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  11. 出雲国風土記
国史大辞典
出雲国風土記
いずものくにふどき
和銅六年(七一三)五月二日、元明天皇によって風土記撰進の詔が出され、諸国から奏進された解文の一つとされる。巻首の総記から巻末の署名まで完全に存する唯一の風土記。一巻。天平五年(七三三)二月三十日の年紀を帯び、勘造者は出雲国秋鹿郡の神宅臣金太理、責任者は出雲国造で意宇郡大領外正六位上勲十二等の出雲臣広嶋。昭和二十五年(一九五〇)藪田嘉一郎『出雲風土記剥偽』によって本書は延長三年(九二五)以後の偽撰とされたが、これが契機となって本書の研究が俄かに進み、同二十八年平泉澄監修『出雲国風土記の研究』によって偽撰説が否定された。ただし天平五年が和銅の詔から二十年もへだたっており、一方、『常陸国風土記』や『播磨国風土記』が和銅の詔よりおそらく数年を出でずして成立したと認められることなどから、本書を再撰とみる説もある。内容は出雲国の地勢、広さ、国名地名の由来をはじめ、行政上の区画、郷里の状況、各地の伝説、駅家の配置、社寺の列名、山野河海の形勢、道路橋梁の設備、港の収容力、動植物の分布、正倉の配置、郡家より各地への里程などを載せ、最後に道度、軍団・烽・戍の所在を記している。神話には八束水臣津野(やつかみずおみつの)命の国引きをはじめ天の下造らしし大神大穴持(おおなもち)命の所伝などに記紀と異なった特色がある。本書の古写本として管見に入ったのは約五十であるが、系統は四類に大別される。その一は細川本で、これは慶長二年(一五九七)十月十二日という奥書の明らかな最古写本である。その二は倉野本で、書写年代も細川本と前後し、系統も両者は祖本を共通にする従兄弟またはそれに類する並列関係と思われる。その三は岸崎時照の『出雲風土記鈔』に代表される系統、その四は『万葉緯』所収本の系統である。細川本・倉野本・日御碕神社本・万葉緯本の影印が『出雲国風土記諸本集』と題して刊行されている。刊本として千家俊信『訂正出雲風土記』をはじめ『続群書類従』雑部、『出雲国風土記の研究』『日本古典文学大系』二、『日本古典全書』『神道大系』古典編七、『日本古典文学全集』五所収本などがある。
[参考文献]
内山真竜『出雲風土記解』、後藤蔵四郎『出雲国風土記考証』、加藤義成『出雲国風土記参究』、水野祐『出雲国風土記論攷』、田中卓『出雲国風土記の研究』(『田中卓著作集』八)、秋本吉郎『風土記』解説(『日本古典文学大系』二)、植垣節也『風土記』解説(『日本古典文学全集』五)、荻原千鶴『出雲国風土記』解説(『講談社学術文庫』)、『群書解題』二一
(田中 卓)

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33. あのぐん【安濃郡】 : 安濃郡/(二)
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41. あらわいじんじゃ【阿羅波比神社】島根県:松江市/松江城下/外中原町
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43. あわだにむら【粟谷村】島根県:飯石郡/三刀屋町
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44. あんだむら【案田村】島根県:飯石郡/三刀屋町
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45. いいしぐん【飯石郡】
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46. いいしぐん【飯石郡】島根県
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山陽を結ぶ交通の大動脈となっている。「和名抄」東急本国郡部は「伊比之」と訓じる。〔古代〕「出雲国風土記」の飯石郡飯石郷に「本の字は伊鼻志」とあり、同郷内に祭神伊 ...
47. いいしごう【飯石郷】島根県:出雲国/飯石郡
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「和名抄」所載の郷。諸本とも訓を欠くが、郡名に従いイイシとする。「出雲国風土記」によれば飯石郡七郷の一つで、郡家の東一二里に郷長の家があり、地名は伊 ...
48. いいしじんじゃ【飯石神社】島根県:飯石郡/三刀屋町/多久和村
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