JKボイス お客様の声知識の泉へ
ジャパンナレッジを実際にご利用いただいているユーザーの方々に、その魅力や活用法をお聞きしました。
先端を行くナレッジピープルによる数々のジャパンナレッジ活用術の中に、あなたの知識探索生活をさらに豊かにするヒントが隠されているかも知れません。法人のお客さまの導入事例としても、興味深いエピソードが盛りだくさんです。
2003年12月

JKボイス-私はこう使っています:ジャパンナレッジ メディアリテラシーを身に付ける最良の方法

小笠原 喜康さん
(おがさわらよしやす)
日本大学文理学部教授
 ネット社会において、メディアリテラシーの重要性を説く小笠原氏は、インターネットを駆使して論文をまとめるための指南書『大学生のためのレポート・論文術 インターネット完全活用編』(講談社現代新書)の著者でもある。インターネット時代に求められるメディアリテラシーと、リテラシー獲得のためのインターネット上の辞事典活用法を聞いた。

IT教育の落とし穴

 私の専門は教育論なのですが、その立場から言えば、現在、学校で行われているIT教育は間違いだらけです。小中学校でもコンピュータの導入が本格化し、高校ではIT実習が必修になりました。しかし、そこで行われているのは技術者を育てるための教育なのです。本来はコンピュータを、さまざまな目的のために有効活用する「使い方」を教えるべきなのに、相変わらず二進法のことやデータベースの仕組みなどといったことが中心になっている。まさに“情報技術科”の授業なのです。それは、たとえて言うなら、自動車の運転技術を教えなければならないのに、内燃機関の仕組みを教えているようなものです。

 「インド人はプログラムが書けて日本人は書けない。だからダメなんだ」という発想が根強くありますが、これもいかがなものでしょう。よく考えてみると、そのインド人にプログラムを書かせているのはアメリカ人なのです。日本は今後の方向性として、プログラムを書くインド人になるべきなのか、それとも書かせるアメリカ人になるべきなのか、といった視点が抜け落ちています。

 こんな現状では、いま求められているメディアリテラシーを身に付けた人材が育つわけがありません。パソコンが一般化してきて十数年経ちますが、当初は画一的な使い方しかできなかったコンピュータが、さまざまなことに活用され始めてきている。インターネットが登場してさらにそれは加速されました。一人一台の時代がくれば、使い方の多様化はますます加速します。利用者のスタイルはどんどん変わり、思いもよらなかった使い方をする人も現れてくるでしょう。そこで大切なのは先ほども言った“リテラシー”を身に付けさせるための教育です。

頭の中で「知識」をネットワーク化するには?

 そうした考えからまとめたのが、著書『大学生のためのレポート・論文術 インターネット完全活用編』です。「ジャパンナレッジ」や「ネットで百科」など知識データを活用するための情報をまとめたのですが、辞書や事典類は、頭の中で知識をネットワーク化する際に非常に有効だということを強調しています。

 論文やレポートを書くうえで、まずやらなければならない作業は、テーマに関する言葉を国語辞典で調べてみることです。そこでテーマに関する断片的な理解を得ることができます。その結果を「情報カード」に書き記していきます。重要と思われる項目や関連情報などを、手を使って書き記していくのです。このとき、“手を使って”というのがキーポイントです。手を使って書くことで確実に記憶に留めることができるようになりますから。

 次に、それらの得られた概念をネットワーク化するために、百科事典で調べます。できれば、画面から読むのではなくプリントアウトして読み込んでください。この作業により断片的/個別的であった知識が、よりはっきりした輪郭を持ち始めます。その際、関連する項目のページを次から次に開いて、知識を拡張させます。ジャパンナレッジの百科事典は、右側に関連項目が抜き出してありますが、まだまだ数が少なく感じます。本文中からもリンクが張られていると、より使い勝手が向上すると思います。

 さらに、ある程度の基礎知識ができたうえで、専門辞書などを使う作業へと移行していくのです。

 こうしてまとめてみると、「なんだあたり前のことじゃないか」と思われがちなのですが、実際にやってみると、自分の知識がいかにあやふやであったかを思い知らされることになります。「知っている」ことと「理解している」ことは違います。きちんと理解するためには、こうした作業が欠かせないのです。

 最近の学生は、実は辞書を引く機会が増えました。紙と鉛筆で論文を書いていたときは、自分の頭の中にあるボキャブラリーだけで完結させようとしましたが、インターネットを日常的に使うようになると、自分のボキャブラリーだけでは処理できなくなってしまう。さすがに紙の辞書を使う姿は見かけませんが、電子辞書をコンピュータの横に置いて論文を書いたり、授業を受けるというのは日常の風景になっています。

 論文のテーマも画一的でなくなってきているように感じます。生徒の関心が広がり、現代的な問題を扱ったテーマが格段に多くなった。つまり、資料化された古い情報ではなく、現在生起しているナマの情報を素早く簡単にインターネットから収集できるようになった成果でしょう。その点、「ジャパンナレッジ」の情報は、新しいものに対応しているので便利です。

 今後、処理しなくてはならない情報量はどんどん拡大し、事典や辞書の有効性はますます高まっていくでしょう。携帯電話などで、いつでもどこでも、思い立ったときに事典・辞書が引けるような世の中は、そう遠い先の話ではないのかもしれません。そうなると、「知識人」の意味も変わってくるでしょう。なにしろ誰もが「ものしり博士」を雇っているようなものですから。昨今、学生の学力低下が叫ばれていますが、私はそうは思いません。思考の方法や知識に対する考え方が大きく変わってきているのです。新たな「知の時代」に、いま入りつつあるのです。それは、グーテンベルク以来最大の、知の革命の時代なのです。