あることばを手がかりに『日国』という広大なことばの海にこぎ出すと、興味深いことが次々と発見できます。そんなネットサーフィンならぬ『日国』サーフィンの楽しみをご紹介していきます。
 

第20回 辞典の見出しになる人って?

 

 今回は人名クイズから。

 以下に挙げた人名はすべて『日国』の見出し語となっている人名です。それぞれどのような人物であったか答えなさい。


石部金吉

伊勢屋与惣治

北見伊右衛門

夢中作左衛門


と聞かれてすべて答えられた方はすごい! 実は、これらはすべて擬人名、すなわち架空の人名なのである。

 たとえば『日国』の全文を「擬人名」で検索すると、このようなありもしない人名が多数検索できる。

 冒頭のクイズの答えだが、


石部金吉「いしべきんきち」

 石と金と二つの堅いものを並べた擬人名。道徳的に堅固で、金銭や女色に心を迷わされない人。また、物堅くきまじめ過ぎて、融通のきかない人。男女間の情愛などを解しない人。

伊勢屋与惣治「いせやよそうじ」と読む。

 「伊勢屋」はけちな人の意。遊興などにさそわれても「よそう」と言って逃げるところから、けちな男をいう。

北見伊右衛門「きたみいえむ」

 「来た身癒えむ」の擬人名。「きた身」は病気になった身体の意。病気治療のまじないとして紙片に書いた文句。また、その紙札。

夢中作左衛門「むちゅうさくざえもん」

 名物事に夢中であること、酩酊(めいてい)して我を忘れることを人名のように表わした語。元禄(1688~1704)頃から江戸で流行したことば。


オオカミ
イラスト/アオイマチコ

 他にも楽しい人物(?)が大勢いて実ににぎやかである。これらの大半は江戸時代に作られた語である。中には「ざいごうべえ(在郷兵衛)」「三太夫」「べくない(可内)」など落語の登場人物もあり、それぞれちゃんとした(?)意味のあることがわかる。


在郷兵衛:「在郷」は田舎のことで、田舎者をあざけっていう語。

三太夫:華族や金持の家などで、家事や会計の仕事などをまかされていた男の通称。

可内:「可(べく)」の字は、手紙文などで「可行候(ゆくべくそうろう)」のように必ず上におかれるが、それを打消の「ない」で否定して、下に付くという意とし、擬人名化して「内」を当てたもの。江戸時代、武家の下男の通称。


 「甘太郎」「馬之助」などというものもある。

 「甘太郎」はその名を付けた居酒屋チェーンがあるし、「馬之助」は「馬の助」という落語家の名前にもなっている。『日国』によれば、「甘太郎」は坊っちゃん育ちの甘い男、また、女に甘く鼻の下の長い男のこと、「馬之助」は、「馬のように立派な……の持ち主」をいうらしい。もちろんいずれもそのことを知ったうえでの命名なのであろうが、分かる人には分かるという遊び心があって面白い。

神永 曉(かみなが さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館国語辞典編集部編集長。入社以来、ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。趣味は神社仏閣巡りとあわせた居酒屋探訪と落語鑑賞。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。

日国サーフィン~『日本国語大辞典』編集者による日本語案内~
2011/02/15