第29回 「さくら言葉」に「そら涙」―後方一致検索の楽しみ― |
ジャパンナレッジに収められた『日国』を楽しむ方法はいろいろとあるが、「検索の条件」をあれこれと変えてみた検索もそのひとつだと思う。自分は必要な項目だけすぐに検索できればいいという方も大勢いらっしゃるであろうが、お暇な折りにちょっとだけ試していただきたいのである。
よく紙の辞書と電子辞書とでは、紙の辞書は引いた項目の前後も読めて“寄り道”ができるので、紙の辞書の方がすぐれているとおっしゃる方がいる。もちろんそれは紙の辞書の最大の長所で、電子辞書では味わえない楽しみだと言える。だが、電子辞書にだって紙の辞書ではできない楽しみ方がちゃんと存在するのだ。特にジャパンナレッジの『日国』ではさまざまな検索方法が可能なので、今まで紙の辞書ではできなかった言葉の調べ方ができるのである。
今回は、そうした検索方法の中で、とても簡単でかつ面白い項目が見つけられる方法をお教えしたいと思う。
まず『日国』を個別検索画面にして、たとえば検索語の欄に「言葉」と入れてみる。あとは、「範囲」の欄はそのまま、条件欄を「後方一致」にしていただきたい。なあんだ、とお思いになる方もいらっしゃるかもしれないが、それだけで『日国』に見出し語として載せられた「○○ことば」という項目が一覧できるのである。いわゆる「後方一致検索」というやつである。その数、216件。芥川龍之介の『侏儒(しゅじゅ)の言葉』などというのもあるが、面白い項目ばかりである。
では、このようにして検索した語のいくつかを紹介してみよう。
桜(さくら)言葉:感心していないのに口先だけで言うほめことば。
てよだわ言葉:若い女性の会話で、文末に「てよ」「だわ」などを付ける言い方。明治中期ごろからはやり出したが、はじめは下品な言い方だと非難の声が多かった。
通(とおし)言葉:遊郭などで、あることばをしゃべるのに、一音ごとにその母音と同じカ行の音をはさんで通していうことば。「来なさい」というのを「ききなかさかい」などという。
土砂(どしゃ)言葉:(土砂加持をした白砂をかけると硬直した死体も柔らかになるというところから)相手の心をとろかすことば。遊里で、人に巧みにとり入るようなことばをいう。おべんちゃら。
筆者が面白いと思った「○○言葉」のいくつかを抜き出してみたのだが、いかがであろうか。「さくら言葉」の「さくら」は客のふりをして品物を褒めたり買ったりする「サクラ」と関係があるのだろうか。「てよ」も「だわ」も女性語として「私知らなくてよ」「私そんなこといやだわ」などと使ったのであろうが、最近はまず聞くことがない。「とおし言葉」はことば遊びの一種で、今でも座興でやれそうである。「どしゃ言葉」はまず語源がすごい。「土砂」は解説にもあるように「土砂加持(どしゃかじ)」のことで、密教で行う修法のひとつである。
また、「童(わらわ)言葉」などという語も見え、解説には『唱え言などの、子どものことば。「夕焼小焼あした天気になーれ」など。』とある。「カエルが鳴くから帰ろ」「ほーほーほーたるこい」などもそうであろうが、こうした子どもが遊びの中で唱える言葉にも、「童言葉」という名称があったと知ることができるわけである。
これ以外にも、もちろん最近話題の、「ら抜言葉」、「さ入れ言葉」などという項目もある。
「言葉」は2字の漢字だが、「涙」「足」などの1字漢字の語でも思いがけない語が見つけられるはずである。たとえば「涙」。先ほど検索語欄に入れた「言葉」を「涙」に置き換えるだけでよく、「○涙(るい)」という漢語の熟語も含まれるが、その198件。決して少ない数ではない。
たとえば、
空涙(そらなみだ):悲しくもないのに相手をだまして流す涙。いつわって流す涙。うその涙。
溜涙(ためなみだ):泣くのをこらえて眼に溜めている涙。
連涙(つれなみだ):他人が泣くのに誘われて、思わず出る涙。
ほおずきほどな涙(なみだ):(ほおずきの実ほどの涙の意)大粒の涙。
ほろほろ涙:ほろほろと落とす涙。ぽろぽろとこぼす涙。
それにしてもいろいろな「なみだ」があるものである。日本人は泣き虫だったのであろうかなどとつい思ってしまう。
「後方一致検索」サーフィンは一度始めるとやめられなくなる。