第23回 文豪たちが使った「当て字」に注目してみる! |
「当て字」というのは『日国』によれば、「漢字本来の意味に関係なく、その音、訓だけを借りて、ある語の表記に当てる漢字の用法。」のこと。たとえば「浅増(あさまし)」「目出度(めでたし)」「矢張(やはり)」「野暮(やぼ)」などがそれである。
他にも、たとえば夏目漱石などは「うるさい」を「蒼蠅い」「五月蠅い」などと書いていたことをご存じの方もいらっしゃるであろう。
余談になるがこの「うるさい」の文語形は「うるさし」だが、中世では「右流左死」と書かれることが多かった。まるでインターネット上の書き込みで使われる表記のようではないか。この当て字について、平安後期の『江談抄』という説話集には次のような話が収められている。
「すぐれた人を右流左死というのは、菅原道真が右大臣になったときに藤原時平は左大臣になり、ともに人望があった。その後、道真は太宰府に流され、時平は(39歳で)死んでしまった。そのため、時の人は人望ある人を右流左死と名付けたのである」(原文は漢文)
“右”大臣が“流”され、“左”大臣が“死”んだので「右流左死」というわけだ。いささかあやしい説だが、「うるさし」は元来はいやになるほどすぐれている、また傑出している人物を意味していたことは事実である。それがやがて敬遠したくなるような存在というとらえ方をされるようになる。そしてさらに、音や煙など煩わしいと感じられるものまで意味するようになったわけである。
漱石などが好んで(?)使った、「五月蠅」「蒼蠅」は古くは「さばえ」と読み、陰暦五月頃にむらがりさわぐ蠅のことであった。そこから単に騒ぐこと、つまりうるさいという意味を表すようになったのである。
余談が長くなってしまった・・・実際に『日国』で「当て字サーフィン」をしてみようと思う。
やり方は、『日国』を「詳細検索」の画面にして、
検索語:「当て字」/範囲:全文
または〈OR〉 検索語:「あて字」 /範囲:全文
とし、さらに、たとえば夏目漱石が使っていた当て字を調べたいなら、
かつ〈AND〉検索語:夏目漱石 /範囲:用例(出典情報)
を選択する。すると、漱石が用いていた当て字のすべてではないが、35件見つかる。
たとえばこんなやつだ。
無鉄砲(むてっぽう):坊っちゃん〔1906〕一「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る」
愚図(ぐず)つく:行人〔1912~13〕友達・二七「自分は単にそれ等ばかりで大阪に愚図(グヅ)ついて居るのではなかった」
倶楽部(くらぶ):彼岸過迄〔1912〕松本の話・一〇「友人は僕を休ませる為に社の倶楽部(クラブ)とかいふ二階建の建物の中へ案内しました」
胡魔化(ごまか)す:吾輩は猫である〔1905~06〕一「吾輩は少々気味が悪くなったから善い加減に其場を胡魔化して家へ帰った」
茶化(ちゃか)す:虞美人草〔1907〕一六「そんな茶化(チャカ)したって、誰が云ふもんですか」
頓珍漢(とんちんかん):吾輩は猫である〔1905~06〕二「これで懸合をやった日には頓珍漢なものが出来るだらうと」
滅茶苦茶(めちゃくちゃ):吾輩は猫である〔1905~06〕三「滅茶苦茶にあるき廻る」
漢字の本来の意味など無視した、さまざまな表記が使われていたことが分かる。
この「かつ〈AND〉検索語:夏目漱石 /範囲:用例(出典情報)」の「検索語」の部分を「夏目漱石」ではなく、「二葉亭四迷」「森鴎外」「幸田露伴」など、いろいろな作家名と変えてもよい。文豪たちの多彩な表記を楽しんでいただけるはずである。