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  11. 塙忠宝
国史大辞典
塙忠宝
はなわただとみ
一八〇七 - 六二
江戸時代末期の和学者。通称次郎、名は瑤、温故堂と号す。保己一の四男として文化四年(一八〇七)十二月八日江戸表六番町に生まれる。文政五年(一八二二)九月父のあとを継いで和学講談所御用掛となり、以後、不慮の死を遂げるまでの四十一年間にわたってその経営を統管し、『史料』『武家名目抄』『続群書類従』の編纂に力を注いだ。晩年、老中安藤信正から依嘱を受け、寛永以前の外国人待遇の式例を調べたことが、前田夏蔭とともに廃帝の事例を調査したとの誤伝を招いて尊王浪士の憤怒を買い、文久二年(一八六二)十二月二十一日夜、中坊広伴邸での歌会の帰途、九段坂付近で伊藤俊輔(博文)と山尾庸三の凶刃に倒れ、翌日死去した。享年五十六。墓地ははじめ四谷寺町の安楽寺、のち愛染院(東京都新宿区若葉二丁目)に改葬された。歴史・典故の学に長じ、おもな著編書に『南朝編年稿』四十二巻、『近世武家名目一覧』一巻、『近世花押分類』一巻、『集古文書』二十四巻、『古簡雑纂』十二巻、『現存書目補正考』五巻、『和学講談所書目』二巻、『触目私抄』三巻などがある。また小林(おばやし)歌城に歌を学び、『温故詠草』一巻を遺した。
[参考文献]
斎藤政雄「塙次郎(忠宝)小伝」(『温故叢誌』二七)
(鈴木 淳)

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塙忠宝(国史大辞典)
一八〇七-六二。江戸時代末期の和学者。通称次郎、名は瑤、温故堂と号す。保己一の四男として文化四年(一八〇七)十二月八日江戸表六番町に生まれる。文政五年(一八二二)九月父のあとを継いで和学講談所御用掛となり、以後、不慮の死を遂げるまでの四十一年間にわたってその経営を統管し
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