第21回 隠語サーフィンする |
隠語とは『日国』では、
仲間同士以外の人には意味を知らせない目的で、あるいはお互いが仲間同士であることを認めあう目的で使用する、特定の社会、範囲の中でだけ通用することば。
と定義している。
たとえば、強盗を「たたき」、刑事を「でか」と言うようなたぐいの語である。『日国』では、このようなことばを多数立項しているのである。そこで、今回は『日国』の隠語の世界をサーフィンしてみようと思う。
『日国』で立項した隠語のよりどころとした「隠語辞典」は、主に下記のようなものである。
『日本隠語集(にほんいんごしゅう)』
1892年 後藤待賓館刊
『隠語輯覧(いんごしゅうらん)』
1915年 京都府警察部刊
『特殊語百科辞典(とくしゅごひゃっかじてん)』
1931年 司法警務学会刊
『隠語構成様式并其語集(いんごこうせいようしきならびにそのごしゅう)』
1935年 警察協会大阪支部刊
『隠語全集(いんごぜんしゅう)』
1952年 刑務協会刊
『警察隠語類集(けいさついんごるいしゅう)』
1956年 警視庁刑事部刊
お気づきのように、これらの「隠語辞典」はほとんどが警察か関連の組織が刊行したものである。そして、その内容は犯罪者やてきやの隠語を集めたものが大半を占めている。以前『日本方言大辞典』を刊行したとき、あまり縁のなさそうな警察署でもよく売れたという話を聞いたことがある。警察では犯人逮捕の手掛かりをことばからも得ようとしているのかもしれない。
確かに犯罪者の隠語は実に数が多いのだが、さらにそういった人たちはかなり古くから隠語を用いていたようである。『日国』の「隠語」項で引用した、室町時代の五山僧瑞渓周鳳(ずいけいしゅうほう)の日記「臥雲日件録(がうんにっけんろく)」にも「盗賊」の隠語というのが出てくる。
臥雲日件録‐享徳3年(1454)3月15日「盗賊中有隠語、曰止湯、曰合沐、曰銭湯、銭湯者不論貴賤、各領所盗、曰合沐者、諸賊等分其財、曰止湯者、不論多少、所盗帰賊中首也」
ここで隠語とされる「止湯」「合沐」「銭湯」は、徒党を組んで盗みに入った折の、獲物の分配方法を意味することばである。
ただ隠語は確かに面白いのだが、なぜそのように言うのかよくわからないものも多く、勝手に想像するしかないのが難点である。
最後に『日国』に立項されている、てきや、盗人仲間の隠語をいくつか紹介してみよう。
がさ:「さがす(探)」の語幹「さが」の倒語。「がさをいれる」「がさがはいる」などの形で用いられることが多い。家宅捜索、潜伏中の犯人の捜索、臨検、非常警戒などをいう、てきや・盗人仲間の隠語。
がせ:「がせねた」「がせしゃり」などと熟して用いられることが多い。にせもの、まやかしもの、でたらめをいう、てきや・盗人仲間の隠語。「がせ」がなぜにせものの意になるのかはわからない。
ごろまく:けんかすること、争論すること、あばれることをいう、てきや・盗人仲間の隠語。 「ごろ」がどういう意味なのか、「ごろつき」と関係があるのかはわからない。
中にはちょっとうれしくなるような隠語もある。
首っ引き:辞書・字引をいう、てきや仲間の隠語。
「辞書と首っ引き」という言い方からきたのだろうが、職業柄ちょっと使ってみたくなることばだ。
以上は「首っ引き」は別にして、広く一般にも知られた隠語だが、逆に現在でも、てきや、盗人仲間で使われているのかどうか知りたくなる。ただ、残念ながら盗人にそれを尋ねるのはちょっと難しそうだ。