あることばを手がかりに『日国』という広大なことばの海にこぎ出すと、興味深いことが次々と発見できます。そんなネットサーフィンならぬ『日国』サーフィンの楽しみをご紹介していきます。
 

第25回 『日国』で「唱歌」を歌ってみる

 

 「つつがない」「友垣(ともがき)」「小春日(こはるび)」「玉苗(たまなえ)」「千万(ちよろず)」「いらか」……。


 これらのことばの共通点は何か?と聞かれてすぐにわかったという方はすごいと思う。

 実はこれらはいずれも「唱歌」に出てくることばなのである。

 「唱歌」というのは、明治以後昭和16(1941)年までの学校教育での音楽授業の教科名だが、一般にはその教科で歌われた歌曲もいう。比較的年配の方は、『鉄道唱歌』『早春賦』『われは海の子』『冬の夜』『春の小川』『紅葉』などと、曲名を言われただけで思わず口ずさんでしまうのではないか。かくいう筆者も戦後生まれではあるが、何曲かは音楽の時間に習った記憶があるし、大正末年生まれの母親が歌っているのを聞いて覚えてしまったものもある。

 冒頭に挙げたことばは、

 「つつがない」「友垣」は『故郷』、「小春日」は『冬景色』、「玉苗」は『夏は来ぬ』、「千万」は『蛍の光』、「いらか」は『鯉のぼり』に出てくることばである。

 すべて『日国』に項目があり、それぞれの唱歌の例も引用されている。

 「つつがない」は健康である、無事であるという意味、「友垣」は友だちのこと。『故郷』の2番の「如何(いか)にゐます父母、恙(つつが)なしや友がき」という一節に出てくる。

 「小春日(こはるび)」は冬の初めごろの暖かく穏やかな日のことで、『冬景色』の2番では「げに小春日ののどけしや」と歌われる。

 「玉苗(たまなえ)」は早苗(さなえ)のこと。『夏は来ぬ』の2番に出てくる語で「早乙女(さおとめ)が裳裾(もすそ)ぬらして、玉苗(たまなえ)ううる 夏は来ぬ」とある。

 「千万(ちよろず)」は数の限りなく多いこと。『蛍の光』の2番、「とまるもゆくも、かぎりとて、かたみにおもふ、ちよろづの、こころのはしを、ひとことに」の部分である。

 「いらか」は屋根瓦(やねがわら)のこと。「甍(いらか)の波と雲の波、重なる波の中空を」という『鯉のぼり』の歌い出しである。

らっこいのぼり
イラスト/アオイマチコ

 この例文だけでも、つい節をつけながら読んでしまった方は大勢いらっしゃるのではないか。

 日国にはこのような「唱歌」の用例が270例ほどある。


 検索語:「唱歌」/範囲:「用例(出典情報)」


でぜひ検索していただきたい。書名に「唱歌」という文字が含まれる、「唱歌」以外の用例も検索されてしまうが、それでもじゅうぶん『日国』での「唱歌サーフィン」を楽しめると思う。引用された部分は必ずしも歌い出しとは限らないので、どこのメロディーの部分か実際に歌って思い出してみるだけでも、脳の活性化になるかもしれない。


 なお蛇足ではあるが、本年度から小学校で実施されている「新学習指導要領」では、音楽で教材として扱う唱歌の曲数を増やすという。それはそれでたいへんよいことだと思う。だが、できれば、「新指導要領」でも掲げる、第5学年および第6学年の「親しみやすい古文や漢文、近代以降の文語調の文章について、内容の大体を知り、音読すること」という部分と連携した授業を行ってもらいたい。唱歌は古語の用法を歌いながら学ぶことができる、とても貴重な教材だと思うからである。

神永 曉(かみなが さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館国語辞典編集部編集長。入社以来、ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。趣味は神社仏閣巡りとあわせた居酒屋探訪と落語鑑賞。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。

日国サーフィン~『日本国語大辞典』編集者による日本語案内~
2011/07/19