あることばを手がかりに『日国』という広大なことばの海にこぎ出すと、興味深いことが次々と発見できます。そんなネットサーフィンならぬ『日国』サーフィンの楽しみをご紹介していきます。
 

第9回 「語源説」を読む楽しみ

 

 『日国』には、語釈や用例だけでなく、その語について深く掘り下げたコラム的な解説が添えられているので、それを読むだけでも楽しい発見がある。「語源説」という、語源を集めた欄もその一つであろう。語源は誰しもが興味を持つものであるが、定説と呼べるものが意外に少ない。そこで、この欄では文献に記載された語源的な説明を整理して紹介するという方法をとっている。そのため、ちょっとまゆつばかもと思えるような説も堂々と(?)併記されていてそれはそれで楽しい。

 たとえば「てんぷら」の項を引くと、

 「山東京伝が、利助という者の売る胡麻揚に命名したもの。利助はフラリと江戸へ来た天竺浪人であるから天麩羅であり、また天は揚げる、プラ(麩羅)は小麦粉の薄いものをかけることを意味するところから〔蜘蛛の糸巻〕」

という、おもしろい説が紹介されている。「天竺浪人」は、一定の住所が無く流浪する人の意。『蜘蛛の糸巻』は山東京伝の弟、山東京山の随筆である。「てんぷら」は京伝が名付け親で、天竺浪人がフラリと江戸に来て売り出したからだなんて、まるで落語である。

てんぷらイラスト
イラスト/アオイマチコ

 この「てんぷら」の語源説は他にも、

「調理の意のポルトガル語Tempero から〔話の大事典=日置昌一・すらんぐ=暉峻康隆・上方語源辞典=前田勇・外来語辞典=荒川惣兵衛〕」

「天上の日の意のスペイン語・イタリア語Tempora から〔大言海〕」

などという外国語語源説もあって実にかまびすしい。

 このポルトガル語源説の中に「すらんぐ=暉峻康隆」という書名があるのだが、少し年配の方ならこれを見て懐かしく思い出されるのではないだろうか。著者の故暉峻康隆先生は早稲田大学の教授で昭和30年代に「女子学生亡国論」を唱えてマスコミをにぎわせた方である。『すらんぐ』は「てるおかやすたか」の名で昭和32(1957)年に光文社のカッパブックス1冊として刊行された、身近なことばの語源を軽妙洒脱な文章で解説した本である。




 この『すらんぐ』が最近装いも新たに勉誠出版から刊行された(『新版 すらんぐ(卑語)庶民の感性と知恵のコトバ』)。余談ながらこの『新版すらんぐ』となるべき暉峻先生の加筆原稿は、故あって筆者の手元に長らくあったもので、今回勉誠出版のおかげで刊行の運びとなり、ようやく暉峻先生からの宿題を果たせた気がしている。さらに、この『新版すらんぐ』には深い因縁がある。というのは、最初この本には『日国』の編集委員であった谷脇理史先生が解説を書いてくださることになっていたのだが、先生が昨年8月に急逝されたため、急遽小林祥次郎先生が解説をお書きになった。この小林先生も『日国』では、近世の歳時記の用例などでお世話になった方である。ちなみに小林先生には『すらんぐ』に触発された詳細な「てんぷら」の語源考証がある(『勉誠通信』12・13号)。

 語源探索は非常に難しいのだが、いやそれ故に、探究心をくすぐるものであるらしい。


勉誠出版『新版すらんぐ(卑語)庶民の感性と知恵のコトバ』
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神永 曉(かみなが さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館国語辞典編集部編集長。入社以来、ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。趣味は神社仏閣巡りとあわせた居酒屋探訪と落語鑑賞。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第二版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。

日国サーフィン~『日本国語大辞典』編集者による日本語案内~
2010/03/16