第19回 昔の日本人もこっそり獣肉を食べていた |
鍋料理のおいしい季節である。
魚介の鍋もおいしいが、牛肉、豚肉などの肉類の鍋も捨てがたい。それにおいしい日本酒や焼酎があれば言うことはない。
そこで今回は仲間内で鍋料理をつつき合うときの蘊蓄のネタとして、『日国』に項目があるいろいろな肉の異称をご紹介したい。
日本では、仏教伝来以後、天武(てんむ)天皇の殺生(せっしょう)禁断の命令などにより、獣類の肉を食べることはタブーとされてきた。しかしまったく食べなかったかというとそんなことはない。イノシシ、シカ、クマなどは薬食(くすりぐい)と称して食べられていたのである。
ただ、そうはいってもストレートな表現は避けられていた。「ももんじ」「山鯨(やまくじら)」などという呼び名を使っていたのである。
「ももんじ」は「ももんじい」「ももんがあ」ともいうのだが、語源は不明である。「百獣(ももじゅう)」が訛ったという説もあるようだがよくわからない。毛深い化け物のこともいい、お化けのまねをしてそのように言いながら子どもをおどすこともあった。実際に両手を大きく振りかぶりながらそう言ってみるとおどかすことばにちょうどいい。
このような肉を売る店を「ももんじ屋」と言ったのだが、現在でも東京にその名の店が残っている。
「山鯨」はイノシシの肉をいうことも多いが、広く獣肉の異称でもある。日本では古くからクジラを食用としてきたのでそのように言い換えたのであろう。
イノシシやシカの肉はけっこう人気があったようで、イノシシは「牡丹(ぼたん)」、シカは「紅葉(もみじ)」などの異名がある。
「牡丹」は、「唐獅子(からじし)牡丹」として知られる「獅子に牡丹」の図柄の「獅子」を「猪(いのしし)」とした言い方である。「牡丹鍋」と言えばイノシシ鍋のことである。
「紅葉」は、花札などにもあるようにシカには紅葉が取り合わせであるところから言うようになったもの。『日国』の「紅葉」の項目を見ると、江戸時代の狂歌師大田南畝の狂歌が引用されている。
「秋はてばやがて紅葉の吸物となるともしかとしらで鳴らむ」
「秋はてば」は「秋が終わると」の意味。「紅葉の吸物」はシカ肉の吸物。「しかと」は「確と」で「はっきりと」の意味だが「鹿」を掛けている。「しらで」は「知らないで」。何にも知らないシカが哀れである。
ウマの肉を食べるのは一般的ではないが、長野県や熊本県などでは古くからその習慣があり、ウマが脚でよく蹴るところから、「けとばし」「けっとばし」などと呼ばれる。 また、色が桜色であるところから「桜」ともいう。「桜鍋」は馬肉を使った鍋料理である。
以上、イノシシ、シカ、ウマと見てきたが、牛肉、豚肉の異称が無いことにお気づきであろうか。『日国』をつぶさに見てもそれらの異称は見つからないのである。日本人が牛肉、豚肉を食するようになったのは比較的最近のことだからかもしれない。
ところで、肉の異称にはとんでもないものもある。「おしゃます」というのだがなんの肉だかおわかりであろうか。実は猫の肉なのである。
「猫じゃ猫じゃとおしゃますが、〈略〉猫が絞りの浴衣で来るものか」という俗謡があり、そこから生まれたことばである。「おしゃます」は「おっしゃいます」の意。「おしゃます鍋」などというものもあったらしい。
猫好きには許せない。