あることばを手がかりに『日国』という広大なことばの海にこぎ出すと、興味深いことが次々と発見できます。そんなネットサーフィンならぬ『日国』サーフィンの楽しみをご紹介していきます。
 

第28回 「おはよう」の方言をサーフィンする

 

 今回はCMで話題になった“魔法のことば”の中から、朝の挨拶のことば「おはよう」の方言を『日国』でサーフィンしてみようという内容である。

 「おはよう」の方言などというと、「おはよう」以外にあるのかとお思いになる方も大勢いらっしゃるであろう。確かに、朝の挨拶ことばとしては「おはよう」のバリエーションと考えられる方言形が圧倒的に多い。だが、『日国』にはそれ以外にも興味深い朝の挨拶のことばがたくさん埋もれているのである。


 まずは「はよう」系の方言。「おはよう」の「お」は接頭語で、共通語では「はよう」と挨拶することはほとんどないが、それを取った形が方言には存在する。念のために「はよう」の語源を確認しておくと、形容詞「はやい」の連用形「はやく」の変化したのが「はよう」である。

  

はよう》長崎県五島/《はようおまんな》兵庫県加古郡/《はようござんす》島根県仁多郡・島根県隠岐島/《はようのし》長崎県南高来郡/《はよがんした・はよがんす》群馬県利根郡/《はよごわす》三重県名張市/《はよなあし・はよなし・はよのい》長崎県南高来郡


 『日国』の方言欄を見る限りでは、西日本に「はよう」系の方言が多いように感じられる。それも「はようおまんな」「はよごわす」のように、どこかで聞いたことのある文末語とともに使われているところが興味深い。


 「はよう」はもともと形容詞「はやく」からだと説明したが、そのまんま「はやい」が変化していった方言もある。


はやい》佐賀県杵島郡/《はやあむし》群馬県利根郡/《はやいでないか》香川県大川郡/《はやいなあ》三重県上野市・大分県/《はやいねえ》三重県志摩郡/《はやいのう》福井県遠敷郡・三重県志摩郡・香川県男木島・香川県伊吹島・大分県大分郡・大分県北海部郡/《はやいやれ》滋賀県東浅井郡/《はやいわて》三重県阿山郡/《はやかったな》三重県名賀郡・三重県阿山郡


おはよう
イラスト/アオイマチコ

 「はやいなあ」「はやいねえ」「はやいのう」「はやかったな」のように、「(朝)はやい」ということをなんだか感心しているような言い方が多いことに気づく。相手が早いということは、それをいう自分も早いわけで、お互いに朝早いことを確認しあって共感している言い方なのであろうか。


 

 接頭語「お」が付いた「おはよう」系の挨拶も、「おはよう」にそれぞれの地方独特の文末語が付いた形が多い。


おはようさん》三重県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県城崎郡・奈良県南大和・島根県仁多郡・大分県大分郡/《おはえぁなす》岩手県和賀郡/《おはええなあ》大分県/《おはやえなし》山形県東置賜郡・山形県西置賜郡/《おはやがんす》岩手県和賀郡/《おはようがす・おはようごす》福島県西白河郡/《おはよおります》和歌山県/《おはよさん》岩手県和賀郡


 近畿圏に多い「おはようさん」の「さん」は気軽な挨拶に使われる接尾語で、「おめでとうさん」「ごきげんさん」など、いわゆる関西弁でよく聞く「さん」である。


 「おはよう」系以外の朝の挨拶語を使う地域もある。


ただいま》山形県


おきさしたか》島根県隠岐島/《おきたかな》大分県大分郡/《おきあがったけえ》熊本県天草郡


おひるなりやした》高知県幡多郡/《おひなりましたか》広島県山県郡・広島県倉橋島/《おひんなりましたか》愛媛県西宇和郡/《おへんなんましたか》長崎県五島/《おひんなりやったか》東京都八丈島/《おひんなりあすばいたか》富山県西礪波郡・石川県金沢/《おひなっておいでるかのおや》徳島県美馬郡/《おひなりました・おひになりました》青森県三戸郡/《おひなりまして》大阪市/《おひんなりました》島根県那賀郡・鹿児島県鹿足郡・山口県大島/《おひんなんなさいました・おひんなんなさい》島根県那賀郡/《おひんなんさった》島根県邑智郡/《おひなり》大分県南海部郡/《おひんなり》石川県


 山形県の「ただいま」というのはどこから生まれたことばなのであろうか。『日国』の「ただいま」項の方言解説を見ると、山梨県では午後または夕方に人に会ったときの挨拶のことばとして使われる地域もあるという。共通語で「ただいま」は外出先からもどったときの挨拶のことばだが、それとの関連はどうなっているのであろうか。

 「おきさしたか」「おひるなりやした」系の言い方は、(朝になって)起きましたか、目が覚めましたかという意味である。特に後者は、お目覚めになる、お起きになるという意の女房詞「おひるなる(御昼成)」からきていると推定でき、その伝播の仕方も興味深い。


 『日国』の方言欄は全国各地の1,000点を超える方言資料集がもとになっているのだが、これらの資料集は明治~昭和30年代くらいまでのものが多い。とすると、ここで紹介したことばはすでにその地域でも使われなくなっている可能性は高い。だが、これらは生活の中のことばとしてそれぞれの地域で長年受け継がれてきたことは事実であり、日本語の豊かさを知る手掛かりとなることは間違いないと思う。

神永 曉(かみなが さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館国語辞典編集部編集長。入社以来、ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。趣味は神社仏閣巡りとあわせた居酒屋探訪と落語鑑賞。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。

日国サーフィン~『日本国語大辞典』編集者による日本語案内~
2011/10/18