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春雨物語(日本古典文学全集・国史大辞典)
春雨降り続いて今日で幾日やら、静かなうえに趣もある。使いならした筆硯取り出してはみたものの、思いめぐらしてみて、書くべきほどのこともない。物語のさま真似てみるのは初めてのこと、しかしながら、わたしのようにあって甲斐なき者、どのようなことが記せよう
西山物語(日本古典文学全集・国史大辞典・歌舞伎事典)
山城国乙訓郡の松尾村という所に、大森七郎という武士が兄妹三人で住んでいた。妹の名はかへといい、その下の弟は惣次といった。七郎の妻は早く亡くなっていたが、年老いた母が健在で貧しいながらも三人の兄妹で大切に仕えていた。また、同じ村里に、同族で八郎という男
英草紙(日本古典文学全集・国史大辞典)
万里小路藤房卿は宣房卿の子である。幼少から読書を好んで、知識は博く記憶はよく、学は和漢にわたって、才識も富かで、若くして中納言の要職に進んだ。後醍醐天皇が書経の講義を命ぜられたところ、よくその主旨とする意味を解明したので、天皇は深くその才能を愛して
松浦宮物語(日本古典文学全集)
昔、藤原京を都とされた御門の御時、正三位大納言で中衛の大将を兼任しておられた、橘の冬明と申しあげるお方が、明日香の皇女の御腹にただ一人お持ちになっておられた男君、そのお方は、容貌が人よりまさり、思慮・才覚もまことに比類なく成長されているのを
住吉物語(日本古典文学全集)
今は昔、中納言で左衛門督を兼任する方があり、上を二人お持ちで、双方にかけもちでお通いになっていた。一人は世に時めく諸大夫の御娘である。こちらには姫君が二人いらした。中の君、三の君と申しあげた。もう一人は延喜の帝の姫君で、高貴な方であられた
陸上競技(日本大百科全書・世界大百科事典)
走、跳、投の人間の基本三動作から発展したスポーツ各種目(100メートル競走、走高跳び、やり投げなど)を包括した競技。[加藤博夫]2020年4月17日歴史獲物を追って走り、川や岩を跳ぶ、そして獲物に向かってやりや石を投げるなどの動作は、すでに原始時代から存在していたが
近代五種競技(日本大百科全書・世界大百科事典)
競技内容がまったく違うフェンシング、水泳、馬術、レーザーラン(射撃+ランニング)の5競技を一人の選手が1日で行い、総合成績で順位を決める複合競技。オリンピック競技の一つ。なお、陸上競技の1種目である「五種競技」については別項目としている
十種競技(日本大百科全書)
陸上競技のなかの混成競技の一つ。人間の基本動作である走・跳・投の各種目を組み合わせた10種目を2日間で行い、各種目の成績を混成競技採点表によって点数に換算し、その合計点を競う。男子のオリンピック種目で、第1日に100メートル走、走幅跳び、砲丸投げ、走高跳び
不登校特例校(日本大百科全書)
学習指導要領にとらわれず、不登校生の実態に配慮した特別な教育課程をもつ学校。正式名は「不登校児童生徒を対象とする特別の教育課程を編成して教育を実施する学校」で、文部科学大臣が指定する。構造改革特区での規制緩和の一環として、2004年に八王子市の高尾山学園に初めて導入
外国為替及び外国貿易法(日本大百科全書・世界大百科事典・法律用語辞典)
日本の国際取引に関する基本法。略称は「外為法(がいためほう)」。国際取引に対して為替(金融)の側面と貿易(物)の側面の両方からの規律を定めている。1949年(昭和24)制定。昭和24年法律第228号。かつては「外国為替及び外国貿易管理法」と称していたが
モノレール(日本大百科全書・世界大百科事典)
高架に設置された1本のレールを通路として使用しながら走行する旅客輸送鉄道。たいてい2両から6両を1編成とする。ほかの鉄道システムとの相互乗入れは技術的にできない。用地の占有面積が少ないため土地の収用費用は低い。短期間で建設ができる
ブレークスルー賞(日本大百科全書・イミダス)
自然科学分野で画期的な成果をあげた研究者へ贈る賞。2012年、ロシアの物理学者で起業家・投資家でもあるユーリ・ミルナーYuri B. Milner(1961― )の提唱で創設された。基礎物理学、生命科学、数学の3部門がある。グーグルやフェイスブックの創業者らがつくった
釜石製鉄所(日本歴史地名大系)
[現]釜石市鈴子町西に食込む釜石湾奥の西岸に位置する。明治七年(一八七四)二月、工部省工部卿伊藤博文の「陸中国閉伊郡に熔鉱炉を設置」の発議に基づき、同年五月工部省鉱山寮釜石支庁が置かれ、橋野・大橋・栗林、佐比内(現遠野市)の鉱山が官営に移管、翌八年一月工場建設に着手した
アマルナ文書(日本大百科全書・世界大百科事典)
エジプト、カイロの南約312キロメートルにある、第18王朝のアメンヘテプ4世(イクナートン)の都アケト・アテン(アテンの地平線。今日のテル・エル・アマルナ)の王宮跡で、東側に位置する文書庫から1887年に発見された粘土板文書。約370枚出土した粘土板文書は
旧中村家住宅(日本歴史地名大系)
[現]檜山郡江差町字中歌町近江出身の商人大橋宇兵衛によって幕末から明治二〇年代にかけて建てられた店舗・蔵・住宅。九艘川(くそうがわ)町の南西端に位置した。大正四年(一九一五)に中村米吉に譲渡された。現在海岸線に沿って走る道路(国道二二八号)から海岸に向かい
旧イギリス領事館(日本歴史地名大系)
[現]函館市元町明治四五年(一九一二)当時の会所(かいしよ)町に建設された領事館で、設計はイギリス政府上海工事局、施工は真砂(まさご)町の大村合名会社建築部。煉瓦造二階建瓦葺で、建坪は一階が一五三・二七坪、二階は一三三・三三坪であった
時の鐘跡(日本歴史地名大系)
[現]中央区日本橋室町四丁目本石(ほんごく)町三丁目に江戸市中で最初に設置された時の鐘。天正一八年(一五九〇)の徳川氏関東入部後は江戸城内の鐘楼堂が明六つ暮六つ時に時の鐘をつき、町方の便宜にもなっていたが、二代将軍徳川秀忠のとき鐘鳴が御座の間に大きく響くため
弘道館(日本歴史地名大系)
[現]水戸市三の丸一丁目三の丸(さんのまる)の大手橋の西にあり、その西に鹿島神社・孔子(こうし)廟・八卦(はつけ)堂などが建つ。士風の刷新を目指した徳川斉昭が天保一二年(一八四一)に開設した藩校。斉昭はすでに同四年頃建設計画を発表したが
北海道庁旧本庁舎(日本歴史地名大系)
[現]中央区北二条西五―六丁目・北三条西五―六丁目赤煉瓦(庁舎)として親しまれた北海道庁の旧庁舎。明治一九年(一八八六)七月に着工し、同二一年一二月に完成した。設計は北海道庁土木課。間口六一・二メートル、奥行三六・四メートル、建坪は一六五四平方メートル
旧函館区公会堂(日本歴史地名大系)
[現]函館市元町明治四二年(一九〇九)五月に着工し、同四三年九月に竣工した洋風木造建造物で、函館区(のち函館市)の公会堂として用いられた。本館と附属棟から構成される。設計者は函館区技師小西朝次郎、棟梁は村木甚三郎。明治四〇年八月の大火で区民の集会所として
札幌時計台(日本歴史地名大系)
[現]中央区北一条西二丁目元来は札幌農学校の演武場で、旧所在地は現在の北二条通の通り上であった。農学校教頭のホイーラーの構想により開拓使工業局が設計し、明治一一年(一八七八)六月起工、同年一〇月に竣工した。当初時計塔はなく、切妻屋根(柾葺)の鐘楼があった
東行庵(日本歴史地名大系)
[現]下関市大字吉田吉田(よしだ)の町の南、清水(しみず)山の丘陵麓にある。曹洞宗。清水山と号し、本尊は白衣観音菩薩。幕末の尊攘討幕の士高杉晋作の霊位礼拝堂と、その墓守をつとめた側室梅処(おうの)尼の僧堂として建てられた
高知城(日本歴史地名大系・国史大辞典)
[現]高知市丸ノ内一丁目高知城下中央やや北西寄りにある大高坂(おおだかさ)山(高知山)に築かれた平山城形式の城。土佐藩主山内氏の居城。大高坂城とも鷹城ともよばれる。国指定史跡。南北朝時代、南朝方として活躍した大高坂松王丸の居城のあった地
熊送り(熊祭)(日本大百科全書・世界大百科事典)
熊を獣のなかで特別な存在とみなし、これを殺害するときに執行される儀礼の総称。この儀礼は、北方ユーラシア大陸を中心に、北アメリカ、ベトナム山地、バスク地方など、熊の生息する地域のほとんどの民族にみられ、俗に熊祭といわれることもあり
相馬野馬追(世界大百科事典)
福島県の祭礼行事。福島県南相馬市の旧原町市の太田神社,旧小高(おだか)町の小高神社,相馬市の中村神社(以上の3社を相馬妙見三社と呼ぶ)の相馬野馬追祭の祭礼行事として7月23~25日に行われる。甲冑に身を固め,旗指物をなびかせた数百騎の騎馬武者が
博多どんたく(日本大百科全書)
5月3、4日に福岡市で行われる祭り。ドンタクはオランダ語zondagからきた語で日曜日、転じて休日の意。博多の町(福岡市博多区)に行われた小正月の松囃子(まつばやし)がもとであるが、期日はしばしば改変し、1949年(昭和24)から憲法記念日以後2日間になった
左義長(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
小正月に行われる火祭り行事。三毬杖・三毬打・三鞠打・三木張などとも書き、爆竹にこの訓をあてた例もある。打毬(だきゅう)は正月のめでたい遊戯とされ、これに使う毬杖(ぎっちょう)を祝儀物として贈る風習があった。その破損した毬杖を陰陽師が集めて焼く
題目立(日本大百科全書)
民俗芸能。奈良市上深川(かみふかわ)町(旧、山辺(やまべ)郡都祁(つげ)村上深川)の八柱(やはしら)神社および奈良市丹生(にう)町の丹生神社など奈良地方で行われていた中世芸能。今日では上深川だけに残っており、八柱神社の10月12日の秋祭に行われる
国栖奏(国史大辞典・日本大百科全書)
大嘗祭や諸節会に国栖人(くずびと)が参賀し、御贄(にえ)を献じ歌笛を奏する儀。国栖は大和の吉野川上流に住んだ先住民とされ、始祖は磐排別(いわおしわく、『日本書紀』。『古事記』は石押分、『新撰姓氏録』は石穂押別)という
稚児舞(日本大百科全書・世界大百科事典)
稚児の舞う舞。稚児は清浄で汚れがないところから、神が依(よ)り憑(つ)くと考えられ、その舞は神の舞とも考えられた。古い芸能は神事と深い関係をもっていたので、稚児が参加する場合が多かった。神子(みこ)舞は稚児によって舞われることが多い
滑稽本(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
滑稽本(扉) 凡例 酩酊気質(扉) 酩酊気質  上 自叙 凡例 無而七癖酩酊気質品目 かつぎ上戸 面白くない上戸 くどい上戸 小ごと上戸 酩酊気質  下 なき上戸 ゐけん上戸 ねち上戸 りくつ上戸 はら立上戸 さわぎ上戸 しやべり上戸 浮世床(扉)
洒落本(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
洒落本(扉) 凡例 跖婦人伝(扉) 色説序 跖婦人伝序 跖婦人像 跖婦人伝 色説序 色説 遊子方言(扉) 遊子方言叙 目録 発端 夜のけしき 宵の程 更の体 しのゝめのころ 甲駅新話(扉) 甲駅新話 序 目録 甲駅新話 跋 古契三娼(扉)
狂歌(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
和歌の形式のなかに反古典的な機知や俗情をよみ込む文芸で、よく人の知る文芸や成語のもじりParody、あるいは縁語・懸詞の複雑な組合せなどの技巧が好んで用いられる。狂歌という名称は平安時代からすでにあって、かなり作られていたが
川柳(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
近世後期、江戸を中心に流行し、近代に継承された雑俳様式。俳句とちがって、人事人情を主題とする無季・無切字の十七音句。明治時代中期の革新運動によって、意識的に「狂句」名が嫌われ、「川柳」に統一されてきたが、様式の本体を明示し、かつ、初代(柄井)川柳以後の
浮世草子(日本大百科全書・世界大百科事典)
1682年(天和2)刊の井原西鶴作『好色一代男』を起点に、100年間主として京坂で行われた、社会の風俗描写を基本的な方法とする小説群の総称。[長谷川強]第1期(1682~1699年)『好色一代男』は当時の現実肯定的風潮の下に、着想、描写の奇警さで歓迎され
仮名草子(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
仮名草子は中世の小説と本格的な近世小説である浮世草子との過渡的な存在である。当時仮名和書とか草紙とか呼ばれた種類の作品を指すが、内容的には案内記や教訓書のような文学性の稀薄なものも含まれている。仮名和書とは漢籍に対して俗耳に入りやすい
御伽草子(日本大百科全書・世界大百科事典)
およそ14世紀から16世紀の間(南北朝・室町時代)に現れた短編の物語小説。最初は、江戸時代に入って叢書として出版された『文正草子』以下23編の作品をさす名称であったが、現在では同類の作品を広く包括して、文学史上の一ジャンルを意味する術語として用いられる
閑吟集(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
(真名序)〔一〕そもそも歌謡の道というものは、混沌とした宇宙の中から天地が定まり万物が成り立ってからこのかた、最上の徳を備えた聖君や賢王が人を治める上での大切な方法として重んじ用いたものなのである。この例を古代の中国に尋ね求めてみるに
催馬楽(日本古典文学全集・国史大辞典・世界大百科事典)
律 我が駒 さあ私の愛馬よ、早く行ってくれ。紀伊国にはいるのに通る真土山、アハレ、真土山、ハレ。真土山のかなたに待っているにちがいない人のもとに、行って早く、アハレ、行って早く逢おう。
愛馬を急がせて恋人に逢いに行くという主題は一般性を有する
神楽歌(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書)
神楽歌次第 まず人長が庭火の前に出てきて、「鳴り高し、鳴り高し」を二回繰り返して言う。次に、「ふるまう、ふるまう」を二回繰り返して言う。そして、「今宵の夜の御神事の役人の長である、左の近衛府の将監、正六位上の某(姓名を言う)がつとめます」
ラグビー(日本大百科全書・世界大百科事典)
正しくはラグビー・フットボールrugby footballといい、楕円形のボールを相手側インゴールに持ち込んで得点を競う球技。一般的に15人制のラグビー・ユニオンをさすが、7人制(セブンズ)、10人制(テンズ)のラグビー・ユニオンやラグビー・リーグ(13人制)もある
債務保証(日本大百科全書・世界大百科事典)
信用力や十分な担保のない個人、法人、団体などが借入れ、物やサービスの購入、不動産の賃借契約を行うときに、その返済や支払いの義務(債務)を、第三者が保証する行為。借入金の返済や、代金、家賃などの支払いができない場合、借り手にかわって第三者である保証人が返済
少年院(日本大百科全書・世界大百科事典・イミダス)
家庭裁判所から少年法の定める保護処分として送致された少年(おおむね12歳以上20歳未満の者。性別は不問)と、刑事施設のかわりに少年院で刑の執行を受ける少年を収容し、矯正教育、社会復帰支援その他の必要な処遇を行う施設。1948年(昭和23)に制定された旧少年院法
アナフィラキシー(岩波 生物学辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
抗原特異的なIgEクラスの抗体を保有している生体に,その抗原が重ねて侵入した場合に起こる即時型過敏反応の一つ.Ⅰ型過敏症反応に属し,モルモットではIgG1クラスの抗体も弱いながら同様の作用をもつ.組織内のマスト細胞や血中の好塩基球は
国連アジア極東犯罪防止研修所(日本大百科全書)
国際連合と日本国政府との間の協定に基づいて設置された研修・調査・研究のための機関。略称で「アジ研」または「UNAFEI(ユナフェイ)」とよばれる。オーストリアのウィーンにある国連薬物・犯罪事務所United Nations Office on Drugs and Crime(UNODC)を中核として
マッデン・ジュリアン振動(日本大百科全書・現代用語の基礎知識)
おもにインド洋で発生する数千キロメートルスケールの巨大雲群が、赤道に沿って毎秒約5メートル程度の速度で東へ進み、多くは太平洋の日付変更線付近で消滅する現象のことで、英語の頭文字をとってMJOと略される。雲は日付変更線付近で消滅するが
ゲノム医療(日本大百科全書・イミダス)
体をつくるための設計図といえるヒトの遺伝情報を網羅的に調べ、その結果をもとに、より効率的で効果的な疾患の診断・治療・予防を行う医療のこと。一部の難病や遺伝性のがんなど単一の遺伝子が原因となる疾患や、複数の遺伝子が発症の背景となるがんや生活習慣病など
札幌農学校(日本歴史地名大系・日本大百科全書)
明治九年(一八七六)に札幌学校が改称して成立した札幌農学校は日本初の高等農業専門学校。現北海道大学の前身にあたり、明治五年に東京芝増上寺本坊内に開設された開拓使仮学校を嚆矢とする。明治五年一月開拓次官の黒田清隆は、北海道に農業・工業などの学校を
アレティーノ(世界文学大事典・日本大百科全書)
イタリアの劇作家,作家。アレッツォの靴職人ルーカなるものの息子だが,その出生の卑賤(ひせん)を恥じて,アレティーノ(アレッツォ人)と称す。若くしてペルージャで絵と詩を勉強したがぱっとせず,のちローマに出て銀行家アゴスティーノ・キージ
尾形光琳(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
一六五八 - 一七一六 江戸時代中期の代表的な画家。祖父宗柏の代から東福門院の御服所を勤めていた呉服商雁金(かりがね)屋の当主宗謙の次男として、万治元年(一六五八)に京都で生まれる。名は惟富・伊亮・方祝、通称は市之丞、号を光琳(はじめ浩臨)
渡月橋(日本歴史地名大系)
桂川(大堰川・保津川)に架かる橋で、嵐(らん)橋ともいう。承和三年(八三六)に僧道昌によって大堰(おおい)川の修築が行われたが(弘法大師弟子伝)、その時架設されたのに始まるともいう。橋の南に法輪寺があったため法輪寺橋・法輪橋の名もあり
松山城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
(一)松山市丸之内および堀之内に中心部のある城。平山城。松山平野の中央に位置する勝山(標高一三二メートル)は室町時代ごろまでは味酒山と呼ばれた。南北朝時代に伊予の南朝方が、北朝方で湯築城を居城としていた河野氏を攻略するに際して
松江城(国史大辞典・日本歴史地名大系)
松江市殿町に中心部のある城。別称千鳥城。平山城。主要部のある丘陵はもと極楽寺山または亀田山と呼ばれ、戦国時代には富田城主尼子氏の出城である末次城があった。天文十二年(一五四三)に大内義隆が出雲に侵入した際、大内軍の一隊が当城を占拠し富田城攻撃拠点
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