第11回 "徳川コレクション"と庄内弁 |
"徳川コレクション"といっても、徳川将軍家のコレクションのことではない。『日国』第2版の編集委員であった故徳川宗賢先生が収集なさった、方言グッズのコレクションのことである。方言グッズは方言土産とも呼ばれ、各地の土産物店で売っている、方言が書かれた手ぬぐいやのれん、絵はがき、湯飲みなどのことである。
徳川先生はそのような資料を実に670点も収集なさっていた。現在、それはすべて山形県三川町に保管されている。なぜ三川町にあるのかというと、三川町は1987年から毎年方言の魅力や文化を紹介した「全国方言大会」(2003年の第17回大会で終了)を開催していて、「方言の里」を宣言していたからである。その方言の縁で、1999年に先生が急逝なさった後、ご家族が三川町の役場に寄贈されたのである。
私事にわたるが、2003年秋に刊行した標準語引きの方言辞典で、そのコレクションの中から各地の方言のれんを紹介したいと思い、その年の夏に初めて庄内平野にある三川町を訪れた。以来、毎年必ず庄内に行くようになった。ただし、目的は変わってしまって、今では庄内のおいしい食べ物とお酒が目当てではあるが。
行くと必ず立ち寄る居酒屋が、三川町の隣の鶴岡市にある。そこの店では、料理の味ばかりでなく若女将の庄内弁も楽しみのひとつなのである。
若女将の庄内弁で特徴的なのは末尾につく「の」(筆者の耳には「のん」と聞こえる)であろう。「のん」「のん」という柔らかな響きについ聞き惚れてしまう。この「の」は『日国』によると「文節末や文末にあって、語調を整えたり、詠嘆の気持を表わしたり、念を押したりする。ね。な。」(間投助詞「の」)だという。方言欄には確かに、「山形県庄内」の地名が見える。青森県上北郡は「女性」と限定されているが、確かに庄内でも男性が使うのをあまり聞いたことがない。
男性が末尾でよく使うのは、「さけ・はけ」(「さげ・はげ」と聞こえる)である。原因や理由を示す、「……から」「……ので」の意味で、『日国』には、現在も関西方言として用いられている「さかい」から転じたものだと説明されている。方言形「はけ」「さけ」は「さかい」という見出し語のところにまとめられているのだが、その異形の分布地域がおもしろい。圧倒的に関西地方に多いのだが、福井・富山・新潟・山形と日本海沿岸地域に沿って分布域が見られるのだ。北前船の影響と思われるが、想像が膨らむ。
なお、先の方言辞典で紹介した"徳川先生コレクション"ののれんは、一部ではあるが三川町のホームページで見ることができる。ただし、実を言うと佐賀と広島(広島は湯飲み)は先生が収集なさった物ではなく、筆者が入手した物なのである。その旨、ホームページを作成した三川町役場の企画課にも伝えたのだが、おおらかな土地柄なので、そのまま残されてしまった。
もっとも、徳川先生にそれを申し上げても、扇子を打ち振りながら、「苦しゅうない、良きにはからえ!」とおっしゃるのだろうが……。