百科事典は、その社会の知的関心を反映しています。ですから、日本の事典と海外の事典に映し出される世界像が違っているのは当然です。
たとえば、明治維新とアメリカの南北戦争はほぼ同じ時期に発生した重大な政治的事件ですが、英語版の『ブリタニカ』はアメリカ南北戦争の記述に日本の明治維新(Meiji Restoration)の数倍のスペースを割いています。日本の事典ではこの関係が逆転します。その国の人々が日本の何に関心を持っているか、あるいは、日本人をどんなふうに見ているかも、その国の百科事典から垣間見えてきます。
海外百科の日本版をつくるときは、日本の読者のニーズに応えられるよう、日本関係の項目を増やしたり、記述を充実させています。しかし、それでも生まれは争えないというのがふつうです。『ブリタニカ』の国際版も、近年登場した『エンカルタ総合大百科』も、やはりもとの社会の知的興味を引きずっているといえます。ただ、それを日本の事典になりきっていないと見るよりは、それぞれの事典の個性を知って利用することが大事だと思います。たとえば、南北戦争について詳しく知りたければ、『エンカルタ総合大百科』には、主要な戦線での両軍の配置図まで出ています。
以前、私は『EOJ』『Japan: An Illustrated Encyclopedia』という、英文百科事典の編集に関わっていました。『Japan』は全9巻の『EOJ』の簡約改訂版で、ジャパンナレッジのワンルック・ソースに入っている電子版はこれをもとにしています。『EOJ』は、日本の出版社が日本を海外に紹介するために企画したものですが、初期はおもにアメリカで編集作業をしていました。ですから、向こうで用意した原稿が東京に送られてきたときは、日本側編集スタッフの目から見るとギョッとするような記述もかなり混じっていました。「harakiri」(切腹)について、「腹部を一文字に切り開き、内臓をわしづかみにして撒き散らす」などと、古典の中の描写を長々と記したものもあったりして……(笑)。もちろん、そういうものは日本での編集作業で改めましたが、今でも、「harakiri」や「geisha」(芸者)については日本のほかの事典よりよほど詳しくのっているはずです。具体例として「武士道」を見ると、『日本大百科全書(ニッポニカ)』でもかなりのスペースが割かれていますが、『EOJ』ではさらに分量を使い、武蔵の『五輪の書』まで引き合いに出して説明しています。
最近では日本への関心も、かつてのように伝統文化や美術中心でなく、現代日本の政治・経済・社会などに広がっています。編集部でもそうした面を取り入れるよう努めましたが、全体としてはやはり外国人、とくにアメリカ人が関心のある分野が手厚くなっています。日本のほかの百科事典と項目の立て方や内容もずいぶん違います。同じ項目を比べて読んでみると、とても面白いことを発見することもよくありまうす。『EOJ』の中に“エキゾチック・ジャパン”が発見できるかもしれません。そういう意味で、『EOJ』を日本語の代表的な辞事典と同時に一括検索して読み比べられるジャパンナレッジの「One Look」検索は、ひじょうに楽しめるのではないかと思います。
このほか、もっと実際的な使い方として辞書的に使うこともできます。例えば、「雛祭」をワンルックすると「EOJ」のDoll Festivalが出てきます。これをクリックして本文を見れば、「雛祭」を英語で説明するときに必要な用語や表現をチェックすることができます。
ジャパンナレッジのサイトは、ちょっとした図書館並みのリファレンス・コーナーをパソコンの画面上に構築したものといえます。『EOJ』の編集に関わってきた者として、『EOJ』を活用していただける機会がこういう形で実現したことは、本当にうれしいですね。
それだけでなく、ジャパンナレッジはネット上のさまざまなサイトとリンクしています。調査のツールとしてだけでなく、知的遊具としても面白く使えるのではないかと思っています。たとえば、「パンとサーカス」というキーワードについて調べていたとき、ニッポニカの「ローマ史」からさらに8つのサイトへリンクしていました。中には、コロッセオの画像が楽しめるサイトや、歴代ローマ皇帝の人気投票ができるサイトもあったり、なぜか「お勧めの温泉宿」に飛んでしまうことまであったり……(笑)。辞事典の中で関連する項目を次々と読んでいく、いわゆる「探索型」の読み方が簡単になったばかりか、関連サイトまで好奇心を飛ばしていけるわけです。いわば、百科事典という知的財産を核として、ネット上での“知的遊泳”が可能になったということです。もちろん、ジャパンナレッジのサイトの質を保つためには、リンク先のサイトの質をしっかり査定することが必要です。その点での苦労はあると思いますが、検索できる辞事典はもちろん、リンクできるサイトも今後、どんどん増やしてほしいと思います。そうすれば、遊泳できる空間がそれだけ広がるわけですし、ジャパンナレッジの遊具としての価値も増すのではないでしょうか。