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  11. 源隆国
改訂新版・世界大百科事典
源隆国
みなもとのたかくに
1004-77(寛弘1-承暦1)

平安後期の公卿。源俊賢の次男。1018年(寛仁2)宗国を改名。摂関家の姻戚として順調に昇進,34年(長元7)参議。61年(康平4)権中納言を辞したが67年(治暦3)権大納言となる。74年(承保1)納言辞任,77年病により出家し没す。隆俊ら諸子も立身したが,鳥羽僧正覚猷(かくゆう)は特に有名。《宇治拾遺物語》序に《宇治大納言物語》(原本不詳)の作者と伝える。《今昔物語集》の撰者ともいわれるが不明。
[黒板 伸夫]

[索引語]
源宗国 宇治大納言物語 今昔物語集

「源隆国」は宇治拾遺物語に関連のある記事です。
その他の宇治拾遺物語に関連する記事
覚猷(日本大百科全書(ニッポニカ))
平安時代の僧で、俗称鳥羽僧正。大納言源隆国の第9子で本名顕智。園城寺の覚円に師事し出家。1081年(永保1)四天王寺別当職に任ぜられたが、94年(嘉保1)園城寺に戻り、1121年(保安2)法印大和尚位に叙せられる。31年(天承1)鳥羽離宮内の証金剛院別当に任ぜられ、ここに常住したために鳥羽僧正と俗称された。
源隆国(改訂新版・世界大百科事典)
平安後期の公卿。源俊賢の次男。1018年(寛仁2)宗国を改名。摂関家の姻戚として順調に昇進,34年(長元7)参議。61年(康平4)権中納言を辞したが67年(治暦3)権大納言となる。74年(承保1)納言辞任,77年病により出家し没す。隆俊ら諸子も立身したが,鳥羽僧正覚猷(かくゆう)は特に有名。
宇治大納言物語(国史大辞典)
宇治大納言隆国が書いたと伝えられる散佚した物語。書名や内容の一部分が、中世の諸書に散見するので、そのころまでは伝存されていたのであろう。内容は説話的なもので、宮廷の和歌の話や、仏教説話などをふくんでいたらしい。現存の『今昔物語集』『打聞集』『古本説話集』『宇治拾遺物語』『小世継』などの
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1. 源隆国
日本大百科全書
平安中期の公卿(くぎょう)。高明(たかあきら)の孫。俊賢(としかた)の二男。蔵人頭(くろうどのとう)、皇后宮大夫(だいぶ)などを歴任して権大納言(ごんだいなごん ...
2. 源隆国
世界大百科事典
1004-77(寛弘1-承暦1) 平安後期の公卿。源俊賢の次男。1018年(寛仁2)宗国を改名。摂関家の姻戚として順調に昇進,34年(長元7)参議。61年(康平 ...
3. みなもと‐の‐たかくに【源隆国】
デジタル大辞泉
[1004〜1077]平安中期の公卿・文学者。高明の孫。通称、宇治大納言。皇后宮大夫・権大納言となり、後一条天皇から白河天皇まで5代に仕えた。説話集「宇治大納言 ...
4. みなもと‐の‐たかくに【源隆国】
日本国語大辞典
平安後期の歌人、文学者。俊賢の子。正二位権大納言に至り、宇治大納言と呼ばれた。のち病を得て出家。「後拾遺集」以下の勅撰集に六首ほど入集。学才にすぐれ、仏教に通じ ...
5. みなもとのたかくに【源隆国】
国史大辞典
一〇〇四―七七 平安時代中期の公卿。説話集作者。もと宗国、寛仁二年(一〇一八)改名。権大納言俊賢の次男。母右兵衛督藤原忠尹の女。寛弘元年(一〇〇四)生まれる。 ...
6. みなもとの-たかくに【源隆国】
日本人名大辞典
1004−1077 平安時代中期の公卿(くぎょう)。寛弘(かんこう)元年生まれ。源俊賢(としかた)の次男。母は藤原忠尹の娘。長元7年(1034)参議。正二位にす ...
7. 源隆国[文献目録]
日本人物文献目録
【逐次刊行物】:3件 『今昔物語 2』長野嘗一(校註)『宇治大納言隆国』佐藤謙三『宇治大納言源隆国の安養集に就いて』戸松憲千代『源隆国の安養集の研究』恵谷隆戒 ...
8. うじ【宇治】画像
国史大辞典
たてその子頼通は永承七年(一〇五二)この別業を寺院とし平等院と号した。伝承によれば宇治大納言源隆国は平等院経蔵の南麓南泉坊に閑居して訪問者より昔の物語をきいたと ...
9. うじ【宇治】 : 宇治/(一)
国史大辞典
たてその子頼通は永承七年(一〇五二)この別業を寺院とし平等院と号した。伝承によれば宇治大納言源隆国は平等院経蔵の南麓南泉坊に閑居して訪問者より昔の物語をきいたと ...
10. 宇治拾遺物語
世界大百科事典
20年(承久2)前後と見る説が有力。書名の由来は諸説あって一定しないが,古来宇治大納言隆国(源隆国)編,またはそれに取捨を加えたものとされてきたことからの称らし ...
11. 宇治拾遺物語 23ページ
日本古典文学全集
利口なる事もあり、様々やうやうなり。    平安後期、『今昔物語集』以前に成立し、現存しない説話集。源隆国(一〇〇四~七七)。俊賢の次男、顕基中納言の弟。後冷泉 ...
12. 宇治拾遺物語 24ページ
日本古典文学全集
・竜門文庫本などは十五帖であり、ここに説かれる『宇治大納言物語』との類似性が濃いことになる。源隆国の四男の大納言俊明の孫、俊雅の子の右少弁、侍従俊定かと思われる ...
13. 宇治拾遺物語 112ページ
日本古典文学全集
覚猷の創建した園城寺(三井寺)内の僧院。そこに住んだことから、この名がある。覚猷は、権大納言源隆国の子(一〇五三~一一四〇)。三井寺の覚円の弟子、三井の長吏。ま ...
14. 宇治拾遺物語 399ページ
日本古典文学全集
融の兄。四条大納言、賀陽院・楊梅大納言などと号した。美作・播磨・尾張の国守も歴任した。源高明(源隆国の祖父)の伝領した西宮領とすれば、東西は皇嘉門大路から西櫛司 ...
15. うじだいなごん【宇治大納言】
日本人名大辞典
源隆国(みなもとの-たかくに) ...
16. うじだいなごんものがたり【宇治大納言物語】
デジタル大辞泉
〓平安後期の説話集。宇治大納言源隆国編。11世紀後半の成立。現存していないが、今昔物語と深い関連があったと推定される。  ...
17. うじだいなごんものがたり[うぢダイナゴンものがたり]【宇治大納言物語】
日本国語大辞典
〔一〕宇治大納言源隆国編著の説話集。一一世紀後半の成立。現存しないが、「今昔物語集」「古本説話集」「宇治拾遺物語」などに影響をもたらしたと推定される。〔二〕「宇 ...
18. 栄花物語 232ページ
日本古典文学全集
う。御剣(草薙の剣)を内侍に伝えるのは近衛中将。したがってこの「頭」は頭中将。当時、頭中将は源隆国→二〇三ページ注二二。食膳。後一条天皇が上東門院彰子を。彰子付 ...
19. 栄花物語 363ページ
日本古典文学全集
。主語は典侍。女房に敬語を用いることは穏当でない。立后後、最初の参内。日時不明。皇后宮大夫は源隆国。俊賢男。正二位権中納言で左衛門督を兼ねる。五十一歳。権大夫藤 ...
20. 栄花物語 369ページ
日本古典文学全集
その行為をなかなかしきれないで困るの意を表す。甲、乙本には「(中将)隆俊」とあり、それが正しい。源隆国男。右近衛中将。右方の講師でもあった。甲本第五句「しるしば ...
21. 栄花物語 393ページ
日本古典文学全集
「次郎」は師兼。九歳。ともに母は源隆国女。→[2]七〇ページ注六。師房の子の顕房。天喜四年正月十一日に蔵人頭。正四位下、右近衛権中将で近江介を兼ねる。二十歳。源 ...
22. 栄花物語 395ページ
日本古典文学全集
四番。『歌合』には右の勝とある。『歌合』には「春宮大夫」とあり、能信を指す。しかし、皇后宮大夫源隆国が正しい。『千載集』春上に「大納言隆国」の詠として載せる。『 ...
23. 栄花物語 435ページ
日本古典文学全集
事もとゝのへりとなり」(詳解)。現在の一の人は、関白太政大臣の藤原教通。顕房の室は宇治大納言源隆国の孫で、隆俊の女。隆国は俊賢男。延久三年には、正二位、権大納言 ...
24. 栄花物語 436ページ
日本古典文学全集
ん。宇治殿の人ならぬ人何か、さながら靡き仕まつれる。ただ今は二の人にておはしませど、関白にておはしましし宇治殿にも劣り申させたまはず。左兵衛督殿の上は、宇治大納 ...
25. 栄花物語 467ページ
日本古典文学全集
いうのである。ちなみに敦賢親王と源基平は兄弟。淳子女王の母についての説明。「宇治の大納言」は源隆国。 ...
26. 栄花物語 468ページ
日本古典文学全集
「安芸守」は隆国男、隆信。ただし、『紹運録』『分脈』は、「安芸守の女」を伯耆守源親方女とする。血筋。源隆国の血を引く高貴な血筋であることをいう。後三条天皇皇女、 ...
27. 栄花物語 479ページ
日本古典文学全集
兼官、六十八歳。「殿」は師房。「上」は師房室、尊子。敦文親王の曾祖父母にあたる。「治部卿」は、源隆国男、隆俊。当時、正二位、権中納言で治部卿、太皇太后宮大夫を兼 ...
28. 栄花物語 483ページ
日本古典文学全集
人々は皇子の誕生を期待していたのであった。主語は麗子であろう。「宰相の乳母」の説明。「宇治の大納言」は源隆国。隆国と頼国女との間に生れた女子。 ...
29. 栄花物語 487ページ
日本古典文学全集
承保元年(一〇七四)十二月二十六日に参議となり、承保三年三月二日に薨じた(補任)。『分脈』には嫡妻(源隆国女)腹の男子として宗俊、師兼、異腹の男子として基俊(母 ...
30. 栄花物語 495ページ
日本古典文学全集
〔三八〕  脈)。「或ル人云ク、今日春宮亮平経章卒去スト」(水左記・八月二十九日)。俊家室。源隆国女であろう。「酉ノ剋バカリ女房等嗚咽ノ声ヲ揚グ。戌ノ終、非常ニ ...
31. 大鏡 237ページ
日本古典文学全集
る口ぶり。また、あやし方にも資綱への愛情がみえる。「まし」は対称代名詞。おまえも。宇治大納言源隆国。顕基の弟で、赤子の資綱の叔父。正確にいうと、万寿二年現在は右 ...
32. 覚猷
日本大百科全書
平安時代の僧で、俗称鳥羽僧正(とばそうじょう)。大納言源隆国(だいなごんみなもとのたかくに)の第9子で本名顕智。園城寺(おんじょうじ)の覚円に師事し出家。108 ...
33. 覚猷
世界大百科事典
1053-1140(天喜1-保延6) 密教図像の収集,書写に貢献し,後に天台座主にもなった平安時代の高僧。大納言源隆国の子。覚円に師事,四天王寺別当となり同寺復 ...
34. かくゆう【覚猷】
デジタル大辞泉
[1053〜1140]平安後期の天台宗の僧。大納言源隆国の第9子。初名は顕智。園城(おんじょう)寺の覚円に師事し、のち、天台座主(ざす)・大僧正となった。鳥羽離 ...
35. かくゆう【覚〓
国史大辞典
一〇五三―一一四〇 平安時代後期天台宗の高位の僧で画事にも詳しい。天喜元年(一〇五三)生まれる。父は源隆国で宇治大納言と称し、『宇治大納言物語』の作者。覚猷は宇 ...
36. かくゆう【覚猷】
日本人名大辞典
1053−1140 平安時代後期の僧。天喜(てんぎ)元年生まれ。源隆国の9男。天台宗園城(おんじょう)寺の覚円に師事して出家。鳥羽上皇の信任あつく,鳥羽離宮の証 ...
37. 甲子夜話三篇 1 305ページ
東洋文庫
『今昔物語』〔一名『宇治拾遺物語』〕の所レ載なり。奇しきことなれば採録す。因て一々考の趣を段説す。 作者は源隆国。『日本史』云。隆国権大納言俊賢 之子也。累レ官 ...
38. 近世俳文集 559ページ
日本古典文学全集
京都府綴喜郡宇治田原町。目覚し。すばらしい。当時『宇治拾遺物語』の作者とされていた宇治大納言源隆国。平茸の不思議な話。『宇治拾遺物語』巻一に、丹波国篠村にひらた ...
39. 広益俗説弁 353ページ
東洋文庫
  紹運録正統録           知譜拙記          著聞集〔橘季茂〕宇治拾遺〔源隆国〕     今昔物語〔同〕       十訓抄〔菅原為長〕古事 ...
40. 国文学全史 2 平安朝篇 175ページ
東洋文庫
なっている。また、宣旨の伝記についても 多くの研究が重ねられた結果、始め藤原高定に嫁し、後に源隆国の妻になった人で、寛治六年二月≡二日に没 した(為房卿記)こと ...
41. 国文学全史 2 平安朝篇 221ページ
東洋文庫
今昔物語集題号孜」『今 昔物語集の研究 上』昭和一八年刊)。したがって『今昔物語集』の作者を源隆国としたり、その没年によっ てその成立年代を考えることは誤ってい ...
42. 国文学全史 2 平安朝篇 225ページ
東洋文庫
昭和四二年刊)があげられる。  作者と成立年代については、数多くの研究が積重ねられた結果、作者を源隆国とする説は否定され、成立年 代は『弘讃法華伝』『俊頼髄脳』 ...
43. 国文学全史 2 平安朝篇 228ページ
東洋文庫
集に多大の影響を与え、ある意味で説話文学時代ともいえる時代を切り開く原動力になった作品として源隆国(承暦元年没)の『宇治大納言物語』が考えられる。伝本は散伏した ...
44. 国文学全史 2 平安朝篇 248ページ
東洋文庫
、なお数条を例示せん。 (一)小野宮実資を今の右大臣といい、藤原公信を唯今の左兵衛督といい、源隆国を四条少将といえる など、官職よく時代に適えり。 (二)世継の ...
45. 国文学全史 2 平安朝篇 21ページ
東洋文庫
I151源順     1151,233,236,       247,258,315,332源隆国         1[228源為憲  1236.1[17,18 ...
46. 古事談
世界大百科事典
にあった,と思われる。説話集冒頭に称徳天皇と道鏡の好色説話を置き,花山院と馬内侍,後冷泉院と源隆国にまつわる逸話など,天皇に関する好色秘話を含むことにもその一端 ...
47. 古本説話集
世界大百科事典
含み,また,《今昔物語集》所収説話と一致をみせる説話をも含んでいる。これは,これらの書物が直接,間接に源隆国《宇治大納言物語》を編纂資料としていると考えることに ...
48. こほんせつわしゅう【古本説話集】
国史大辞典
愛憎などの諸相が詳しく描出されている。文体は王朝の物語文学に近い和文脈であり、内容は散佚した源隆国の『宇治大納言物語』の系統をひくものと推測されている。長く埋も ...
49. 今昔物語集
日本大百科全書
っけげんき)』『俊頼髄脳(としよりずいのう)』が主要な確実な資料である。また、現在伝わらない源隆国(たかくに)作の『宇治大納言(うじだいなごん)物語』や、いくつ ...
50. 今昔物語集
世界大百科事典
の一部を残す説話を含めて,1059話を収録。 編者と成立 《宇治拾遺物語》の序に,宇治大納言源隆国(みなもとのたかくに)が納涼のために宇治平等院の南泉房(なんせ ...
「源隆国」の情報だけではなく、「源隆国」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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