(1)白く見える露。しらつゆ。(2)二十四節気の一つ。太陽の黄経が一六五度の時。秋分前の一五日で、陰暦では八月の上旬、陽暦では九月七日ごろ。《季・秋》(3)靄(もや)、霧のこと。
そう‐こう[サウカウ]【霜降】(日本国語大辞典)
解説・用例〔名〕二十四節気の一つ。天文学的には太陽が黄道上の二一〇度の点を通過する時で、暦の上では、陰暦九月の中気、新暦の一〇月二三、四日頃にあたる。しもふり。《季・秋》*延喜式〔927〕一六・陰陽寮
しょう‐せつ[セウ‥]【小雪】(日本国語大辞典)
解説・用例〔名〕(1)わずかな降雪。(2)二十四節気の一つ。太陽が黄経二四〇度に達する時をいう。陰暦一〇月の中旬で、陽暦では一一月二二日ごろに当たる。十月中気。《季・冬》*延喜式〔927〕一六・陰陽寮
文楽座(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
人形浄瑠璃の劇場。寛政年間(一七八九〜一八〇一)淡路の人、植村文楽軒が大坂道頓堀ではじめた操人形一座にはじまる。初め高津橋南詰西浜側に創始し、のち、大坂地内を転々として、明治五年(一八七二)大阪松島新地に移り文楽座を名のった。同一七年平野町の御霊神社境内に移転
植村文楽軒(改訂新版・世界大百科事典)
人形浄瑠璃文楽の芝居(後の文楽座)の創始者。本名正井(一説に征木)与兵衛。淡路国仮屋(一説に阿波国)出身。竹本座,豊竹座廃絶後の寛政年間(1789-1801)に大坂に出て,道頓堀の東,高津橋南詰西の浜側に人形浄瑠璃の席を開いた。〈文楽軒〉は本人の素人義太夫の芸名
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文学
新古今和歌集(新編 日本古典文学全集)
新古今和歌集序(仮名序)〔一〕和歌は、昔、天地が開け始めて、人の営みがまだ定らなかった時、日本の歌として、稲田姫の住んでいた素鵞の里から伝わっているということである。そうした時以来、和歌の道が盛んに興り、その流れは今日まで絶えることがなくて、恋愛に熱中したり
ま‐がな 【真仮名・真仮字】(日本国語大辞典)
漢字を、そのままの字形で国語の音を示すために用いたもの。万葉がな。片仮名。*俚言集覧〔1797頃〕「真仮字とは今いふ万葉仮字にて、真字にて書たるをいふなり。片仮字、平仮字に対へて真仮字といふなり。此真仮字といふ名目は後に出来たる名目にて、古へは但仮字といひし也」
上代特殊仮名遣い(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
7、8世紀の日本語文献には、後世にない仮名の使い分けがあり、それは発音の違いに基づくというもの。キケコソトノヒヘミメモヨロおよびその濁音ギゲゴゾドビベの万葉仮名は、それぞれ二つのグループ(橋本進吉の命名により甲類、乙類とよんでいる)に分類でき、グループ間で
久米舞(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
宮廷儀式に用いる国風歌舞の一つ。その起源は、早く王権に服属した古代の久米一族の風俗歌舞にあるといわれる。のちにこの久米集団は大伴連のもとで来目部(久米部)を形成し、主として戦闘に携わったが、その勇猛さは『日本書紀』と『古事記』神武天皇の条にみえる一連の来目歌
謡物(国史大辞典・日本大百科全書)
歌謡のうち、語りを主とする語り物に対し、特に旋律の豊かな韻文的なものをさす。歌うという根源的な行為によって成立するものとして和歌以降の詩歌の源泉をなすとともに、時代・環境を問わず存在し、内容上も田舎歌・都会歌、労作歌・遊宴歌、宗教歌・世俗歌、民謡・芸謡と多彩で
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自然
はつ‐お[‥ほ] 【初穂・早穂・最花】(日本国語大辞典)
その年になって初めて実った稲の穂。*江帥集〔1111頃〕「きみがよのよろづのあきのはつほなるよしだのさとのいねをこそつけ」*色葉字類抄〔1177〜81〕「粃 ハツオ 早初 ハツオ 最花 同」*為家集〔1271〜75頃〕秋「風わたる野田のはつほの打なびきそよぐにつけて秋ぞ知る
択捉島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島中、最大の島で国後島の北東、得撫島の南西に位置する。面積は三一三九平方キロ。寛永二十年(一六四三)オランダ船によって発見され、スターテン=ラントと名付けられた。わが国には本島東部の蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接交渉を持ったのは享保十六年(一七三一)
国後島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島最南端の島。松前藩には北海道本島の東端目梨蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接関係を持ったのは享保十六年(一七三一)酋長が松前を訪れ、宝暦四年(一七五四)場所が置かれて以来のことである。寛政元年(一七八九)国後・目梨蝦夷の乱により支配が強化され
佐渡島(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
新潟県に属する日本海にある島。遠流(おんる)の地、金山で古くから知られ、史跡が多く、景勝や郷土芸能に富む。米作が主。佐渡。*浮世草子・男色大鑑〔1687〕五・五「本国佐渡(サド)が嶋(シマ)へ帰り
奄美大島(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
鹿児島県奄美諸島の北端に位置し、同諸島中最大の島。属島に加計呂麻島、与路島、請島などがある。本島の面積712.38平方キロメートル、島の最高点は湯湾岳の694メートル。本島と加計呂麻島はリアス式の海岸線を有し、極度に屈曲に富む。このような地形であるため、北部の笠利半島付近を
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科学・医学
ラクトン(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
環内にエステル基-COO-をもつ複素環式化合物の総称。環の大きさにより、4員環のβ(ベータ)-ラクトン、5員環のγ(ガンマ)-ラクトン、6員環のδ(デルタ)-ラクトン、……に分類される。β-、γ-ラクトン、……は、それぞれβ-、γ-ヒドロキシカルボン酸の環状エステルの構造をもつ
物理学(改訂新版・世界大百科事典)
〈物理〉がphysicsの訳語として定着したのは明治以後であるが,漢語として〈物の道理〉を示す意味で用いられたのは古い。現在の物理学に近い概念を表すことばとしては,幕末〈窮理学〉〈格物学〉〈理科〉〈理学〉などがあり,1863年(文久3)洋書調所が開成所に改組されるに当たっての学科名としては窮理が採用され
ニュートン(改訂新版・世界大百科事典)
イギリスの科学者。リンカンシャーのウールスソープの自作農の家に生まれた。ウールスソープで初等教育を終えたのち,グランサムのキングズ・スクールに学び,1661年にケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学した。当時のヨーロッパの大学では自然科学はほとんど教えられていなかったが
ビスマス(日本大百科全書(ニッポニカ))
周期表第15族に属し、窒素族元素の一つ。古く蒼鉛とよばれた。中世のヨーロッパではすでにその存在が知られていたが、スズ、鉛、アンチモンなどとの区別がつかないでいた。しかし、そのころから区別がつき始め、酸化ビスマスその他が顔料などとして用いられていて、17世紀ごろには一般に英語でbismuth
ニホニウム(日本大百科全書(ニッポニカ))
超アクチノイド人工放射性元素の一つ。原子番号113、元素記号Nh。周期表第13族に属する。新元素として認定されるまでの暫定名称はウンウントリウムununtrium(暫定元素記号Uut)。2003年にアメリカとロシアの115番元素合成の共同研究の際に113番元素の生成を観測したとの最初の報告があったが、理化学研究所(理研)
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社会
幼保一体化(日本大百科全書(ニッポニカ))
幼稚園と保育所という所管の異なる二つの教育・保育施設の一体的運用を図ること。幼保一元化が幼稚園と保育所の制度の統一をさすのに対して、幼保一体化は両者の関係を密接なものとし、その運用を弾力的、一体的に進めることをいう。日本の幼児教育・保育施設は、文部科学省所管の学校
日本のおもな学会・協会(日本大百科全書(ニッポニカ))
学協会とは、学術の各分野の発展を図ることを目的に、研究者を中心として、全国にまたがって組織され、定期的な会合と定期的な刊行物をもつ団体をいう。2017年(平成29)時点で、日本学術会議の協力学術研究団体となっている学協会は2013を数える。この一覧表では、各分野の規模の違いなど
神衣祭(改訂新版・世界大百科事典)
伊勢神宮恒例大祭の一つで,皇大神宮および荒祭宮に和妙(絹),荒妙(麻)の御衣を奉る祭り。神祇令によれば,孟夏(4月),季秋(9月)の2回行われ,〈此れ神服部等,斎戒潔清にして,参河の赤引神調の糸を以て,神衣を織り作り,又麻績連等,麻を績みて敷和衣を織りて,神明に供す
鋤鍬祭(国史大辞典)
年頭にわが田に出て農事のさまをし、また屋内でも豊作を祈願する予祝行事は全国的に知られた習俗である。正月二日または四日の仕事初め、十一日のお田打、十五日のお田植などがこれである。地方によってその名称はさまざまであった。徳島県勝浦郡の農家ではこれを鋤鍬祭といった
高山祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
岐阜県高山市の春秋の祭り。高山市を南北に分け、南は山王社(日枝神社)の氏子、北は桜山八幡(八幡神社)の氏子になっている。日枝神社の祭りは4月14、15日で山王祭といい、八幡神社の祭りは10月9、10日(もとは旧暦9月14、15日)で八幡祭といった。高山祭(山王祭と八幡祭)の特色は
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人物
カストロ(日本大百科全書(ニッポニカ))
革命キューバの最高指導者で、ラテンアメリカが生んだもっとも傑出した革命家、政治家の一人。オリエンテ州北部のビランの近郊で生まれる。父親はスペインのガリシアからの移民で、砂糖と木材で成功した比較的富裕な砂糖農園主。幼少から恵まれた環境で育ち、イエズス会派の学校で初等・中等教育を受けたのち
ゲバラ(改訂新版・世界大百科事典)
ラテン・アメリカが生んだ傑出した革命家の一人で,その理論と実践はラテン・アメリカのみならず世界中に大きな影響を及ぼした。アルゼンチンのロサリオ市で中流家庭に生まれ,1945年,ブエノス・アイレス大学の医学部に入学,53年に学位を得た。子どものときから喘息の発作に苦しめられ,それは死ぬまで続いた。
杉原千畝(日本大百科全書(ニッポニカ))
外交官。1900年(明治33)生まれ、岐阜県出身。1940年(昭和15)にバルト海に面したリトアニアの日本領事館領事代理。当時、ナチスの迫害を逃れようとするユダヤ系ポーランド人がリトアニアに殺到し日本領事館で日本通過の査証(ビザ)を得ようとした。
宮沢賢治(日本大百科全書(ニッポニカ))
詩人、童話作家、農芸化学者。農村指導者、宗教思想家。明治29年8月27日岩手県稗貫(ひえぬき)郡花巻町(現花巻市)に、父政次郎(まさじろう)(質・古着商)、母イチの長男として生まれ、父祖伝来の濃密な仏教信仰のなかで育った。
磯崎新(日本大百科全書(ニッポニカ))
建築家。大分県に生まれる。1954年(昭和29)東京大学工学部建築学科を卒業、同大学院に進み、丹下健三に師事、1961年博士課程修了。カリフォルニア大学、ハーバード大学、エール大学、コロンビア大学などの客員教授を務める。1963年磯崎新アトリエを創設。40年以上の活動において、建築の形式や引用に注目し、多様な表現を展開
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スポーツ
karate 【空手】(Encyclopedia of Japan)
Art of self-defense that uses no weapons and relies instead on three main techniques: arm strikes (uchi), thrusts (tsuki), and kicks (keri). A distinction is made between offensive and defensive techniques, which are modified according to the position of one's opponent.
パラリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
パ国際パラリンピック委員会(IPC)が主催する、障害者(聴覚障害者を除く)とその補助者が参加する、最高峰の国際スポーツ大会。4年に一度オリンピック開催地で開かれる。夏季大会には160以上の国と地域、4000人以上の選手が参加する巨大イベントである。
東京オリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
第18回オリンピック競技大会。1964年(昭和39)10月10日開会式、同24日閉会式の15日間にわたって行われた。政府は10月10日の開会式を記念して国民の祝日、体育の日を定めた。なお、体育の日は1998年(平成10)「国民の祝日に関する法律」の改正により
オリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
近代スポーツは19世紀のなかばごろからイギリスで組織され、施設に力を入れたアメリカの選手育成で発展普及してきたが、この各種類のスポーツを総合的に大成させたのがオリンピックであり、古代ギリシアに起源を有するスポーツの祭典を現代に復活させたものである
サッカー(改訂新版・世界大百科事典)
11人ずつの二つのチームが,手以外を使って,互いにボールを相手ゴールに入れ合うスポーツ。正式名称はアソシエーションフットボールassociation football。英語圏外の多くの国では,フットボールの名で一般的に呼ばれている。アソシエーションフットボールとは,1863年イングランドで
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