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歴史
五輪教会(日本歴史地名大系)
[現]福江市蕨町 五輪 奈留瀬戸に面して建つカトリック教会堂。寛政年間(一七八九―一八〇一)大村領外海(そとめ)からキリシタンの移住があったとされる。元治二年(一八六五)大浦天主堂(現長崎市)でのいわゆる信徒発見のあと、明治元年(一八六八)蕨小島(わらびこじま)
出津教会(日本歴史地名大系)
[現]外海町黒崎西出津郷 カトリック教会堂。県指定文化財。江戸時代よりキリシタンが潜伏していた地域で、寛政年間(一七八九―一八〇一)当地など大村藩領の外海から五島などへ移住する信徒が多かったことから、キリシタンの母郷ともよばれる。明治一二年(一八七九)主任司祭として
頭ヶ島教会(日本歴史地名大系)
[現]有川町友住郷 頭ヶ島 頭ヶ島にあるカトリック教会。天主堂は県指定文化財。江戸時代は長く無人島であったが、安政六年(一八五九)鯛ノ浦のキリシタン二、三戸が移住し、開拓を行ったという。慶応三年(一八六七)戸数二五のキリシタン集落になっていた(有川町郷土誌)。鯛ノ浦の
野首教会(日本歴史地名大系)
[現]小値賀町野崎郷カトリック教会で、野首天主堂ともいう。江戸時代よりキリシタンが潜伏していた地で、野首に寛政九年(一七九七)大村領の外海(そとめ)から移住した信徒や、瀬戸脇(せとわき)に三井楽(みいらく)(現三井楽町)・久賀(ひさか)島(現福江市)から移ったキリシタンが
大野教会(日本歴史地名大系)
[現]外海町神浦下大野郷カトリックの巡回教会。県指定文化財。中世よりキリシタンの居住する地で、平戸松浦氏の一門に属する籠手田氏が長崎に逃れたあと、その一族は当地に来住したと伝え、また肥後のキリシタン武士が信仰の継続のために当地で百姓になったという所伝もある。江戸時代以来
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文化
申楽談儀(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
能楽伝書、一冊。正しくは『世子六十以後申楽談儀』。世子とは世阿弥の敬称。世阿弥六十歳、応永二十九年(一四二二)観世大夫を長男元雅に譲って出家したころ、次男元能が、父の芸談を筆記し整理して、この年十一月、元能も芸道を捨て出家する時に、この聞書をまとめて、
浪花節(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
大衆芸能の一種目。浪曲ともいう。一つの物語を旋律(フシ)と科白(せりふ、タンカ)で語る芸能。三味線を伴奏楽器とする。調子の高い関東節と低音に特色のある関西節に分けることができる。浪花節は江戸時代末期に流行した山伏や願人坊主の門付芸(祭文・ちょぼくれなど)に
風姿花伝(花伝書)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
世阿弥の能楽論書。七巻。『花伝』ともいう。俗に『花伝書』と称されたのは、はじめて本文を紹介した吉田東伍『世阿弥十六部集』における命名の影響が大きい。それについては、室町時代後期には能の伝書を意味する普通名詞的用法があり、『風姿花伝』の一部を
ややこ踊(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
中世末から近世初頭にかけて行われた、ややこ(幼女)による踊りの芸能。『御湯殿上日記』天正九年(一五八一)九月九日条に、宮中に参内して踊ったと記録されたのが、文献上の初見である。歌舞伎舞踊という名称が現われる以前の同じ芸能の総称だった。その意味で歌舞伎舞踊の直接的な
出雲のお国(新版 歌舞伎事典・新版 日本架空伝承人名事典)
生没年不詳。慶長八(1603)年、京において歌舞伎踊を演じ、歌舞伎の創始者となった女性芸能者。出雲大社の巫女と称していたが、出身地は不詳。おそらくは京もしくはその周辺の出身であろう。歌舞伎踊を創始する以前は、ややこ踊と呼ばれる芸能を演じて
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文学
東歌(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
東国地方の歌の意で、『万葉集』巻14と『古今集』巻20の、「東歌」という標題のもとに収められた和歌の総称。万葉集東歌、古今集東歌と、単独ででもいう。[遠藤 宏]万葉集東歌 全部で230首(異伝歌のうち一首全体を記すものを加えると238首)あり、遠江国、信濃国以東の駿河
義経記(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
著者未詳。八巻。『判官物語』『義経双紙』『義経物語』などとも呼ばれ、これらの名称が物語るように、群雄の行動を軸に時代の変革を描く叙事詩としての軍記物語というよりは、源義経個人の数奇な生涯を描いた伝奇物語というべきもので、琵琶法師がその語り物として語った。
正徹物語(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
歌論書。二巻。正徹著。二巻のうち上巻を「徹書記物語」、下巻を「清巌茶話」と称するものもある。下巻は智蘊の聞書と見る説もあるが未詳。成立年時は文安五年(一四四八)とする説と宝徳二年(一四五〇)とする説がある。上・下別々に成立したものか否かもまだはっきりわからない
東野州聞書(国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
室町時代の歌学書。五巻一冊。東常縁が、宝徳元年(一四四九)七月正徹の歌話を聞書きしたことから始まり、ついで二条派の歌僧堯孝門に入ったので、その歌話の筆録が中心となって成立した書である。所々に自説を加えてもいる。中にみえる年次はほぼ康正二年(一四五六)に至っており
ささめごと(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
室町時代の連歌論。1冊または2冊。心敬著。1463年(寛正4)、心敬が郷里の紀伊国田井荘(現在和歌山市の一部)に下ったとき、土地の人々の求めに応じて書き与えたものを原型とし、のち何度か増補・改編されている。問答体で構成され、連歌の学び方、作風論、付合論などを中心とするが
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自然
安満岳(日本歴史地名大系)
平戸島の北西部にある山嶺。同島で最も高い山で、標高五一四・三メートル。山頂に白山権現(現白山神社)があり、その下に西禅寺(現坊方町)があったが、明治初年に廃された。山内には五輪塔が六基分(うち安山岩質凝灰岩製五基・花崗岩製一基)、宝篋印塔(安山岩質凝灰岩製)が九基分あり
はつ‐お[‥ほ] 【初穂・早穂・最花】(日本国語大辞典)
その年になって初めて実った稲の穂。*江帥集〔1111頃〕「きみがよのよろづのあきのはつほなるよしだのさとのいねをこそつけ」*色葉字類抄〔1177〜81〕「粃 ハツオ 早初 ハツオ 最花 同」*為家集〔1271〜75頃〕秋「風わたる野田のはつほの打なびきそよぐにつけて秋ぞ知る
択捉島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島中、最大の島で国後島の北東、得撫島の南西に位置する。面積は三一三九平方キロ。寛永二十年(一六四三)オランダ船によって発見され、スターテン=ラントと名付けられた。わが国には本島東部の蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接交渉を持ったのは享保十六年(一七三一)
国後島(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
千島列島最南端の島。松前藩には北海道本島の東端目梨蝦夷を通じて古くから知られていたが、直接関係を持ったのは享保十六年(一七三一)酋長が松前を訪れ、宝暦四年(一七五四)場所が置かれて以来のことである。寛政元年(一七八九)国後・目梨蝦夷の乱により支配が強化され
佐渡島(日本国語大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
新潟県に属する日本海にある島。遠流(おんる)の地、金山で古くから知られ、史跡が多く、景勝や郷土芸能に富む。米作が主。佐渡。*浮世草子・男色大鑑〔1687〕五・五「本国佐渡(サド)が嶋(シマ)へ帰り
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科学・医学
仮名遣及仮名字体沿革史料(改訂新版・世界大百科事典)
大矢透の著書。1909年刊。国語調査委員会の国語史研究の一成果で,平安初期より室町時代にいたる仏典・漢籍の古訓点本より50種を選び,一部分を臨模して訓点の実際を示し,その文献に見られる仮名の字体を一覧し,古訓の実例を集め,仮名遣の正否を注意している。巻末に平安初期以降の
死 [改訂新版](文庫クセジュ ベストセレクション)
死[改訂新版] 文庫クセジュ60 ポール・ショシャール著/江上 不二夫訳/三浦 義彰訳 自然科学 第一部 生細胞の死 第一章 生命の特質 トレヴィラヌスとともに生物学(Biologie)ということばをつくった人であり、変異説の提唱者として有名なラマルクは、生物学
ラクトン(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
環内にエステル基-COO-をもつ複素環式化合物の総称。環の大きさにより、4員環のβ(ベータ)-ラクトン、5員環のγ(ガンマ)-ラクトン、6員環のδ(デルタ)-ラクトン、……に分類される。β-、γ-ラクトン、……は、それぞれβ-、γ-ヒドロキシカルボン酸の環状エステルの構造をもつ
物理学(改訂新版・世界大百科事典)
〈物理〉がphysicsの訳語として定着したのは明治以後であるが,漢語として〈物の道理〉を示す意味で用いられたのは古い。現在の物理学に近い概念を表すことばとしては,幕末〈窮理学〉〈格物学〉〈理科〉〈理学〉などがあり,1863年(文久3)洋書調所が開成所に改組されるに当たっての学科名としては窮理が採用され
ニュートン(改訂新版・世界大百科事典)
イギリスの科学者。リンカンシャーのウールスソープの自作農の家に生まれた。ウールスソープで初等教育を終えたのち,グランサムのキングズ・スクールに学び,1661年にケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学した。当時のヨーロッパの大学では自然科学はほとんど教えられていなかったが
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社会
ド=ロ(日本人名大辞典)
フランスの宣教師。1840年3月27日生まれ。カトリック。慶応4年(1868)プチジャンの要請をうけて来日し,長崎の大浦天主堂で石版印刷による宗教書を刊行。のち外海(そとめ)地域の主任司祭。診療所をひらき,出津(しつ)教会などを建設したほか,地元民の教育や社会福祉事業につくした。大正3年
黒崎村(日本歴史地名大系)
[現]外海町黒崎牧野郷・黒崎下黒崎郷・黒崎上黒崎郷・黒崎永田郷・黒崎赤首郷・黒崎東出津郷・黒崎西出津郷神浦村の南にあり、西部は外海に臨む。中世は彼杵庄のうち。建武三年(一三三六)一一月一九日の源景家和与状(深堀文書)に「彼杵庄南かたのうち、ミゑくろさき」とみえ、平氏女が
仮字遣奥山路(仮名遣奥山路)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
語学書。石塚竜麿著。三巻三冊。寛政十年(一七九八)以前成立。「かなづかいおくのやまじ」とも読む。『日本古典全集』第三期に収め昭和四年(一九二九)刊。奈良時代の文献について、その万葉仮名の用法を検討し、エ・キ・ケ・コ・ソ・ト・ヌ・ヒ・ヘ・ミ
大津事件(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
明治二十四年(一八九一)滋賀県大津で護衛巡査が来日中のロシア皇太子を負傷させた事件。湖南事件ともいう。シベリア鉄道起工式に参列する途中来日したロシア皇太子ニコラス=アレクサンドロビッチ(のちの皇帝ニコライ二世)は長崎・鹿児島を経て五月九日京都に入った
長州征伐(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
1864年(元治1)、1865~66年(慶応1~2)にかけて行われた幕府による征長出兵。長州藩では第二次征長を四境戦争とよぶ。[吉本一雄]第一次 1864年7月の蛤御門の変(禁門の変)によって長州藩追討の名目を得た幕府は、尊攘派に打撃を与える意図もあって、征長を表明し出軍した。
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人物
石塚龍麿(日本大百科全書(ニッポニカ))
江戸後期の国学者。本名は矩慶、通称は安右衛門。歌合では於富耶麻登、大倭を名のり、家号は槇屋。遠江国(静岡県)の生まれ。23歳で内山真龍の門に入り、26歳で本居宣長の門に入る。龍麿の名号は最初の師内山真龍の前名を受けたもの。とくに国語学に秀で、宣長に篤学者として早くから
橋本進吉(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
国語学者。福井県敦賀市に生まれる。代々の医家であったが、5歳にして父を失った。第三高等学校を経て、1906年(明治39)東京帝国大学文科大学言語学科を卒業、国語調査委員会補助委員となる。09年東京帝国大学文科大学助手に任ぜられ、27年(昭和2)助教授、2年後教授となる
ニーチェ(文庫クセジュ ベストセレクション)
第一部 ニーチェの生涯と著作 第一章 生涯 ニーチェは好んでポーランド貴族の末裔を称した。しかし実際には、詳細な研究が十八世紀の初頭まで遡って明らかにしたところによれば、ニーチェの家系は完全にドイツ系である。ニーチェの祖先のうちには、数多くの聖職
カストロ(日本大百科全書(ニッポニカ))
革命キューバの最高指導者で、ラテンアメリカが生んだもっとも傑出した革命家、政治家の一人。オリエンテ州北部のビランの近郊で生まれる。父親はスペインのガリシアからの移民で、砂糖と木材で成功した比較的富裕な砂糖農園主。幼少から恵まれた環境で育ち、イエズス会派の学校で初等・中等教育を受けたのち
ゲバラ(改訂新版・世界大百科事典)
ラテン・アメリカが生んだ傑出した革命家の一人で,その理論と実践はラテン・アメリカのみならず世界中に大きな影響を及ぼした。アルゼンチンのロサリオ市で中流家庭に生まれ,1945年,ブエノス・アイレス大学の医学部に入学,53年に学位を得た。子どものときから喘息の発作に苦しめられ,それは死ぬまで続いた。
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スポーツ
karate 【空手】(Encyclopedia of Japan)
Art of self-defense that uses no weapons and relies instead on three main techniques: arm strikes (uchi), thrusts (tsuki), and kicks (keri). A distinction is made between offensive and defensive techniques, which are modified according to the position of one's opponent.
パラリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
パ国際パラリンピック委員会(IPC)が主催する、障害者(聴覚障害者を除く)とその補助者が参加する、最高峰の国際スポーツ大会。4年に一度オリンピック開催地で開かれる。夏季大会には160以上の国と地域、4000人以上の選手が参加する巨大イベントである。
東京オリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
第18回オリンピック競技大会。1964年(昭和39)10月10日開会式、同24日閉会式の15日間にわたって行われた。政府は10月10日の開会式を記念して国民の祝日、体育の日を定めた。なお、体育の日は1998年(平成10)「国民の祝日に関する法律」の改正により
オリンピック(日本大百科全書(ニッポニカ))
近代スポーツは19世紀のなかばごろからイギリスで組織され、施設に力を入れたアメリカの選手育成で発展普及してきたが、この各種類のスポーツを総合的に大成させたのがオリンピックであり、古代ギリシアに起源を有するスポーツの祭典を現代に復活させたものである
サッカー(改訂新版・世界大百科事典)
11人ずつの二つのチームが,手以外を使って,互いにボールを相手ゴールに入れ合うスポーツ。正式名称はアソシエーションフットボールassociation football。英語圏外の多くの国では,フットボールの名で一般的に呼ばれている。アソシエーションフットボールとは,1863年イングランドで
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