第4回 「あいまいな日本語」を使う私たち |
長年辞書の編集に携わっていてつくづく感じるのは、なんて日本語はあいまいな言語なんだろうということである。辞書に登録する見出し語のかたちを決めようとしても、読みや表記の一定しないものが多く、「~とも書く」「~とも読む」といちいち注記しなければならない語があまりにも多い。読者からも、辞書なんだからこれが正しいと言い切って欲しい、という要望をしょっちゅう頂戴する。しかし、日本語と関われば関わるほど、ごめんなさいそんなことはできません、と謝るしかなくなっていくのである。
そもそも、この国は国名からして「にほん」なのか「にっぽん」なのかはっきりしない国なのである。そんな国がほかにあるだろうか。今年の6月30日に民主党の国会議員から「『日本』の読み方を統一する意向はあるのか」という質問が政府に提出されるということがあった。これに対して政府は、「『にっぽん』も『にほん』も広く通用しているので一方に統一する必要はない」と答弁し、この答弁書が閣議決定となっている。つまり今年になってようやく「日本」の読みが正式にきまり、それも「にっぽん」でも「にほん」でもどちらでもいいということになったのである。いかにも「あいまいな日本」にふさわしい決定ではないか。実は筆者自身もそういう「あいまいさ」は嫌いではない……。
『日国』で「にほん」「にっぽん」を引くと、どちらもかなり古くから使われていたことがわかる。特に「にほん」の語釈を読むとその辺の事情がかなり詳しく書かれているので興味のある方はぜひ読んでいただきたい。『日国』では、文献上明らかに「ニッポン」と記されている場合以外は、すべて「ニホン」として扱うという方針を採っている。
そんな「あいまいな日本語」を少しでも整理しておきたいと思って、「揺れる日本語どっち?辞典」という辞典を企画したことがある。もちろん「日本」の読みにも触れていて、テレビ、ラジオなどで「にほん」と言う場合と「にっぽん」と言う場合、またどちらでもいいと言う場合の例を整理して紹介している。
ちなみに『日国』の正称『日本国語大辞典』は「ニホンコクゴダイジテン」で「ニッポン」ではない。その点に関してはあいまいなところは微塵もないのだが、ひとつだけ「日本国語大辞典」はどこで切って読むのかという質問を頂戴して、返答に困ったことがある。「日本国語-大辞典」なのか「日本-国語大辞典」なのか?実は編集部にも正式な見解がないのである。そのようなわけで筆者も切れ目がよくわからず、切れ目無しで一気に読むようにしている。まあ、その辺のあいまいさはお許しいただくとして、内容に関しては完全無欠とは言えないまでも極力あいまいさを廃した編集方針をとっているつもりである。なので、安心してご利用いただきたい。