第32回 龍のことわざを読む |
今年は辰(たつ)年。「たつ」すなわち「龍」とは、『日国』によれば、
体は大蛇に似て、背に八一の鱗(うろこ)があり、四足に各五本の指、頭には二本の角があり、顔が長く耳を持ち、口のあたりに長いひげがあり、喉下(のどもと)に逆さ鱗を有する。水に潜み、空を飛んで雲を起こし雨を呼ぶ霊力があるとされる。
とある。このような龍の特長から、日本人は想像力を大いに働かせてさまざまなことわざを生み出している。今回は辰年にちなんで、こうした「龍」が登場することわざをサーフィンしてみようと思う。
龍には立派な長いひげがある。従ってこのようなことわざが生まれた。
龍の鬚(ひげ)を撫(な)でる
これは、「虎の尾を踏む」と対になって用いられることが多く、どちらも極めて危険なことをするたとえとして使われる。確かにあの龍の顔を見ると近寄るのは遠慮したくなる。ましてや鬚をなでるなんてことはとてもできそうにもない。
さらにこんなことわざもある。
龍の鬚(ひげ)を蟻(あり)が狙(ねら)う
自分の力以上のだいそれたことを望んだり、弱者が強者にたちむかったりするたとえである。「蟷螂(とうろう)が斧(おの)をもって隆車(=立派な車)に向かう」と同意である。
『日国』の解説には無いのだが、龍はあごのあたりに珠(たま)を持った姿で描かれることが多い。
従って、
龍の頷(あぎと)の珠(たま)を取る
ということわざもある。これもまた極めて危ない冒険をすることのたとえである。
「龍の鬚を撫でる」は「虎の尾を踏む」と対になって使われることが多いと書いたが、龍と虎はペアにされることが多い。
雲は龍に従い、風は虎に従う
は、龍は雲を従えることによって勢いを増し、虎は風を従えることによって早さと威を増すという意。物事はそれぞれ相似たものがいっしょになったり、いっしょになろうとしたりして、うまくいくものだというたとえである。
龍虎(りゅうこ)相搏(あいう)つ
は、いずれおとらない英雄・豪傑・強豪などが勝負すること。
『日国』の解説に、龍は「空を飛んで雲を起こし雨を呼ぶ霊力があるとされる。」とあるように、
龍吟(ぎん)ずれば雲(くも)起(お)こる
龍興(おこ)りて雲(くも)を致(いた)す
などともいう。これは龍が雲を呼ぶように、英雄が一たび立てば多くの人々がこれに従う、すなわち、同類が相応じ従うことのたとえである。
龍の水(みず)を得(え・う)る如(ごと)し
は、龍が水を得て昇天するように、強いものが一層勢いを得ること。また、ところや時宜を得て大いに活躍することである。
龍は英雄や非凡なものの象徴とされ、
龍は一寸(いっすん)にして昇天(しょうてん)の気あり
ともいう。俊才は幼時から非凡な所のあるたとえ。「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し」と同じ意味である。だが、物事には逆もある。自分の子どものことを神童かと勘違いする親も多いようだが、ちゃんと、
龍と心得(こころえ)た蛙子(かえるこ)
などということわざもある。天才と思ったわが子が、やはり親と同様に凡才であったという意味である。親の欲目からくる見込みちがいをいうことわざで、いささか耳が痛い。
龍はもちろん想像上の動物ではあるが、それを元にこれほど多彩なことわざを考え出した古人の発想は本当にすばらしいと思う。