第30回 河童も鳴いた!? |
「ワンワン」「ニャーニャー」など動物の鳴き声を表すことばを擬声語または擬音語という。日本語には実に多くの擬声語(擬音語)が存在するのだが、もちろんイヌやネコは本当にそのように鳴いているわけではない。あくまでも日本人がそう鳴いていると聞いた(感じた)鳴き声である。
擬声語は同じ動物でも言語によってかなり異なるのだが、日本国内でも聞こえ方は地域によってかなりの違いがある。約4.5万語の方言項目を収録した『日国』では、そのような各地の動物の鳴き声、擬声語を検索サーフィンすることができる。
検索のやり方は長くなるので省略するが、175件ヒットする。だが、『日国』の方言項目は異形が多数あるので、実数はさらに多くなる勘定である。
検索結果を見るとほとんどの鳴き声は何の鳴き声かだいたい想像がつくのだが、中には不思議な鳴き声も存在する。
たとえば「びょうびょう」。イヌの遠ぼえの声を表す語で、江戸期の俳諧などにも用例が見られる。また、芥川龍之介の『偸盗(ちゅうとう)』にも「群る犬の数を尽して、びゃうびゃうと吠え立てる声」という例がある。江戸趣味の芥川が使ってみただけで、芥川自身がそのように聞いたわけではないと思うのだが。さらに、方言欄にも語例が見られ、島根県益田市、高知県、長崎市などに分布しているようだ。なぜイヌの遠ぼえが「びょうびょう」となるのかは不明である。
また、「河童(かっぱ)の鳴き声を表す語。」などというのもある。いずれも方言欄に見られ、
「ひょうひょう」熊本県上益城郡・宮崎県と鹿児島県の県境辺
「ひょっひょっ」熊本県上益城郡
と鳴くというのだが……いったいいつどこでそのように聞いたのだろうか。
シカは「かいよ」と鳴いたらしい。この例は古くからあり、『古今和歌集』には、
「秋の野に妻なき鹿の年をへてなぞわが恋のかひよとぞ鳴く〈紀淑人〉」
という和歌も見られる。この歌の「かひ(い)よ」は、「甲斐」と掛けられていて、なぜ何年にもわたって私の恋には甲斐(効果)がないのだろうか、という嘆きなのである。シカが「かいよ」と鳴く理由は、『名語記(みょうごき)』という鎌倉時代の辞書の説明が面白い。牡ジカが妻を恋うとき「こいしよ(恋しいよ)」と鳴くのが「かいよ」と聞こえるというのである。
耳で聞いた鳴き声を直接ことばにするのではなく、すでにある人間のことばに変換することもある。これを「聞きなし」というのだが、鳥の鳴き声に多い。ホオジロの鳴き声を「一筆啓上つかまつり候」、ホトトギスの鳴き声を「本尊かけたか」とする類である。
ホオジロの「一筆啓上つかまつり候」は大分ではさらに続きがあって、「一筆啓上仕(つかまつり)り子供(こども)泣(な)かすな火の用心こんどの便(びん)に金十両(きんじゅうりょう)やりたいけれどこれなく候」と聞こえるという。大分のホオジロはけっこう生活臭い鳥だったらしい。
ホトトギスの鳴き声を「特許許可局(とっきょきょかきょく)」と聞きなす事もあるようだが、残念ながら『日国』には載っておらず、根拠は不明である。
以上、『日国』に項目のある擬声語の一部を簡単にご紹介したのだが、今回ご紹介できなかった擬声語についても実際にそのように聞こえるか試してみると面白いと思う。