医薬品(薬物)を用いて各種疾患を治療する方法。
薬物療法は人類の歴史とともに進化してきた。古代社会や未開社会においては、疾患(悪霊)を体外に出すために呪文を唱える祈祷(きとう)師などが存在していたが、同時に、日ごろの経験則から薬物の原型となる植物・動物・鉱物など自然界にあるものが用いられていた。その後、欧米を中心に、それらの自然界にあるものから、害が少なく、より効き目のある成分(有効成分)が抽出・化学合成されるようになり、さらには抗体医薬、生物学的製剤、遺伝子治療薬など新しい治療薬が医学や薬学の発展とともに生み出され、進化してきた。
一方、中国では欧米とは異なり、自然界にある薬効を有するもの(多くは植物由来)を、精製することなく生薬として用いる薬物療法(体質改善を目的とした漢方医学)が独自に発展し、日本にも漢方医学の形で伝わった。中国のほかにも、世界各地に自然由来の薬効を有する物質をベースとした薬物療法の原型をみることができる。
現在使用されている薬物は、投与方法により内用薬、外用薬、注射薬に大別される。
内用薬(内服薬)には、その形状から錠剤、カプセル剤、散剤・顆粒(かりゅう)剤、内服液剤・シロップ剤などの製剤があり、経口的に投与された後におもに小腸から吸収され、肝臓を経由して全身循環血に運ばれ、目的とする臓器や組織へ到達して薬効を発揮する。
外用薬には、皮膚や粘膜などに用いる外皮用剤(パップ剤、テープ剤、軟膏(なんこう)・クリーム剤、外用液剤・ローション剤など)、眼(め)に用いる点眼剤、鼻に用いる点鼻剤、うがい薬としての含嗽(がんそう)剤、肛門に挿入する坐剤、口腔(こうくう)や鼻から吸入する吸入剤などがあり、大部分は人体の局所の炎症、発疹、痛みなどの治療に用いられる。外用薬の製剤のなかでも、解熱鎮痛作用を有する坐剤は局所の痔(じ)疾患以外にも、内服がむずかしい嚥下(えんげ)困難な幼児や高齢者の解熱鎮痛にも有用であり、かつ内服で生じる胃腸障害を軽減する目的でも使用されている。また吸入剤は、肺疾患に対して口腔より吸入することで、直接気道や肺に作用するため、内服薬において生じうる全身性の副作用を軽減できる特徴を有している。
注射薬として用いられる製剤には、注射針を用いて皮下に投与する皮下注製剤、筋肉内に投与する筋注製剤、静脈内に直接投与する静注製剤などがある。注射薬は、直接体内に投与されることで、内服薬などの経口投与に比べて効果発現が速いという特徴がある一方、注射部位からの感染など全身性副作用が生じやすく、注射部位での反応(発疹、発赤、疼痛(とうつう)など)も起こる可能性がある。
薬物療法においては、個々の疾患に対して最大限の有効性と安全性が求められており、そのために、使用する薬物の体内動態(吸収・分布・代謝・排泄(はいせつ))を確認し(薬物動態学)、作用部位において薬物が疾患にどのように効果を発揮するかを評価すること(薬力学)が必要である。たとえば薬物動態学での確認で、体内への吸収が悪い、あるいは肝臓などで代謝されやすく本来有している効果が減弱する薬物は、内服薬としては不向きである。また、疾患治療として目的とする臓器・組織に到達(分布)しない薬物は、治療薬としては不適格といえる。
現在、臨床現場における疾患治療においては、薬物療法のほかに手術などの外科療法、放射線療法、運動療法、食事療法など(非薬物療法)があり、疾患の種類によりこれらを単独または併用して治療が行われている。
一般的に各種疾患、とくに内科的疾患の治療では、薬物療法を中心に行う場合と薬物療法が補助的な位置づけとなる場合がある。薬物療法が中心となるおもな疾患としては、肺炎などの感染症があり、それに対応した各種抗菌薬が用いられている。抗菌薬を用いた薬物療法では、まず患者の炎症などの臨床症状(自覚および他覚症状)や血液などの臨床検査結果、あるいはX線などによる画像診断などから感染症の存在、感染病巣、さらには感染症の原因となっている病原微生物を特定した後に、該当する微生物に対しもっとも優れ、かつ感染病巣への薬剤移行性の高い抗菌薬を選択する必要がある。
一方、薬物療法が補助的な位置づけとなるおもな疾患としては、高血圧症や糖尿病などの、いわゆる生活習慣病があげられる。これらの疾患は日ごろの生活習慣(食事、運動、休養、喫煙、飲酒など)が発症要因の一つとされており、疾患の種類や重症度にもよるが、まずは食事療法や運動療法を基本として、効果不十分な場合に薬物療法が行われるのが一般的である。たとえば高血圧症は、食塩の過剰摂取、肥満、運動不足などが発症要因としてあげられていることから、これらを改善するために日ごろの食生活における減塩などの食事療法、有酸素運動などの運動療法が基本となり、それらが効果不十分な場合に降圧薬を用いた薬物療法が行われている。また、糖尿病には、膵臓(すいぞう)から分泌され糖代謝を調節しているインスリンの欠乏によって起こる1型糖尿病と、日本人の糖尿病患者の大部分を占めている2型糖尿病(なんらかの原因でインスリン分泌が減少して発症する)がある。1型糖尿病の治療ではインスリン製剤を用いた薬物療法が基本であるが、過食や運動不足、肥満などの生活習慣が関係している2型糖尿病では、食事療法や運動療法が基本となり、それらが効果不十分な場合に血糖降下薬やインスリン製剤などを用いた薬物療法が行われている。また、近年、増加傾向を示しているがん、とくに大腸がんなどの固形がんに関しては、摘出手術などの外科療法が第一選択となるが、補助的治療として放射線療法および薬物療法が施行されている。