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国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
菟玖波集
つくばしゅう
南北朝時代の准勅撰の連歌の撰集。連歌師救済(きゅうぜい)の協力のもとに二条良基が編集。二十巻。延文元年(一三五六)の冬から翌年の春の間に完成。延文二年閏七月十一日に勅撰に准ぜられているが、これは佐々木導誉の働きによる。冒頭に漢文序と仮名序を置き、以下、四季(一―六)・神祇・釈教・恋(上・中・下)・雑(一―五)・羈旅・賀・雑体に部類して、巻十九までには付句を中心に収め、巻二十には発句を収めてある。総句数二千百九十句。所収の作品は、『日本書紀』所載の日本武尊と秉燭人(ひともしびと)との問答、『万葉集』八にみえる大伴家持と尼との唱和をはじめ、平安時代や鎌倉時代の歌学書・和歌の撰集・私家集・史書・物語・随筆・説話集その他の典籍から選び出された短連歌その他と、鎌倉時代以後当代に至る百韻・千句・万句その他の長連歌の懐紙あるいは句集から選び抜かれた発句や付句から成る。和歌的な優美を理想とする純正連歌が大部分を占めているが、その句風は時代によって各種各様であり、雑体の部には、俳諧をはじめ、聯句・雑句・片句などをも収めてあるので、連歌の発生から当代に至る連歌の展開を跡づけることができる。作者名の明らかな者は約四百五十名で、鎌倉時代以後の作者が大部分を占めている。二十句以上の入集作家は、救済(百二十七句)、二品法親王尊胤(九十句)、良基(八十七句)、導誉(八十一句)、足利尊氏(六十八句)、藤原為家(三十六句)、善阿(三十二句)、性遵(しょうじゅん)(二十八句)、藤原定家(二十六句)、藤原為氏・寂意・永運(二十五句)、素阿(二十四句)、藤原家隆(二十三句)、後嵯峨院・周阿(二十二句)、足利義詮(二十一句)、信昭・良阿(二十句)らで、上位の五名はいずれも現存者である。当代の主要な入集者は、そのほとんどが連歌師善阿の門流であり、その中でも善阿門下の救済の教えを受けた者が主流を占めている。導誉や尊氏父子などの当代の有力な武家が上位を占めているのに対して、当代の公家で二十句以上入集しているのは良基だけである。しかし、鎌倉時代の作家では、為家・定家・為氏・家隆・後嵯峨院など高位の公家の句が多く入集しており、上代以来の各時代の句を網羅していることと相まって、連歌が伝統のある由緒の正しい文学であることを示す働きをしている。連歌の社会的地位を確立させた撰集で、和歌における『古今和歌集』にも比すべき撰集であるが、南北朝時代後期以後の句風の変遷によるものか、程なく一般には忘れ去られたとみえて、心敬の『ささめごと』には、「中つ比(ころ)より名をだに知らぬものになり侍るとかや」と記している。現存写本のほとんどは江戸時代の書写で三類に分けることができ、そのうちの第一類本は、奏覧を経た完成本に近いものであることが明らかにされている。『日本古典全書』、金子金治郎『菟玖波集の研究』などに収めるほか、福井久蔵著『校本つくば集新釈』上・下がある。
[参考文献]
木藤才蔵『連歌史論考』上
(木藤 才蔵)


日本大百科全書
菟玖波集
つくばしゅう

南北朝時代の准勅撰連歌(ちょくせんれんが)集。20巻。二条良基(よしもと)が救済(きゅうせい)の協力を得て編集。文和(ぶんな)5年(1356)3月付けの序文を有するが、完成したのはその年の冬から翌年の春にかけての間のことである。所収の作品は、『日本書紀』所載の日本武尊(やまとたけるのみこと)と秉燭者(ひともせるもの)との唱和をはじめ、奈良朝、平安朝、鎌倉の各時代を経て当代に及び、種類は、付句(つけく)と発句(ほっく)のほか、少数の雑句をあわせて、総句数2190句である。作品の採り方は、平安朝および鎌倉期の短連歌はそのままの形でとり、鎖(くさり)連歌、百韻、千句、一万句などの長連歌は、そのうちの優れた部分を二句、付句として採用し、まま三句、四句続きで収めてある。作者は名の明らかな者が約450名で、30句以上の入集(にっしゅう)者は、救済、尊胤(そんいん)、良基、道誉(どうよ)、尊氏(たかうじ)、為家、善阿(ぜんな)らである。文芸性の支えをなしている当代の作品は、幽玄美を指向しながら、俳諧(はいかい)的な作品をも含み、全体的に生き生きとして躍動的な一面を有する。連歌の時代の到来を示す記念碑的な作品集である。
[木藤才蔵]



改訂新版・世界大百科事典
菟玖波集
つくばしゅう

連歌撰集。1357年(正平12・延文2)成立。20巻。書名は連歌を〈筑波の道〉というによる。《筑波集》《古筑波》とも。二条良基が救済(ぐさい)の協力で古代から当代までの連歌作品を集大成したもので,構成は勅撰和歌集にならう。准勅撰となり,連歌の文学的地位を確立。収録数2100余句。作者は広い層から500名以上に及ぶが,武家層,地下(じげ)連歌師の活躍がみられる。代表的な作者はほかに導誉,尊胤など。作風は一般に巧緻にして古雅。〈ただ一めぐり秋ぞしぐるる 草にさく花見車の野に出でて〉(救済)。
[光田 和伸]

[索引語]
筑波集 古筑波 二条良基 救済
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1. つくばしふ【菟玖波集】
全文全訳古語辞典
[書名]南北朝時代の連歌集。二十巻。一三五六年(正平十一)成立。二条良基が救済の協力を得て選び、勅撰に準じられた。古代から当代に至る五百三十人の作、約二千二百句 ...
2. 『菟玖波集』
日本史年表
3・25 二条良基 『菟玖波集』 を撰する(冬から翌年の間に完成)(同書序文)。 1357年〈【北朝】延文2・【南朝】正平12 丁酉⑦〉 閏7・11 北朝, 『 ...
3. 菟玖波集
日本大百科全書
南北朝時代の准勅撰連歌(ちょくせんれんが)集。20巻。二条良基(よしもと)が救済(きゅうせい)の協力を得て編集。文和(ぶんな)5年(1356)3月付けの序文を有 ...
4. 菟玖波集
世界大百科事典
連歌撰集。1357年(正平12・延文2)成立。20巻。書名は連歌を〈筑波の道〉というによる。《筑波集》《古筑波》とも。二条良基が救済(ぐさい)の協力で古代から当 ...
5. つくばしゅう[つくばシフ]【菟玖波集】
日本国語大辞典
最初の連歌撰集。書名は、連歌の起源とされる記紀の「新治(にいはり)筑波を過ぎて…」の問答歌に因(ちな)む。二〇巻。二条良基、救済(ぐさい)共撰。文和五年(一三五 ...
6. つくばしゅう【菟玖波集】
国史大辞典
そのうちの第一類本は、奏覧を経た完成本に近いものであることが明らかにされている。『日本古典全書』、金子金治郎『菟玖波集の研究』などに収めるほか、福井久蔵著『校本 ...
7. しんせんつくばしふ【新撰菟玖波集】
全文全訳古語辞典
[書名]室町中期の連歌集。二十巻。関白一条冬良・の命によって飯尾宗祇らが撰する。一四九五年(明応四)成立し、勅撰に準じられる。付句・発句約二千句を集める。  ...
8. 『新撰菟玖波集』
日本史年表
1495年〈明応4 乙卯〉 9・26 宗祇ら編の 『新撰菟玖波集』 を奏覧(御湯殿上日記)。  ...
9. 新撰菟玖波集
日本大百科全書
三条西実隆(さねたか)、宗祇(そうぎ)、兼載らの共同編集。勅撰和歌集の部立(ぶだて)を踏襲しているのは先行の『菟玖波集』(1356成立)と同様だが、俳諧(はいか ...
10. 新撰菟玖波集
世界大百科事典
室町時代の連歌集。一条冬良(ふゆら),宗祇ほか編。1495年(明応4)成立。20巻。《菟玖波集》(1357成立)以後の連歌の発句および付句を対象に編まれた撰集で ...
11. しんせんつくばしゅう[シンセンつくばシフ]【新撰菟玖波集】
日本国語大辞典
成立。「菟玖波集」を継承し、永享年間(一四二九〜四一)以降の約六〇年間の作、約二〇〇〇句を撰集。代表作家は、心敬、宗砌(そうぜい)、専順、後土御門天皇、大内政弘 ...
12. しんせんつくばしゅう【新〓菟玖波集】
国史大辞典
古活字版・寛保三年(一七四三)版本がある。翻刻に『新撰菟玖波集実隆本』(『貴重古典籍叢刊』四)がある。 [参考文献]金子金治郎『新撰菟玖波集の研究』、伊地知鐵男 ...
13. しんつくばしゅう[シンつくばシフ]【新菟玖波集】
日本国語大辞典
「しんせんつくばしゅう(新撰菟玖波集)」に同じ。シンツクバシュー〓[バ] ...
14. あき の 心(こころ)
日本国語大辞典
秋下・三五一「ことごとに悲しかりけりむべしこそ秋の心を愁(うれへ)といひけれ〈藤原季通〉」*菟玖波集〔1356〕秋・下「馴れてだに秋の心はうきものをやまは里にも ...
15. あき の 半(なか)ば
日本国語大辞典
」*山家集〔12C後〕上「数へねど今宵(こよひ)の月のけしきにて秋のなかばを空にしるかな」*菟玖波集〔1356〕発句「月の色に秋の半ばぞ知られける〈藤原為氏〉」 ...
16. あき の 初風(はつかぜ)
日本国語大辞典
秋上・一七一「わがせこが衣のすそを吹き返しうらめづらしき秋のはつかぜ〈よみ人しらず〉」*新撰菟玖波集〔1495〕雑・一「まだこぬ暮の秋の初かぜ 下葉ちる柳や鴈を ...
17. あき の 花(はな)
日本国語大辞典
山家集〔12C後〕下「あきの花如何におもしろかるらんと床しうと申遣はしたりける返事に」*新撰菟玖波集〔1495〕発句・下「四方(よも)にちるひかりや月の秋の花〈 ...
18. あき の 水(みず)
日本国語大辞典
うち踰(こえ)つつ、末吉に攻かかれば」(2)秋の、清らかに澄みきった水。秋水(しゅうすい)。《季・秋》*菟玖波集〔1356〕発句「呉竹の千代ぞすむべき秋の水〈後 ...
19. 秋山記行・夜職草 126ページ
東洋文庫
七宗祇法師飯尾宗祖。室町末期の連歌師。和歌を東常縁に、連歌を心敬に学び、全国を回遊して連歌をひろめた。『新撰菟玖波集』等の著述がある。八嶋田彦八湯本に子孫の島田 ...
20. あさ‐かわ[‥かは]【朝川】
日本国語大辞典
*十六夜日記〔1279〜82頃〕「二十七日、明けはなれて後、富士河渡る。朝川いと寒し」*新撰菟玖波集〔1495〕恋・上「くだく心はたださざれいし あさ河のをとさ ...
21. あさ‐け【朝明】
日本国語大辞典
御歌・一〇七二「水茎の岡の屋形に妹とあれと寝てのあさけの霜のふりはも〈よみ人しらず〉」*新撰菟玖波集〔1495〕恋・上「文にはからんことのはもなし ひとりづつね ...
22. あさ‐げ【朝食・朝餉】
日本国語大辞典
事「朝気(アサケ)の煙絶えて、柴の庵のしばしばも事問通(こととひか)はす人もなければ」*新撰菟玖波集〔1495〕羇旅・上「たびにしあればなぐさみもあり 朝けもる ...
23. あさ‐じ[‥ぢ]【浅茅】
日本国語大辞典
ことになる〈よみ人しらず〉」*源氏物語〔1001〜14頃〕蓬生「あさぢは庭のおもも見えず」*菟玖波集〔1356〕秋・上「浅茅といふは花咲かぬ草 故郷は憂き事ばか ...
24. あざけ・る【嘲】
日本国語大辞典
*後拾遺和歌集〔1086〕序「近くさぶらひ遠く聞く人、月にあざけり、風にあざける事たえず」*菟玖波集〔1356〕序「月にうそぶき風にあざける輩、その名聞えたるた ...
25. あし【葦・蘆・葭】画像
日本国語大辞典
れ葦」「乱れ葦」などの歌語が生まれた。(4)「草の名も所によりてかはるなり 難波の葦は伊勢の浜荻〈救済〉」〔菟玖波集‐雑三〕と詠まれ、物の呼び名や習俗が土地によ ...
26. あし‐づつ【葦筒】
日本国語大辞典
よくうすきものなり」*為家千首〔1223〕冬「霜枯のみぎはに立てるあしづつの一重ばかりに降れる初雪」*新撰菟玖波集〔1495〕発句・下「あしつつのうす雪氷汀かな ...
27. 排蘆小船(近世随想集) 378ページ
日本古典文学全集
嘉慶二年没、六九歳。はじめ後醍醐天皇に仕えたが、南北朝期には北朝の天皇に歴仕した。准勅撰の連歌撰集『菟玖波集』を編集、連歌新式を制定するか ...
28. あすか‐い[‥ゐ]【飛鳥井】
日本国語大辞典
)の井戸。*都路のわかれ〔1275〕「これはあすか井のちかきわたりにて、朝夕きつつあそぶ」*菟玖波集〔1356〕羇旅「契ありてやたちどまるらむ それとみてうち過 ...
29. 東路のつと(中世日記紀行集) 489ページ
日本古典文学全集
伝領していた。新田(岩松)尚純。「礼部」(治部省の唐名)は職名「治部大輔」による家号。『新撰菟玖波集』に九句入集。岩松(→注二〇)に隠栖し、静喜庵梅核と号した。 ...
30. 東路のつと(中世日記紀行集) 491ページ
日本古典文学全集
一八。『廻国雑記』参照。猪苗代兼載(一四五二~一五一〇)。会津(福島県)出身の連歌師。『新撰菟玖波集』に五十六句入集。坂東(関東地方)で使用の里程。六町で一里。 ...
31. 東路のつと(中世日記紀行集) 498ページ
日本古典文学全集
〇。伝未詳。連歌師・古典学者(一四二一~一五〇二)。宗長の師。自然斎・種玉庵と号した。『新撰菟玖波集』編者。坂東道(→四九一ページ注二三)の四十里だろう。約二六 ...
32. あだ‐なみ【徒波・徒浪】
日本国語大辞典
*古今和歌集〔905〜914〕恋四・七二二「そこひなき淵やはさわぐ山河のあさき瀬にこそあだ浪はたて〈素性〉」*菟玖波集〔1356〕恋・中「今さら深きわすれ草かな ...
33. あと を 付(つ)ける
日本国語大辞典
〔1205〕冬・六七九「庭の雪にわが跡付けて出でつるをとはれにけりと人や見るらん〈慈円〉」*菟玖波集〔1356〕雑四「誰かさて岩間に跡をつけつらん 我が身ぞおそ ...
34. あまつ 星(ほし)
日本国語大辞典
〕「天津星(アマツホシ)つねよりことに見えつるは空に飛び交ふ蛍なりけり〈藤原尚忠か〉」*新撰菟玖波集〔1495〕発句・下「あふ夜半やことし二の天津星〈宗祇〉」 ...
35. あまひこ【天彦】[方言]
日本方言大辞典
子朝奇ほか)1711貫之集六「逢ふことのあまびこにしてよそならば人目も我はよきずぞあらまし」菟玖波集発句「あま彦か谷と峰との郭公」(2)防寒用の頭巾ずきん。外套 ...
36. あま‐びこ【天彦】
日本国語大辞典
ずぞあらまし」*林葉和歌集〔1178〕夏「あま彦はこたへつたへよ足曳の山郭公ほかに鳴なり」*菟玖波集〔1356〕発句「あま彦か谷と峰との郭公〈救済〉」*日葡辞書 ...
37. あやめ‐ぐさ【菖蒲草】
日本国語大辞典
和名阿也女久佐」*栄花物語〔1028〜92頃〕岩蔭「いひやらぬまのあやめくさ長きためしにひきなして」*新撰菟玖波集〔1495〕夏「むつまじきまでなれる袖の香 い ...
38. あられ‐ばしり【踏歌】
日本国語大辞典
祝言〓而舞也」*新撰菟玖波集〔1495〕雑・一「そのかずかずのしるきうた人 百敷のあられはしりは明そめて〈宗伊〉」*至宝 ...
39. ありし 世(よ)
日本国語大辞典
51〕雑下・一二〇四「照る月の雲井の影はそれながらありし世をのみ恋ひわたるかな〈源国信〉」*菟玖波集〔1356〕恋上「夢の枕にかすむ月影 ありしよの契いかにとた ...
40. あん【庵・菴】
日本国語大辞典
そのかみ三峰菴に住せしとき〈略〉大師あるとき洞山に参じて、大道を決択(けっちゃく)してさらに菴にかへる」*菟玖波集〔1356〕雑一「よろづのうきは一夜なりけり  ...
41. あんようじ【安養寺】京都市:東山区/粟田口村/南畑地図
日本歴史地名大系
は連歌師宗長が、細川氏の被官で摂津芥川城(現大阪府高槻市)の城主であった因幡守源頼則(「新撰菟玖波集」に歌が収められる。宗長の後援者)三回忌追善の東山千句(安養 ...
42. い‐おん[ヰ‥]【遺音】
日本国語大辞典
〔名〕(1)この世に残した故人のことば。*菟玖波集〔1356〕上・序「美誉後世に垂るといへども佳句遺音を伝へず」*文明本節用集〔室町中〕「遺音 イオン」*再昌草 ...
43. いか・い【厳・大】
日本国語大辞典
うつつにも似ず、たけくいかきひたぶる心出で来て、うちかなぐるなど見え給ふこと、たび重なりにけり」*菟玖波集〔1356〕雑体「うちうなだるる鶏頭花かな せうかうの ...
44. いさめ【諫】
日本国語大辞典
祇園精舎「楽しみをきはめ、諫(いさ)めをも思ひ入れず、天下の乱れむことをさとらずして」*新撰菟玖波集〔1495〕雑・四「つらかりし人も恋しく袖ぬれて いさめの杖 ...
45. いし‐かわ[‥かは]【石川】
日本国語大辞典
是は石川の荒川仕立る水刎也、小石にて保たず」(3)「あまのがわ(天川)(1)」の異名。*新撰菟玖波集〔1495〕発句下「石河や踏むあと遠き逢瀬哉〈宗伊〉」【二】 ...
46. いせ の 浜荻(はまおぎ)
日本国語大辞典
ぎと名づくれど、難波わたりにはあしとのみいひ、あづまの方にはよしといふなるがごとくに」などによる。(3)「菟玖波集‐雑・三」の「草の名も所によりてかはるなり 難 ...
47. いたみし【伊丹氏】
国史大辞典
こののち畠山国清についた左衛門四郎宗義、『太平記』の大和守があり、伊丹城に拠ったことが知られている。また『新撰菟玖波集』に句をのせた伊丹兵庫元親・之親の二人は、 ...
48. いちじょうふゆよし【一条冬良】画像
国史大辞典
兼良の教学のよき相承者といえる。また、宗祇が周防大内政弘に献資を勧めて着手された准勅撰集『新撰菟玖波集』の撰進には、関白としてこれの推進にあたった。→一条兼良( ...
49. いちじょう-ふゆよし【一条冬良】
日本人名大辞典
6年関白に再任。従一位。父の学問を継承し,桃華坊文庫の復興をはかる。宗祇(そうぎ)らと連歌集「新撰菟玖波集(しんせんつくばしゅう)」を撰進。永正(えいしょう)1 ...
50. いちじょう‐ふゆら【一条冬良】
日本国語大辞典
関白太政大臣。諡号後妙華寺。兼良の訓育をうけて一条家の学業を継承した。明応四年(一四九五)の「新撰菟玖波集」に太政大臣として序を作った。家集「流霞集」。寛正五〜 ...
「菟玖波集」の情報だけではなく、「菟玖波集」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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