あることばを手がかりに『日国』という広大なことばの海にこぎ出すと、興味深いことが次々と発見できます。そんなネットサーフィンならぬ『日国』サーフィンの楽しみをご紹介していきます。
 

第8回 漢字の「十」に新しい読みが生まれた?

 

 みなさんは、「十手」「十進法」の「十」を何と読んでいるであろうか?「ジッ」それとも「ジュッ」?「ジュッテ」「ジュッシンホウ」と読んでいた方は、試みにお手元の紙の辞書を引いていただきたい。いかがであろうか。ほとんどの方は見出しそのものを見つけることができなかったのではなかろうか。実はこれ、お引きになった辞書がおかしいというわけでは決してないのである。「ジュッテ」の見出し語を載せている辞典も少数ながらあるが、その解説はどうかというと、たとえば昨秋新版が出た辞典などは、〈「じって」の誤読。〉と明快に言い切っているのだ。

 なぜこのようなことになったのか。

新語誕生イラスト
イラスト/アオイマチコ

 現行の「常用漢字表」では「十」という漢字に「ジュウ」「ジッ」という音はあっても、「ジュッ」は示されていない。つまり、「ジュッテ」を誤りだと言い切っている辞典は、決して間違いではなく、現時点では正しい記述をしているのである。

 しかし実態はどうであろうか。

 「ジュッテ」「ジュッシンホウ」のように、「ジュッ」という読みがかなり広まっている、いやむしろこちらの方が優勢になりつつあると言っても過言ではなさそうだ。そこで『日国』では、紙版もこのジャパンナレッジ版も、「ジュッ」からも引ける空見出しを設けている。これは、テレビ・ラジオなどでも「ジッ」を基準としながらも、場合によっては「ジュッ」も認めているという実態を踏まえてのことである。その空見出しの数は『日国』全体で57項目ある。



 ところが、今年の秋の告示を目指している「新常用漢字表(仮称)」では、「十」に対して従来は無かった、〈「ジュッ」とも〉という注を加えることになるらしい。つまり、「新常用漢字表」がこのまま試案通り告示されると、「ジュッテ」「ジュッシンホウ」も正しい読みとして認められるわけである。

 先の辞典がそうなってからも〈誤り〉とし続けるのか、辞書編集者としてはいささか興味があるのだが、漢字の読みが新たに生まれる現場に立ち会えるという点でも注目したいことがらである。

神永 曉(かみなが さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館国語辞典編集部編集長。入社以来、ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。趣味は神社仏閣巡りとあわせた居酒屋探訪と落語鑑賞。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。

日国サーフィン~『日本国語大辞典』編集者による日本語案内~
2010/02/16