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  11. 寛永諸家系図伝
国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
寛永諸家系図伝
かんえいしょかけいずでん
「しょか」は「しょけ」と読む人もある。寛永年間(一六二四―四四)に江戸幕府が編修した系譜の書。仮名本・真名本各百八十六冊。松平氏・清和源氏・平氏・藤原氏・諸氏の五種、および医者・同朋・茶道の三類に分類して収めてある。寛永十八年二月七日に、「諸大名家々之系図相尋、記〓之、可〓差上〓旨」の上意が太田備中守資宗に通達され、同人が総裁となり、林羅山・鵞峯を編集責任者として事業が進められた。まず、諸大名および幕府旗本より系図・家譜などの資料を提出させ、その真偽判定には主として羅山・鵞峯があたった。同十九年三月十日に、金地院元良以下が応援参画し、その分担は、清和源氏之部は羅山・鵞峯・見樹院立詮、藤原氏之部は金地院元良・五山衆・大橋重政、諸氏之部は堀正意(杏庵)、平氏之部は人見卜幽・辻了的・小島重俊とした。また、数日後には、那波道円(活所)が編修に参加している。草稿は、これらの人によって執筆されたが、事務上のことは、最初太田資宗の家臣河野春寮が専心したが、同十八年十一月には、幕府書物奉行の西尾正保・関正成・星合具教・三雲成賢が掛りを命ぜられた。草稿の浄書は評定所においてなされ、右筆衆その他筆生が多数動員された。同二十年九月十七日に仮名本・真名本計三百七十二巻が献上された。内閣文庫に仮名本百八十六冊(献上本)その他が架蔵され、真名本百八十六冊は献上時に日光東照宮に納めた(真名本は重要文化財)。真名本の序文は、羅山が草し、『羅山先生文集』四八に収録している。この編修は、短期間に完成しなければならなかったので、誤りの訂正が不充分であったこと、提出資料に左右されて繁簡適切でない点もあるが、初期の幕府としては大規模な編修事業であって、後代に影響するところ大であった。昭和五十五年(一九八〇)より内閣文庫所蔵仮名本の活字本刊行中。
[参考文献]
『内閣文庫未刊史料細目』下、柴田実「江戸幕府の修史事業について」(史学会編『本邦史学史論叢』下所収)、日下寛「寛永諸家系図伝考」(『史学会雑誌』一四)
(山本 武夫)


日本大百科全書
寛永諸家系図伝
かんえいしょかけいずでん

江戸幕府が寛永年間(1624~44)に編集した大名、旗本の系図集。1641年(寛永18)に着手し43年に完成した。林羅山(はやしらざん)を中心に数十名の学者や僧侶(そうりょ)が編集に従事した。諸家から提出させた家譜を資料として編集を進め、仮名本、真名(まな)本各186冊を完成した。日本最初の武家系図の集大成であり、また江戸幕府の大規模な編集事業の最初の成果である。その献上本は国立公文書館と日光東照宮に保存されている。
[福井 保]



改訂新版・世界大百科事典
寛永諸家系図伝
かんえいしょけけいずでん

寛永年間(1624-44)に江戸幕府が編修した系譜集。仮名本・真名本各186冊。清和源氏・藤原氏・平氏・諸氏の4類,および医者・同朋・茶道に分け収録。1641年2月7日に太田資宗が諸家の系図を編修し差し上ぐべき旨の上意をうけ,同人が総裁,林羅山・鵞峰が編集責任者となり事業を推進,43年9月17日に両本都合372巻が献上された。献上の仮名本(続群書類従完成会より活字本刊行中)は内閣文庫に,真名本(重要文化財)は日光東照宮に所蔵されている。
→寛政重修(ちょうしゅう)諸家譜
[橋本 政宣]

[索引語]
太田資宗 系図 林羅山 林鵞峰
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1. 寛永諸家系図伝
日本大百科全書
江戸幕府が寛永年間(1624~44)に編集した大名、旗本の系図集。1641年(寛永18)に着手し43年に完成した。林羅山(はやしらざん)を中心に数十名の学者や僧 ...
2. かんえいしょかけいずでん[クヮンエイショカケイヅデン]【寛永諸家系図伝】
日本国語大辞典
江戸前期の大名・旗本・御家人らの系図集。一八六巻。徳川幕府編。寛永二〇年(一六四三)成立。諸家から提出させた系図を、林羅山らが検閲・分類したもの。初の武家の総合 ...
3. かんえいしょかけいずでん【寛永諸家系図伝】
国史大辞典
』下、柴田実「江戸幕府の修史事業について」(史学会編『本邦史学史論叢』下所収)、日下寛「寛永諸家系図伝考」(『史学会雑誌』一四) (山本 武夫)  ...
4. 寬永諸家系圖傳(かんえいしょかけいずでん)
古事類苑
姓名部 洋巻 第1巻 385ページ ...
5. 寛永諸家系図伝
世界大百科事典
寛永年間(1624-44)に江戸幕府が編修した系譜集。仮名本・真名本各186冊。清和源氏・藤原氏・平氏・諸氏の4類,および医者・同朋・茶道に分け収録。1641年 ...
6. 『寛永諸家系図伝』
日本史年表
辛巳〉 2・7 幕府、太田資宗らに 『寛永諸家系図伝』 の編纂を命じる(江戸幕府日記)。 1643年〈寛永20 癸未〉 9・25 太田資宗、 『寛永諸家系図伝』 ...
7. 浅野氏画像
日本大百科全書
、その弟光時や子孫はみな浅野氏を称したという。(1)安芸(あき)広島浅野氏 広島藩主。『寛永諸家系図伝』などは、光時の後裔(こうえい)とするが信ずるに足りない。 ...
8. あさのし【浅野氏】画像
国史大辞典
同郡浅野村に拠って浅野判官と称し、弟光時とともに子孫はみな浅野氏を称した。江戸時代浅野侯の祖は『寛永諸家系図伝』その他によると、光時の玄孫頼隆の後裔長勝に起ると ...
9. あしくらむら【芦倉村】山梨県:中巨摩郡/芦安村
日本歴史地名大系
東は駒場村(現白根町)、南は安通村と奈良田村(現早川町)。名取将監は当地に居住し、武田信玄に仕えたという(寛永諸家系図伝)。将監との関係は不明だが、名執(名取) ...
10. あしやじんやあと【芦屋陣屋跡】兵庫県:美方郡/浜坂町/芦屋村
日本歴史地名大系
加増され、二方郡全域と気多郡内四ヵ村の合せて約一万三千石を領有することとなったが(以上「寛永諸家系図伝」「但馬国国主城主覚」など)、この頃に陣屋を当地から清富に ...
11. あまがさきじょうあと【尼崎城跡】兵庫県:尼崎市/尼崎城下
日本歴史地名大系
八日織田信長は摂津の地を池田恒興(信輝)、之助・輝政父子に与え、輝政は尼崎の城に入った(寛永諸家系図伝)。本能寺の変後の同一一年五月二五日、羽柴秀吉は池田父子を ...
12. あんきゅうじ【安休寺】愛知県:幡豆郡/一色町/一色村
日本歴史地名大系
延文二年(一三五七)一色有義(真西)を開基とする。有義は吉良満義の子で、一色・岡山・永吉らの祖として「寛永諸家系図伝」にみえる。父満義が延文元年に没したので、そ ...
13. あんどうし【安藤氏】画像
国史大辞典
安藤氏の出自は、『寛永諸家系図伝』によれば清和源氏頼清にあるとして、信濃に住む安藤太郎長基を安藤氏の初代に立て、天文九年(一五四〇)討死の家重に及んでいるが、 ...
14. いたみし【伊丹市】兵庫県
日本歴史地名大系
進めたが、同七年謀反の疑いを受けたことから信長に反逆して没落、代わって池田之助が入城した(寛永諸家系図伝・池田家履歴略記)。〔近世〕全域が川辺郡に属した。天正一 ...
15. いちぶむら【都部村】千葉県:我孫子市地図
日本歴史地名大系
これら旗本知行所のほかに、慶長九年(一六〇四)旗本井関氏が「市分村」を与えられたという(寛永諸家系図伝)。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では都部村とし ...
16. いっ‐とう【一統】
日本国語大辞典
海内無為」*黒本本節用集〔室町〕「一統 イットウ 天下一統」*羅山先生文集〔1662〕四八・寛永諸家系図伝序「自非〓太平一統明之時 ...
17. いなとみほ【稲富保】京都府:与謝郡/岩滝町/弓木村
日本歴史地名大系
負う稲富直家がおり、弓木城を居城としたが、彼の三代前山田氏某が初めて弓木城主となってのち稲富氏を称した(寛永諸家系図伝)というから、直家から一三〇年以前の田数帳 ...
18. いのかしらむら【猪頭村】静岡県:富士宮市
日本歴史地名大系
ている。大橋は地内大橋付近に比定される。元亀元年(一五七〇)七月一〇日の武田家朱印状写(寛永諸家系図伝)によれば、武田氏は大宮在城を賞して富士浅間社(富士山本宮 ...
19. いまおおじし【今大路氏】画像
国史大辞典
それが持高となる。柳間、乗輿・白無垢を許され、槍を立てる。葬地は渋谷(はじめ麻布)祥雲寺。『寛永諸家系図伝』では橘を家紋とするが、のち、四目結・笹竜胆・五七桐と ...
20. いわてぐん【岩手郡】岩手県
日本歴史地名大系
柄・栃内の各氏、安倍氏の後裔を名乗る一方井氏・米内氏らが勢力を伸ばした。また戸沢氏系譜(寛永諸家系図伝)によれば、戸沢氏初代の衡盛は「磐手郡滴石庄戸沢郷に住す」 ...
21. うら‐もん【裏紋】
日本国語大辞典
替紋(かえもん)。〓表紋。*寛永諸家系図伝(真名本)〔1641〜43〕甲八・酒井「家紋、丸内鳩酸草、裏紋、沢潟」 ...
22. 江戸時代(年表)
日本大百科全書
41(寛永18)このころ芸能界における家元制度ほぼ固まる1643(寛永20)9月 幕府『寛永諸家系図伝』を作成1648(慶安1)松永尺五、尺五堂を開塾1649( ...
23. えどばくふしょうぐんけ【江戸幕府将軍家】 : 松平氏/(一)
国史大辞典
(一)江戸幕府将軍家  『寛永諸家系図伝』『朝野旧聞〓藁』『徳川実紀』『寛政重修諸家譜』など江戸幕府自身が編纂した資料によれば ...
24. おおさかじょうあと【大坂城跡】大阪府:大阪市/大坂三郷地図
日本歴史地名大系
伊勢亀山(五万石)から五万石の加増を受けて一〇万石の大名として大坂に入封した。この忠明を大坂城主とする説(寛永諸家系図伝)と、城代とする説(譜牒余録)がすでに江 ...
25. 太田資宗
世界大百科事典
41年,大名,旗本諸家の系図編集にあたっては,総奉行として全体を監し,372巻を奉呈した(《寛永諸家系図伝》)。北島 正元 ...
26. おおたすけむね【太田資宗】画像
国史大辞典
の諸大名に将軍の命を伝えた。同年三河西尾城に転封し、すべて三万五千石を領した。十八年、『寛永諸家系図伝』三百七十二巻の編修を奉行し、滞りなく完成した。ついで正保 ...
27. おおた-すけむね【太田資宗】
日本人名大辞典
へて,正保(しょうほ)元年遠江(とおとうみ)(静岡県)浜松藩主太田家初代。3万5000石。「寛永諸家系図伝」を編集した。延宝8年1月22日死去。81歳。初名は康 ...
28. おおたほ【太田保】富山県:富山市
日本歴史地名大系
化が進んだとみられる。太田氏の祖は京都山科(現京都市山科区)の豪族宮道氏で(「蜷川系図」寛永諸家系図伝)、「今昔物語集」などには藤原北家の高藤と宮道弥益の娘との ...
29. おおはししげまさ【大橋重政】
国史大辞典
四歳で右筆となり同十一年家督をつき、右筆吟味役、寛文八年(一六六八)評定所出仕となる。『寛永諸家系図伝』仮名序、幕府公用文のほか将軍の手本をよく執筆し、その書法 ...
30. おしじょうあと【忍城跡】埼玉県:行田市/行田町地図
日本歴史地名大系
綱(大河内久綱の実子)が入部した。信綱を忍藩初代とする。所領は武蔵・上野・相模で三万石(寛永諸家系図伝・寛政重修諸家譜)、忍周辺は埼玉・大里・幡羅の三郡の一四村 ...
31. おちゃやごてんあと【御茶屋御殿跡】千葉県:千葉市/若葉区/中田村地図
日本歴史地名大系
寛永元年(一六二四)小栗信友が東金御離館および土気茶亭(現緑区)構造奉行に任じられ赴任しているので(「寛永諸家系図伝」など)、この時が創築であった可能性がある。 ...
32. おっことむら【乙事村】長野県:諏訪郡/富士見町
日本歴史地名大系
名の初見。「家忠日記」の天正一〇年八月の条に「三日、戊子おつこつ迄取出陣はり候」とあり、寛永諸家系図伝には、同年、乙事を中心に徳川家康と北条氏直が対陣したことを ...
33. かこがわむら【加古川村】兵庫県:加古川市/旧印南郡地区
日本歴史地名大系
鷺森別院文書)。天正六年八月一五日、山内一豊は加古口で別所方の石野越中守と合戦に及んだ(寛永諸家系図伝)。慶長国絵図には「加子村」とみえる。正保郷帳には加古川村 ...
34. かこぐん【加古郡】兵庫県
日本歴史地名大系
を遮断するため、加藤光泰を多胡草(蛸草、現稲美町)に配備して、糧道を断つことに成功した(寛永諸家系図伝)。この戦いで当郡の尾上城・野口城(現加古川市)は三木城の ...
35. かさいじようあと【葛西城跡】東京都:葛飾区/青戸村地図
日本歴史地名大系
台合戦に際し、葛西城主である富永神四郎直勝が太田方の先陣を勤めている(豆相記・鴻台後記・寛永諸家系図伝・干城録)。北条氏康・氏政らは葛西筋より国府台(現千葉県市 ...
36. かしわばらむら【柏原村】長野県:茅野市
日本歴史地名大系
、甲斐の国を占領した徳川家康軍を討つべく北条氏直の大軍が役行者越で柏原に入って来ており、寛永諸家系図伝には「北条ハ四万三千騎を引ひて、梶賀原に陣す」と記されてい ...
37. かつしかぐん【葛飾郡】東京都:武蔵国
日本歴史地名大系
永禄七年の第二次国府台合戦では、同年一月葛西城主富永直勝が先陣を勤め(豆相記・鴻台後記・寛永諸家系図伝・干城録)、北条氏康・氏政らは、葛西筋より国府台へ東進し、 ...
38. かなまちむら【金町村】東京都:葛飾区地図
日本歴史地名大系
る。本田氏の金町領有は続き、永禄一二年北条氏政は本田正家に父正勝の遺領相続を認めている(寛永諸家系図伝)。天正一二年(一五八四)と推定される一一月二九日の某局書 ...
39. 家譜
日本大百科全書
由緒書(ゆいしょがき)などとよぶ。公卿(くぎょう)の家譜は古代からつくられていた。近世になって江戸幕府は『寛永諸家系図伝』『寛政重修(ちょうしゅう)諸家譜』など ...
40. かんえい・けいあんき【寛永・慶安期】
国史大辞典
。一つは一般的に幕藩制国家体制をいっそう強く緊めることであった。そのために、寛永十八年『寛永諸家系図伝』の編纂を開始し、正保元年には諸国郷村高帳・国絵図・諸城の ...
41. かんえいぶんか【寛永文化】 : 近世
国史大辞典
、日本の共通語が熟成されることになった。さらに、政治的統制の新文化として、『本朝通鑑』『寛永諸家系図伝』などの歴史書、各国の国絵図、各藩の土地明細録などの地理書 ...
42. 寛政重修諸家譜
日本大百科全書
江戸幕府が寛政~文化(ぶんか)年間(1789~1818)に編集した武家系図集。幕府は『寛永諸家系図伝』を補訂、続修するため、1799年(寛政11)に本書の編集に ...
43. かんせいちょうしゅうしょかふ[クヮンセイチョウシウショカフ]【寛政重修諸家譜】
日本国語大辞典
江戸後期の大名・旗本・御家人らの系図集。一五三〇巻。徳川幕府編。文化九年(一八一二)成立。「寛永諸家系図伝」を全面的に改訂し、新たに諸家に寛政一〇年(一七九八) ...
44. かんせいちょうしゅうしょかふ【寛政重修諸家譜】
国史大辞典
た系譜の書。千五百二十巻目九巻序・条例一冊(千五百三十冊)。文化九年(一八一二)完成。『寛永諸家系図伝』編集の後、『譜牒余録』を経て、系譜の補筆改訂の動きが寛政 ...
45. 寛政重修諸家譜
世界大百科事典
寛政年間(1789-1801)に江戸幕府が編修した系譜集。1530冊。1812年(文化9)完成。《寛永諸家系図伝》の続集を編修する意図のもとに着手されたが,途中 ...
46. きんせい【近世】画像
国史大辞典
、日本の共通語が熟成されることになった。さらに、政治的統制の新文化として、『本朝通鑑』『寛永諸家系図伝』などの歴史書、各国の国絵図、各藩の土地明細録などの地理書 ...
47. 近世の日本・日本近世史 236ページ
東洋文庫
後年『四書集註抄』を著わしている。先ず羅山には、『本朝通鑑』の前身である『本朝編年録』および『寛永諸家系図伝』その他の編があり、その子鷲峰には『大日本史』となら ...
48. くろいじょうあと【黒井城跡】兵庫県:氷上郡/春日町/黒井村
日本歴史地名大系
氷上郡、天田郡・何鹿郡(現京都府)などの所領を安堵している(同年三月日「織田信長朱印状」寛永諸家系図伝)。当初はほかの丹波国衆とともに赤井・荻野氏と織田政権の関 ...
49. くろだし【黒田氏】画像
国史大辞典
邑久郡福岡(岡山県邑久郡長船町)に移り住んだというが、前後の年数に比べて代数が足りず、『寛永諸家系図伝』『寛政重修諸家譜』には高宗から重隆までその間中絶すとある ...
50. くろだし【黒田氏】 : 黒田氏/(一)
国史大辞典
邑久郡福岡(岡山県邑久郡長船町)に移り住んだというが、前後の年数に比べて代数が足りず、『寛永諸家系図伝』『寛政重修諸家譜』には高宗から重隆までその間中絶すとある ...
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