1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 遺跡
  8. >
  9. 寺・神社
  10. >
  11. 中尊寺
改訂新版・世界大百科事典
中尊寺
ちゅうそんじ

岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の東北大本山。山号は関山。寺伝によれば,850年(嘉祥3)円仁の開創で,859年(貞観1)に清和天皇より中尊寺の号を賜ったと伝えるが,資料を欠く。平安末期に藤原清衡が平泉に移り住み,諸堂宇の建立に着手した。1126年(大治1)の金堂落慶供養願文により,前九年・後三年の役を経て奥羽地方の覇者となった清衡が,奥羽におとずれた平和を記念し,非命にたおれた敵味方の霊をとむらうための鎮魂の寺としてこれを営み,あわせて鎮護国家の根本道場にしようとしたものであったことがわかる。その後基衡,秀衡も相次いで寺基を拡張した。当時の記録によれば,堂塔40余宇,僧坊300余宇と伝えられ,結構皆金色と称され,平安美術工芸の粋をきわめたが,1337年(延元2・建武4)野火のために堂塔僧坊を焼失し,現在に残るものは金色堂と経蔵の二つだけである。最近,中尊寺は,法華経にもとづいて,その講宣・如法の功徳により,みちのく此土浄土(地上極楽)の理想を実現しようとしたものであると考えられるようになってきた。皆金色というのも,その地上極楽を現成するためのものだったと考えられる。中尊寺の寺号も〈仏人中尊寺〉の義で,法華経にもとづく〈釈尊寺〉の意味であった。清衡建立の中尊寺最初院が多宝寺と呼ばれたこと,その金堂が百体釈迦金堂であったことなど,すべて法華経にもとづき,此土浄土現成の祈りを具現しようとしたものだったと考えられる。金色堂が浄土教信仰を表にしていることはいうまでもないが,ほかに密教とともに法華経にもとづく多宝塔信仰もあり,3代のミイラもこの多宝塔信仰によるものと思われる。
[高橋 富雄]

文化財

金色堂(国宝)は清衡晩年の1124年(天治1)に造立され,清衡没後4代にわたって一族の墓堂となった。小型の一間四面堂で,軸部は円柱,四方内外を長押(なげし)で固め,柱上平三斗とし,中備えに本蟇股(ほんかえるまた)を入れる。軒は二軒繁垂木,屋根は宝形造・本瓦形板葺きで,頂上に露盤,宝珠をのせる。堂内は床板張り,庇天井(ひさしてんじよう)を化粧屋根裏とし,内陣四天柱内には折上小組格天井(ごうてんじよう)を張る。四天柱と側柱間には繫梁(つなぎばり)を入れ,簡単な構造形式をとっている。堂内中央と背面両脇に須弥壇を置き,中央壇内に清衡,両脇奥の壇内に基衡,秀衡の3棺と,4代泰衡の首級が合祀される。堂の縁側から軒先にいたる四壁と内部の床,天井はすべて黒漆金箔押しとし,内陣部材には沃懸地(いかけじ)螺鈿の宝相華唐草文を飾り,四天柱には蒔絵で菩薩像を描く。中央須弥壇は全面に金,銀,白銅の競合する色彩を巧みに配した彫金,鋳金,鍛金による金具で覆われる。須弥壇上にはそれぞれ,阿弥陀三尊,六地蔵,二天の11体(いずれも重要文化財)を安置する。中央壇上の諸像は1124年,南西壇上諸像は基衡没年といわれる1157年(保元2)ころ,北西壇上諸像は秀衡没年の1187年(文治3)ころの造立と推定される。南西壇の阿弥陀像が客仏であるほかは,各本尊の天蓋や礼盤(らいばん),孔雀文磬(けい),磬架,案,華鬘(けまん)などの荘厳具一式(国宝)にいたるまで当初のままに残され,美術史上の価値はきわめて高い。金色堂は一名〈光堂(ひかりどう)〉と呼ばれるが,中世に建立された覆堂内にあった。今日この覆堂は他に移され,新しい覆堂内に建っている。

 金色堂北西に東面する経蔵(国宝)は,金色堂とともに清衡によって建てられたが,1337年上部を焼失し,単層に改められた。堂内中央内陣の螺鈿八角須弥壇(国宝)は,金色堂須弥壇とともに精緻をきわめ,和様須弥壇の代表的遺例。もと経蔵に納められていた《紺紙金字一切経》(国宝)は清衡以下3代奉納にかかり,これらを納めた漆塗箱とともに国宝に指定されている。
[宮本 長二郎]

[索引語]
円仁 藤原清衡 金色堂 光堂

中尊寺と同じ寺・神社カテゴリの記事
興福寺(国史大辞典)
奈良市登大路町にある法相宗大本山。南都七大寺の一つ。寺伝では「こうぶくじ」という。縁起によると、天智天皇八年(六六九)藤原鎌足の死去に際し、妻の鏡女王が鎌足の念持仏の釈迦丈六像などを祀る伽藍をその山階(山科)邸に設けたのに始まり(山階寺)、その子不比等によって藤原京の厩坂に移遷(厩坂寺)
東大寺(国史大辞典)
奈良市雑司町にある華厳宗の総本山。大華厳寺・金光明四天王護国寺・総国分寺などの別称がある。南都七大寺・十三大寺・十五大寺の一つ。東大寺の寺号は平城京の東方にある大寺を意味し、『正倉院文書』の天平二十年(七四八)五月の「東大寺写経所解案」に初見するが
法隆寺(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町にある聖徳(しょうとく)宗総本山。斑鳩寺(鵤寺、伊可留我寺とも書く)、法隆学問寺などの異称がある。南都七大寺の一つ。草創の由来は、金堂の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)光背銘によると、用明(ようめい)天皇が病気平癒を念じ
龍潭寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。県道引佐―舘山寺(かんざんじ)線の西側の小丘陵上に位置する。臨済宗妙心寺派。山号は万松山、本尊は行基作と伝える虚空蔵菩薩。元文六年(一七四一)に気賀(けが)関所(現細江町)に差出した御要害村寺院縁寿録(山本家文書)によると、天平五年(七三三)に行基が地蔵寺を開創、のち自浄(じじよう)院と改号した
渭伊神社(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷。井伊谷(いいのや)の北西端に鎮座する。社域西側を神宮寺(じんぐうじ)川が半円を描いて流れ、杉・檜・楠の古木が社叢をなす。祭神は品陀和気命・息気長足姫命・玉依姫命。旧郷社。「延喜式」神名帳にみえる引佐郡六座のうちの「渭伊(イイノ)神社」に比定される。
寺・神社と同じカテゴリの記事をもっと見る


「中尊寺」は寺・神社・城に関連のある記事です。
その他の寺・神社・城に関連する記事
井伊谷宮(日本歴史地名大系)
[現]引佐町井伊谷 神宮寺川右岸に位置し、南に龍潭寺がある。祭神は後醍醐天皇皇子の宗良親王。旧官幣中社。明治元年(一八六八)明治新政府は神祇官を復活し山陵の修復などに着手した。これに対し、井伊谷を訪れた宗良親王の墓碑と親王の諡号冷湛寺殿の霊牌を守護してきた龍潭寺と
大坂城(日本大百科全書(ニッポニカ))
戦国期から江戸期の城。大阪市中央区大阪城にある。金城(錦城)ともいい、明治以後は大阪城と書かれる。南から北に延びた高さ20メートルほどの台地が淀川流域の低地に突き出た北端(上町台地)に位置し、大和川がその東を巡り、三面を水に囲まれた要害の地に築かれていた。
方広寺(日本歴史地名大系)
[現]引佐町奥山 地内の北部中央に位置する臨済宗方広寺派の本山。深奥山と号し、本尊は釈迦三尊。境内に半僧坊大権現を祀り、周辺に多くの塔頭がある。〔中世〕井伊氏一族の奥山朝藤(法名是栄)が後醍醐天皇の皇子である無文元選を招いて開山としたのが当寺の始まりである(無文選禅師行業・無文元選禅師行状)
名古屋城(日本大百科全書(ニッポニカ))
戦国期~江戸期の城。名古屋市中区本丸にあり、天守閣の鯱鉾が青銅の鋳物に薄い金板を張っていることから金鯱城ともいう。城は名古屋台地の北西隅、台地が北方の低湿地へ突き出た丘陵の突端を利用して築かれた平城である。名古屋は古くは那古屋と書かれ、戦国期の城は那古屋城である。
弘前城(国史大辞典)
青森県弘前市下白銀町に中心部のある城。築城当初は高岡城と呼ばれた。平城。津軽平野南部の盆地状地形の中の台地北端に位置する。慶長八年(一六〇三)に大浦(津軽)為信が起工し同十六年為信の子信枚の時に一応の完成を見た。為信はもと大浦城におり元亀二年(一五七一)ごろから津軽統一への歩みを開始したが
寺・神社・城に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約2万冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジについてもっと詳しく見る
中尊寺の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 430
検索コンテンツ
1. 中尊寺
日本大百科全書
らいずみ)町平泉に所在する天台宗東北大本山。関山(かんざん)と号し、山内の寺塔僧房を総称して中尊寺という。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。850年(嘉祥3) ...
2. 中尊寺
世界大百科事典
地上極楽を現成するためのものだったと考えられる。中尊寺の寺号も〈仏人中尊寺〉の義で,法華経にもとづく〈釈尊寺〉の意味であった。清衡建立の中尊寺最初院が多宝寺と呼 ...
3. ちゅうそん‐じ【中尊寺】画像地図
デジタル大辞泉
天台宗の東北大本山。山号は関山。嘉祥3年(850)円仁の開創、貞観元年(859)清和天皇から中尊寺の号を得た。長治2年(1105)藤原清衡が堀河天皇の勅により再 ...
4. ちゅうそん‐じ【中尊寺】
日本国語大辞典
岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の東北大本山。山号は関山。嘉祥三年(八五〇)円仁の草創と伝えられるが明らかではなく、長治二年(一一〇五)藤原清衡が建立したのがは ...
5. ちゅうそんじ【中尊寺】
国史大辞典
る。清衡には中尊寺を中心に、東北全土を仏国土に見立てる雄大な構想もあり、平泉時代を通じ、中尊寺は平泉の意志の根源とされていた。境内は国特別史跡。 [参考文献]朝 ...
6. ちゅうそんじ【中尊寺】岩手県:西磐井郡/平泉町/中尊寺村
日本歴史地名大系
建武元年(一三三四)九月六日の北畠顕家国宣(中尊寺文書)に「平泉中尊寺者、陸奥出羽両国之甲区、堀河鳥羽二代之勅願也」とある。「吾妻鏡」文治五年九月一〇日条にみえ ...
7. 中尊寺
日本史年表
陸奥国平泉に 最初院(中尊寺) を造立(中尊寺経蔵文書建武元年八月日陸奥国平泉関山中尊寺衆徒等言上)。 1337年〈【北朝】建武4・【南朝】延元2 丁丑〉 この ...
8. 中尊寺(ちゅうそんじ)【篇】
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 769ページ ...
9. 中尊寺
デジタル大辞泉プラス
岩手県西磐井郡平泉町にある寺院。850年創建。天台宗東北大本山。本尊は阿弥陀如来。奥州藤原氏三代ゆかりの寺。境内は国の特別史跡、金色堂は国宝に指定。「平泉 仏国 ...
10. Chūsonji 【中尊寺】
Encyclopedia of Japan
Head temple of the Tendai sect of Buddhism in the Tohoku (northern Honshu) area; ...
11. 中尊寺金色堂 (見出し語:中尊寺【篇】)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1221ページ ...
12. 中尊寺金銀泥一切經 (見出し語:中尊寺【篇】)
古事類苑
宗教部 洋巻 第1巻 284ページ ...
13. ちゅうそんじ‐きょう[:キャウ]【中尊寺経】
日本国語大辞典
岩手県平泉の中尊寺の供養経三種の総称。一は清衡経で紺紙金銀字交書一切経でほとんど高野山に移蔵されている。二は基衡願経の紺紙金字一切経で宋版を書写したもの、三は秀 ...
14. ちゅうそんじきょう【中尊寺経】
国史大辞典
桃山時代に大部分が紀州高野山へ移され、現在中尊寺には十五巻を残すのみである。表紙・見返に金銀泥の絵が描かれ、経文は金銀字が一行おきに書き分けられ鮮やかである。狭 ...
15. ちゅうそんじ‐ぎょう【中尊寺経】
デジタル大辞泉
中尊寺の供養経の総称。藤原清衡・基衡・秀衡がそれぞれ作らせ、紺紙に金字や銀字で書かれている。国宝。  ...
16. 中尊寺釈尊院五輪塔
日本史年表
1169年〈嘉応元(4・8) 己丑〉 4・23 陸奥国 中尊寺釈尊院五輪塔 成る(五輪塔の初見)。  ...
17. ちゅうそんじむら【中尊寺村】岩手県:西磐井郡/平泉町
日本歴史地名大系
西は戸河内村で、前沢宿(現胆沢郡前沢町)を発した奥州街道は衣川を越え、当村の中尊寺東麓を経て平泉村に向かう。村名は中尊寺の所在に由来する。同寺山内北端には北方鎮 ...
18. ちゅうそんじもんじょ【中尊寺文書】
国史大辞典
岩手県西磐井郡平泉町中尊寺所蔵文書。広狭二通りの場合がある。せまくは、大正四年(一九一五)刊行『大日本仏教全書』寺誌叢書三に、『中尊寺経蔵文書』『中尊寺光堂文 ...
19. 中尊寺ゆつこ[「オヤジギャル」の流行語を生んだ漫画家、死去]
イミダス 2016
チュウソンジ・ユツコ。本名、小林幸子。漫画家。 1月31日、「オヤジギャル」などの流行語を生んだ漫画家の中尊寺ゆつこさんが、S状結腸がんのため死去。42歳。 1 ...
20. 中尊寺金色堂
日本史年表
1124年〈天治元(4・3) 甲辰②〉 8・20 中尊寺金色堂 成る(同堂棟木銘)。  ...
21. 光堂(ひかりどう)[陸中中尊寺]
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1221ページ ...
22. 光堂〈陸中中尊寺〉 (見出し語:光堂[陸中中尊寺])
古事類苑
宗教部 洋巻 第4巻 777ページ ...
23. あこおぎむら【赤荻村】岩手県:一関市
日本歴史地名大系
も、坂上田村麻呂が延暦年中に創建したとも伝えるが不詳。古くは平泉中尊寺院主坊の末寺で真言宗であったが、延宝八年(一六八〇)中尊寺から真言系僧侶が排されたさい同寺 ...
24. あまべのしょう【海辺庄】山形県:東田川郡
日本歴史地名大系
常に譲られている(「結城親朝譲状写」伊勢結城文書)。また嘉暦二年(一三二七)三月日の中尊寺衆徒等解案(中尊寺文書)に「羽州狩河以下八ケ所寺役」が退転したとあるこ ...
25. あまみ【奄美】鹿児島県:総論
日本歴史地名大系
)は奄美から琉球に広がり(伊仙町カムィヤキ古窯跡群)、一二世紀には奄美産の夜光貝による螺鈿が中尊寺金色堂でみられるなど一一、二世紀奄美の産出物は諸島内は無論のこ ...
26. 阿弥陀堂画像
日本大百科全書
京都日野の法界寺阿弥陀堂、京都大原の三千院本堂、大分県豊後(ぶんご)高田市の富貴寺(ふきじ)大堂、岩手県平泉の中尊寺金色堂、京都の浄瑠璃寺(じょうるりじ)本堂な ...
27. 阿弥陀堂
世界大百科事典
堂)は全国各地に設けられ,京都法界寺阿弥陀堂は方5間に裳階(もこし)を付した発展形式をもつ。中尊寺の金色堂は阿弥陀堂を工芸的に装飾して墓堂に使用した例である。大 ...
28. あみだどう【阿弥陀堂】
国史大辞典
阿弥陀堂(京都府)・金蓮寺阿弥陀堂(愛知県)・富貴寺大堂(大分県)などがその代表的なもので、中尊寺金色堂は葬堂であるが、同形式のものである。阿弥陀堂のうちには九 ...
29. あらかわぎょう【荒川経】
国史大辞典
美福門院一切経ともいう。神護寺経・中尊寺金字経(秀衡経)と並ぶ平安時代後期の代表的な紺紙金字一切経。高野山金剛峯寺に三千五百七十五巻を伝える。『高野春秋編年輯 ...
30. あらとはま【荒戸浜】宮城県:本吉郡/志津川町
日本歴史地名大系
伝える旧跡が多い。不動堂は明治初めの神仏分離後神社となり、現在荒沢神社を名乗る。同社には平泉中尊寺経蔵に伝わる紺紙金泥大般若経と同類のものとみられる大般若経巻二 ...
31. いおう‐じょう[イワウジャウ]【以往状】
日本国語大辞典
〔名〕鎌倉・室町時代、一定の時期以前に作成されていて公の証拠力のないものとされた文書。*中尊寺経蔵文書‐文永九年〔1272〕六月二三日関東下知状「建保注文者、為 ...
32. いさわぐん【胆沢郡】岩手県
日本歴史地名大系
だ。藤原氏の時代から当郡と中尊寺・毛越寺との関係は深く、鎮守府八幡宮の放生会は毛越寺の別当衆徒が執り行うことになっており、一二世紀半ば頃には栃木郷(現水沢市)に ...
33. いしぜきむら【石関村】岩手県:江刺市
日本歴史地名大系
る。延享四年(一七四七)一月一日当村小原与三郎為忠が仏具一面を寄進したことが記された金剛盤が中尊寺薬師堂に現存する。向田地区に寛政五年(一七九三)宮城郡松森村( ...
34. いしのまきし【石巻市】宮城県
日本歴史地名大系
もくろむ者同士の境相論、ないし寺社領侵害が頻発。葛西氏の場合も正応元年(一二八八)七月九日の関東下知状(中尊寺文書)は、平泉白山寺別当顕隆、あるいは中尊・毛越両 ...
35. 板葺き
世界大百科事典
長板葺きは小規模な神社本殿などに例が多い。木瓦葺きは本瓦葺きの形を長板で平と丸別々に造って葺くもので,中尊寺金色堂はその例。石置き板葺きは長さ60~90cmの薄 ...
36. 一字金輪
世界大百科事典
表し,大日金輪は,宝冠を着けて智拳印を結ぶ金剛界の大日如来が日輪の中に表されたものをいう。岩手県中尊寺の一字金輪座像は大日金輪である。関口 正之 仏頂 一字頂輪 ...
37. いちじきんりんぶっちょうおう【一字金輪仏頂王】画像
国史大辞典
中心にして、周囲に七宝(金輪・象・馬・珠・女・兵・主蔵)を配した曼荼羅図が描かれている。平泉中尊寺の一字金輪像は彫像の稀な例である。 (佐和 隆研)  ...
38. 一関[市]
世界大百科事典
の須川温泉,磐井川の厳美渓,東隣の旧東山町の砂鉄川にある猊鼻(げいび)渓(名),北隣平泉町の中尊寺を結ぶ観光基地である。川本 忠平 歴史 平安時代には磐井郡七郷 ...
39. いちのせきし【一関市】岩手県
日本歴史地名大系
一二六)以前に中尊寺の僧の私領である骨寺村が成立しており、同年自在房蓮光の中尊寺経蔵別当就任に伴い蓮光から中尊寺経蔵へ寄進された(同年三月二五日「中尊寺経蔵別当 ...
40. いつくしむら【五串村】岩手県:一関市
日本歴史地名大系
長治年中(一一〇四―〇六)中尊寺・毛越寺とも当地から北東平泉へ移ったと伝える。平泉野には法範寺跡・中尊寺跡・法福寺跡などが残っていたという(同書)。本寺は平泉中 ...
41. いとしろたいしどう【石徹白大師堂】岐阜県:郡上郡/白鳥町/中石徹白村
日本歴史地名大系
しいてあげれば「総申し」(法要)の導師を勤める威徳寺と、本尊虚空蔵菩薩像寄進伝承の関係から天台宗中尊寺(現岩手県西磐井郡平泉町)との関係が深い。明治の神仏分離に ...
42. いのおかむら【猪岡村】岩手県:一関市
日本歴史地名大系
永禄三年(一五六〇)七月一一日の葛西晴信宛行状(同文書)では、猪岡又太郎は磐井郡内山目村・前堀村、中尊寺村(現西磐井郡平泉町)の旗頭と認められ、馬上五〇騎・与力 ...
43. いりえ-まさみ【入江正巳】
日本人名大辞典
ら)壁画「来迎図」,58年大和郡山(こおりやま)市の慈光院天井画「雲竜」を完成した。平成3年中尊寺に「ひかり堂」(院展出品作)を奉納。東京出身。 ...
44. いわいぐん【磐井郡】岩手県:陸奥国
日本歴史地名大系
なお現花泉町域は、平安時代末期よりみえる摂関家領高鞍庄の庄域の一部であったと考えられ(「安永風土記」など)、中尊寺経蔵領の骨寺村(現一関市)の存在も知られる。〔 ...
45. 岩手(県)画像
日本大百科全書
なんといってもこれが岩手の文化遺産の中核である。中尊寺境内、毛越寺境内、無量光院跡はそれぞれ特別史跡、柳之御所・平泉遺跡群は史跡に指定されており、国宝の中尊寺金 ...
46. うすぎぬむら【薄衣村】岩手県:東磐井郡/川崎村
日本歴史地名大系
ガミンサマ(盲女の巫女)の寺として有名。盲僧・盲女の祈祷師(盲僧はボサマ)はもと平泉の天台宗中尊寺の管轄下にあったが、昭和一六年天台宗より除外されたため、翌一七 ...
47. 漆工芸画像
世界大百科事典
鈿も同化して世俗的な作品が多くつくられる。沃懸地(いかけじ)は螺鈿と組み合わされて,平等院や中尊寺金色堂など建築の装飾にまで応用される。平文が蒔絵と組み合わされ ...
48. うんさいじ【雲際寺】岩手県:胆沢郡/衣川村/下衣川村
日本歴史地名大系
知行と在所を与えられたが、盛信は不振の雲際寺を再興、法名を雲際寺殿仙庵蓮公大居士という。墓は中尊寺裏山にあり、以来代々蘆名氏の菩提寺となった。 ...
49. 永福寺
日本大百科全書
霊(おんりょう)を弔うため、1192年(建久3)に鎌倉市内の現在の二階堂(にかいどう)に平泉中尊寺の大長寿院(だいちょうじゅいん)の伽藍形式を模して建てた天台密 ...
50. えいふく‐じ【永福寺】
日本国語大辞典
神奈川県鎌倉市二階堂にあった寺。建久三年(一一九二)源頼朝が中尊寺の大長寿院(二階大堂)に似せて建立。跡地は国史跡に指定。二階堂。ようふくじ。エ ...
「中尊寺」の情報だけではなく、「中尊寺」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジについてもっと詳しく見る