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  11. 歌舞伎十八番

歌舞伎十八番

ジャパンナレッジで閲覧できる『歌舞伎十八番』の新版 歌舞伎事典・国史大辞典・世界大百科事典のサンプルページ

新版 歌舞伎事典

歌舞伎十八番
かぶきじゅうはちばん
 七世市川団十郎が制定した一八の演目をいう。七世団十郎は、天保三(1832)年三月海老蔵に八世団十郎を襲名させ、自身は海老蔵と改名した時に配った刷り物で、「歌舞妓狂言組十八番」と題して一八種の名目を掲げた。その後、天保一一年《勧進帳》の初演に際し「歌舞伎十八番の内」と口上看板に明記した。〈十八番〉を〈おはこ〉と呼び、得意芸の意にもつかわれるようになったが、なぜ一八の数に決めたかは明らかでない。団十郎の制定以前に、歌舞伎界では特別の演目を〈十八番〉と呼んでいたという説、また〈十八界〉〈十八般〉のごとき総称・代表の意によるものとの説、荒事の主人公の年齢との関係などと、まだ解釈は定まらない。ともあれ七世団十郎は《勧進帳》のほかに《不破》《鳴神》《暫》《不動》《うわなり》《象引》《助六》《押戻》《外郎売ういろううり》《矢の根》《関羽》《景清》《七つ面》《毛抜》《解脱》《蛇柳じゃやなぎ》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世、二世および四世によって初演された作品から選ばれている。
 七世が〈歌舞伎十八番〉と明記して上演したものは多くないが、その子の九世団十郎をはじめ、二世市川左団次、一〇世団十郎(三升)、前進座などによって復活上演という形で多くの作品が舞台にかけられて今日に至っている。七世団十郎による制定の意図は、自分自身の権威づけ、尚古癖による復古運動、能摂取による典雅化などを図ったものとみられる。意図のすべてがかなえられたとはいえないが、古風な様式の伝承に役立ったことは認められる。この制定がきっかけとなり、その他の〈家の芸〉の選定を促したことは、歌舞伎の当代性を考える上でも意義は大きい。
家の芸
[鳥越 文蔵]
天保三(1832)年三月江戸・市村座で《助六由縁江戸桜》上演の折に配った刷り物に「歌舞妓狂言組十八番」と銘うって、一八種の演目を列挙している。この刷り物には、初世団十郎は「筋隈之工夫荒事之根元」、二世は「続狂言武道太刀打和事立役所作始」、三世「角鬘濡事丹前発ル」、四世は「実悪始」と代々の団十郎の功績をしるし、元祖から七世団十郎の天保三年に至るまで血統が絶えなかったのは、成田不動のご利益と大江戸のご贔屓のお恵みによるとして感謝の意を表している。その上に「江戸市川流」と書かれてあるのは、団十郎が江戸歌舞伎の中心的存在であると意識する自負の表れといえよう
名題原名題初演年月初演劇場初演者
不破遊女論延宝8年3月江戸市村座初世市川団十郎
鳴神門松四天王貞享1年1月江戸中村座初世市川団十郎
参会名護屋元禄10年1月江戸中村座初世市川団十郎
不動兵根元曾我元禄10年5月江戸中村座市川九蔵(二世団十郎)
一心五界玉元禄12年7月江戸中村座初世市川団十郎
象引傾城王昭君元禄14年1月江戸中村座初世市川団十郎
勧進帳星合十二段元禄15年2月江戸中村座初世市川団十郎
助六花館愛護桜正徳3年4月江戸山村座二世市川団十郎
外郎売若緑勢曾我享保3年1月江戸森田座二世市川団十郎
押戻国性爺竹抜五郎享保12年3月江戸中村座二世市川団十郎
矢の根楪根元曾我享保5年1月江戸森田座二世市川団十郎
景清大銀杏栄景清享保17年9月江戸中村座二世市川団十郎
関羽閏月仁景清元文2年11月江戸河原崎座二世市川団十郎
七つ面姿観隅田川元文5年2月江戸市村座二世市川団十郎
毛抜雷神不動北山桜寛保2年1月大坂佐渡嶋座二世市川団十郎
解脱曾我万年柱宝暦10年3月江戸市村座四世市川団十郎
蛇柳百千鳥大磯流通宝暦13年5月江戸中村座四世市川団十郎
鎌髭曾我〓愛護若松明和6年1月江戸中村座四世市川団十郎


国史大辞典

歌舞伎十八番
かぶきじゅうはちばん
歌舞伎の十八種目に与えられた名称。代々の市川団十郎によって上演されてきた家の芸で、七代目団十郎のときに制定されたものをいう。天保十一年(一八四〇)三月、『勧進帳』が創演されたときに「私元祖より伝来候歌舞妓十八番之内」と口上看板を出したのに始まる。天保三年三月、市村座で、七代目が四度目の『助六』を上演した際には「市川海老蔵流寿狂言十八番の内」と称した。その特色は、いずれも市川家の創演とされる「荒事」という演技による一幕物の時代狂言で、様式的な演出をもつ。その種目は、『不破』『鳴神』『暫』『不動』『嫐』『象引』『勧進帳』『助六』『外郎売』『矢の根』『押戻』『景清』『関羽』『七つ面』『毛抜』『解脱』『蛇柳』『鎌髭』の十八種であるが、今日上演されるものは、『鳴神』『助六』『矢の根』『暫』『勧進帳』『外郎売』『押戻』などにすぎない。このうち『外郎売』と『押戻』は、独立した演目として上演することがなく、『外郎売』なら『助六』に、『押戻』なら『道成寺』その他に登場してくるので、『不動』などとともに一幕を構成していない。また『暫』などは、顔見世狂言のうち、一場が独立したものである。また『毛抜』『鳴神』は、二代目市川左団次によって、『鎌髭』は、二代目市川段四郎、『景清』『七つ面』『解脱』『象引』などは、市川三升(十代目団十郎)あるいは前進座によって復活されたものである。昭和四十二年(一九六七)一月には、国立劇場で、『毛抜』『鳴神』『不動』を含む『雷神不動北山桜』が通し狂言として復活上演された。また『不破』は、鶴屋南北の『鞘当』によって代用され、『蛇柳』は絶えた。『日本古典文学大系』九八に一部が収められている。
[参考文献]
石塚豊芥子『寿十八番歌舞妓狂言考』(『新燕石十種』三)、河竹繁俊『歌舞伎十八番―研究と作品―』、郡司正勝『歌舞伎十八番集』解説(『日本古典文学大系』九八)、山田春塘「歌舞伎十八番考」(『演芸画報』明治四十一年七月―十月)
(郡司 正勝)


世界大百科事典

歌舞伎十八番
かぶきじゅうはちばん

7世市川団十郎が制定した18の演目をいう。7世団十郎は,1832年(天保3)3月に長男の海老蔵に8世団十郎を襲名させ,自身は海老蔵を名のると発表したときに配った刷り物に,初めて〈歌舞妓狂言組十八番〉と題して18種の名目を掲げた。その後,40年の《勧進帳》初演に際し〈歌舞伎十八番の内〉と口上看板に明記した〈十八番〉を〈おはこ〉と呼び,得意芸の意にもつかわれるようになったが,なぜ18の数に決めたかは明らかでない。団十郎の制定以前に,歌舞伎界では特別の演目を〈十八番〉と呼んでいたという説,また〈十八界〉〈十八般〉のごとき総称・代表の意によるものとの説,荒事の主人公の年齢との関係などと,まだ解釈は定まらない。ともあれ7世団十郎は《勧進帳》のほかに《不破》《鳴神》《暫》《不動》《嫐》(うわなり)》《象引》《助六》《押戻》《外郎売(ういろううり)》《矢の根》《関羽》《景清》《七つ面》《毛抜》《解脱》《蛇柳(じややなぎ)》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世,2世および4世によって初演された作品から選ばれている。7世が〈歌舞伎十八番〉と明記して上演したものは多くないが,その子9世団十郎をはじめ2世市川左団次,10世団十郎(三升),前進座などによって復活上演という形で多くの作品が舞台にかけられて今日に至っている。7世団十郎による制定の意図は,自分自身の権威づけ,尚古癖による復古運動,能摂取による典雅化などを図ったものとみられる。意図のすべてがかなえられたとはいえないが,古風な様式の伝承に役立ったことは認められる。この制定がきっかけとなり,その他の〈家の芸〉の選定を促したことは,歌舞伎の当代性を考える上でも意義は大きい。
[鳥越 文蔵]

[索引語]
十八番 勧進帳 おはこ 不破 鳴神 暫 不動 嫐 象引 助六 押戻 外郎売(ういろううり) 矢の根 関羽 景清(歌舞伎) 七つ面 毛抜 解脱 蛇柳(じややなぎ) 鎌髭 市川団十郎(7世)
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検索コンテンツ
1. 歌舞伎十八番
日本大百科全書
これは市川家に限らず江戸歌舞伎の当り狂言を選んだものである。一般に得意芸のことを「十八番」というのは、「歌舞伎十八番」を家の芸、転じて当り狂言と解したことから生
2. 歌舞伎十八番画像
世界大百科事典
やなぎ)》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世,2世および4世によって初演された作品から選ばれている。7世が〈歌舞
3. かぶき‐じゅうはちばん[‥ジフハチバン]【歌舞伎十八番】
日本国語大辞典
鎌髭(かまひげ)の十八種をさすが、古くから歌舞伎の十八番という言い方はあった。また、九世団十郎が選定した新歌舞伎十八番もある。*随筆・寿十八番歌舞妓狂言考〔18
4. かぶきじゅうはちばん【歌舞伎十八番】
国史大辞典
狂言考』(『新燕石十種』三)、河竹繁俊『歌舞伎十八番―研究と作品―』、郡司正勝『歌舞伎十八番集』解説(『日本古典文学大系』九八)、山田春塘「歌舞伎十八番考」(『
5. 歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第2巻 135ページ
6. かぶきじゅうはちばん【歌舞伎十八番】
歌舞伎事典
やなぎ)》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世、二世および四世によって初演された作品から選ばれている。 七世が〈歌
7. 歌舞伎十八番(著作ID:815623)
新日本古典籍データベース
かぶきじゅうはちばん 歌川 豊国 三世(うたがわ とよくに 3せい) 画 歌舞伎 
8. 新歌舞伎十八番
日本大百科全書
数は18種をはるかに超え、32種あるいは40種との説がある。7世団十郎は祖先からの家の芸「歌舞伎十八番」のほかに自身の得意芸または記念的作品18種を選定しようと
9. 新歌舞伎十八番
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歌舞伎用語。7世市川団十郎は〈家の芸〉18種を〈歌舞伎十八番〉と制定した後,自分自身の得意芸18演目を集めて〈新歌舞伎十八番〉の選定を企てた。《虎の巻》(《鬼一
10. しん‐かぶきじゅうはちばん[‥かぶきジフハチバン]【新歌舞伎十八番】
日本国語大辞典
〔名〕七世および九世市川団十郎が、「歌舞伎十八番」以外の得意芸を選定して銘打ったもの。一八種に限らず、三十余種に及ぶ。虎の巻・蓮生物語・地震加藤・酒井の太鼓・吉
11. しんかぶきじゅうはちばん【新歌舞伎十八番】
歌舞伎事典
 歌舞伎用語。七世市川団十郎は〈家の芸〉一八種を〈歌舞伎十八番〉と制定した後、自分自身の得意芸一八演目を集めて〈新歌舞伎十八番〉の選定を企てた。《虎の巻》(《鬼
12. あかっつら【赤面】
国史大辞典
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世界大百科事典
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14. あくたい【悪態】
歌舞伎事典
(2)歌舞伎のしゃべる芸の一つ。相手に向かって悪口を言う芸で、いわば口喧嘩とでもいうべき言葉の遊び。歌舞伎十八番の《助六》では、揚巻が髭の意休に向かい、「悪態の
15. 揚巻/総角
世界大百科事典
に移入され(《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》),江戸遊女の張りと意気地を代表する歌舞伎十八番《助六》劇のヒロインとなった。→助六小池 章太郎 万屋助六
16. あげまき【揚巻/総角】
日本架空伝承人名事典
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17. あさがおせんぺい‐の‐くま[あさがほセンペイ‥]【朝顔仙平隈】画像
日本国語大辞典
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18. 安宅
世界大百科事典
能《安宅》や曲舞(くせまい)《富樫》などを,歌舞伎や浄瑠璃にとり入れたもの。歌舞伎の代表曲は歌舞伎十八番の《勧進帳》。十八番の原拠となった《星合十二段》(初演1
19. あたか【安宅】
日本国語大辞典
途中、安宅の関で富樫何某(とがしのなにがし)に見とがめられるが、弁慶の機転で無事通過する。歌舞伎十八番の「勧進帳」のもとになった曲。〔三〕歌舞伎所作事、「隈取安
20. あやめぐさ
歌舞伎事典
説いていて、女方の本質を考え、当時の歌舞伎の演技を知るために必読の文献。日本古典文学大系《歌舞伎十八番集》に収録。松崎 仁
21. 荒磯会[付録]
歌舞伎事典
絶間姫=市川寿美次(坂東橘)、富樫=市川福太郎ほか。 一一世市川団十郎一門の勉強会らしく、第一回は〈歌舞伎十八番〉研究をうたい、大物三本を並べて話題を呼んだ。そ
22. 荒事
日本大百科全書
江戸歌舞伎の特色として定着するようになったものである。その演出は『暫しばらく』『矢の根』をはじめ「歌舞伎十八番」のほとんど全演目に行われ、ほかにも『国性爺こくせ
23. 荒事
世界大百科事典
の威力ある祝福性を受けとめて,《暫》の主人公に代表されるような,市川流の荒事を創始した。→歌舞伎十八番 →御霊(ごりょう)信仰 →実事 →和事今尾 哲也 多門(
24. あらごと【荒事】
国史大辞典
代々の団十郎によって継承されて、市川家の芸となる。勇力を表現するもので、和藤内・松王丸・梅王丸などのほか、歌舞伎十八番の主人公たちの役柄は荒事によって演ぜられる
25. あらごと【荒事】
歌舞伎事典
御霊神の威力ある祝福性を受けとめて、《暫》の主人公に代表されるような、市川流の荒事を創始した。→歌舞伎十八番実事和事今尾 哲也
26. 家の芸
日本大百科全書
らく』『矢の根』『鳴神なるかみ』『助六すけろく』『勧進帳かんじんちょう』など)を制定した「歌舞伎十八番」が適例である。ほかに尾上おのえ菊五郎家の「怪談物」のお岩
27. 家の芸画像
世界大百科事典
演目もある。市川団十郎家(成田屋)の荒事芸,および荒事芸を含んだ〈歌舞伎十八番〉の演目がその代表。団十郎家には〈新歌舞伎十八番〉もある。尾上菊五郎家(音羽屋)を
28. いえのげい【家の芸】
歌舞伎事典
演目もある。市川団十郎家(成田屋)の荒事芸、および荒事芸を含んだ〈歌舞伎十八番〉の演目がその代表。団十郎家には〈新歌舞伎十八番〉もある。尾上菊五郎家(音羽屋)を
29. いせ‐の‐さぶろう[‥サブラウ]【伊勢三郎】
日本国語大辞典
二・伊勢三郎はじめて臣下になる事「伊勢三郎義盛とは、その時の宿の主(あるじ)なり」〔二〕新歌舞伎十八番の一つ。河竹黙阿彌作。本名題「
30. 市川海老蔵[第十一代海老蔵を襲名]
情報・知識 imidas
演じ話題を集めた。初代市川團十郎の幼名であった「海老蔵」の名は、二代目が初めて芸名として名乗り、「歌舞伎十八番」を制定した七代目や、女性ファンから「海老さま」の
31. 市川猿之助
日本大百科全書
門したが、のち9世市川団十郎の弟子になり山崎猿之助と名のる。1874年(明治7)中島座で、歌舞伎十八番の『勧進帳』を師に無断で上演して破門され、松尾猿之助の名で
32. いちかわえんのすけ【市川猿之助】
国史大辞典
喜熨斗(きのし)亀次郎。はじめ五代目尾上菊五郎に入門、のち九代目市川団十郎の弟子となったが、歌舞伎十八番の『勧進帳』を無断で演じたために破門された。明治二十三年
33. 市川左団次画像
日本大百科全書
果まやませいかと組んで多くの作品を上演し、新歌舞伎というジャンルを定着させた。その一方で、歌舞伎十八番の『毛抜けぬき』『鳴神なるかみ』や、4世鶴屋南北なんぼくの
34. いちかわさだんじ【市川左団次】
国史大辞典
率いて最初の海外(ソ連)歌舞伎公演を行うなど、近代演劇史上に大きな足跡を残した。『毛抜』『鳴神』など歌舞伎十八番の復活上演も行なっている。昭和十五年二月二十三日
35. いちかわ-さだんじ【市川左団次(2代)】画像
日本人名大辞典
明治17年初舞台。39年明治座で2代を襲名。42年小山内薫と自由劇場を創立する。とだえていた歌舞伎十八番の「毛抜」などを復活上演。岡本綺堂(きどう)らの新作を初
36. 市川団十郎画像
日本大百科全書
1832年(天保3)に長男に8世を継がせ、自身は5世海老蔵を名のった。『勧進帳』を初演し、また、「歌舞伎十八番」を制定、公表した。8世(1823―1854)7世
37. 市川団十郎画像
世界大百科事典
世をつがせ,自分は前名の5世海老蔵を再度名のった。この時,初世以来の荒事の当り役を調べて〈歌舞伎十八番〉を選定し,公表した。40年3月《勧進帳》初演に当たって,
38. いちかわ‐だんじゅうろう【市川団十郎】
日本国語大辞典
~一八〇六)〔五〕七世。五世の孫。俳名寿海老人。あらゆる役をよくした江戸末期の代表的名優。歌舞伎十八番を制定し、「勧進帳」を創演した。寛政三~安政六年(一七九一
39. いちかわだんじゅうろう【市川団十郎】
国史大辞典
市井生活を写した「生世話物」を創演したりした。また市川宗家という家の伝統を大きく意識し、「市川家歌舞伎十八番」を制定した。そのなかの『勧進帳』は初代創演とはいえ
40. 市川團十郎[演劇]
情報・知識 imidas
作り上げた2代目(1688~1758)、文化・文政期から幕末まで幅広い役柄で活躍し、「勧進帳」を初演、歌舞伎十八番の選定にあたった7代目(1791~1859)、
41. 市川團十郎[市川宗家として歌舞伎界を牽引してきた歌舞伎役者、死去]
情報・知識 imidas
「暫」の鎌倉権五郎などで、江戸歌舞伎の大名跡である12代目市川團十郎を襲名。家の芸である「歌舞伎十八番」の復活・継承にも力を注いだ。2004年5月長男の11代目
42. 市川團十郎[パリ、オペラ座で、初歌舞伎公演]
情報・知識 imidas
5カ月間休演後、10月パリ公演で復帰。05年に再び入院し、06年5月舞台復帰。今回のオペラ座公演の演目は歌舞伎十八番のひとつ「勧進帳」に、口上を挟み、「紅葉狩」
43. いちかわだんじゅうろう【市川団十郎】
歌舞伎事典
》などを含む〈新歌舞伎十八番〉を制定。【一〇世】1882‐1956 九世の女婿。堀越福三郎から市川三升となり、没後に一〇世団十郎の名を追贈された。七世の選定した
44. いちかわだんじゅうろう【市川團十郎】[付録]
歌舞伎事典
った。顔、声、姿、三拍子揃った、文字通り映える役者である。市川宗家の当主として、まず家の芸歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜》《勧進帳》《鳴神》《毛抜》《暫》《景清
45. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(7代)】
日本人名大辞典
家芸の荒事(あらごと)のほか,4代鶴屋南北の生世話物(きぜわもの)なども好演。天保(てんぽう)3年歌舞伎十八番を制定。13年改革令にふれて江戸を追放され,上方な
46. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(9代)】画像
日本人名大辞典
代表する役者で「劇聖」とよばれる。演劇改良運動にとりくみ,活歴物(かつれきもの)という史劇を創始。新歌舞伎十八番を制定した。明治36年9月13日死去。66歳。江
47. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(12代)】
日本人名大辞典
れ。11代市川団十郎の長男。昭和28年初舞台。60年12代市川団十郎を襲名,家の芸である「歌舞伎十八番」の荒事(あらごと)を中心に江戸歌舞伎の現代への継承につと
48. 市川団十郎(9世)〔役者絵〕[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
豊原国周くにちか画『歌舞伎十八番之内 勧進帳かんじんちょう』 「武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい」 三枚続の一 1890年(明治23)国立国会図書館所蔵
49. いちかわ‐りゅう[いちかはリウ]【市川流】
日本国語大辞典
元祿(一六八八~一七〇四)の頃、初代市川団十郎が始めて、代々家の芸とする荒事(あらごと)。歌舞伎十八番を生み出した。*談義本・根無草〔1763~69〕後・一「『
50. いちかわりゅう【市川流】
国史大辞典
七代目の時代からようやく舞踊の家元制度が、世人の注意をひくようになったためという。七代目は歌舞伎十八番の制定者であり、市川家累代の芸の集成をし、有名な『勧進帳』
「歌舞伎十八番」の情報だけではなく、「歌舞伎十八番」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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歌舞伎は,舞楽,能,狂言,人形浄瑠璃などとともに日本の代表的な古典演劇であり,人形浄瑠璃と同じく江戸時代に庶民の芸能として誕生し,育てられて,現代もなお興行素材としての価値を持っている。明治以後,江戸時代に作られた作品は古典となり,演技・演出が
下座音楽(新版 歌舞伎事典・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
歌舞伎の演出に、効果・修飾・背景・伴奏音楽として、原則として黒御簾で演奏される歌舞伎囃子の通称。〈黒御簾音楽〉〈陰囃子〉(略して〈黒御簾〉〈陰〉とも)などの別称がある。ただし〈陰囃子〉は、狭義に、出囃子・出語りについて黒御簾の中で演奏される鳴物を意味することが多い
江戸三座(新版 歌舞伎事典)
江戸で公許された中村座、市村座、森田座の三芝居。元禄期(1688‐1704)には山村座を含め四座存在したが、正徳四(1714)年、江島生島事件によって山村座が廃絶、以降明治に至るまで三座に限って興行が公認された。中村座は堺町、市村座は葺屋町、森田座は木挽町において興行したが
野郎歌舞伎(新版 歌舞伎事典・国史大辞典)
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若衆歌舞伎(新版 歌舞伎事典・国史大辞典)
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雛祭に飾る人形。節供人形ともいう。平安時代には,小さな紙人形でままごと遊びをする〈ひいな〉遊びがあった。またこれとは別に,季節の変り目に神に供御(くご)(飲食物)を供えて身体の安泰を願う信仰があり,それを節供といった。3月上巳(じようし)(最初の巳
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日本舞踊(日本大百科全書・世界大百科事典)
邦舞ともよび、西洋舞踊(洋舞)と大別される。広義には、舞楽(ぶがく)、能(のう)、歌舞伎(かぶき)舞踊(古典舞踊)、新舞踊、創作舞踊、民俗舞踊(郷土舞踊)などをいう。狭義には、これらのうち一般的によく知られている歌舞伎舞踊をいうことが多い。「舞踊」と
歌舞伎舞踊(新版 歌舞伎事典・世界大百科事典)
歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。【歴史】歌舞伎舞踊は、中世末期の風流(ふりゅう)踊という民俗舞踊を母体として発したもので、出雲のお国の踊った歌舞伎踊にはじまる。お国に追随した遊女歌舞伎も
寿狂言(新版 歌舞伎事典・世界大百科事典)
江戸の劇場の中村座・市村座・森田座に伝承された祝言儀礼的狂言のこと。家狂言ともいう。江戸時代の歌舞伎の興行権は、幕府が座元(太夫元)個人に与えた特権であった。江戸三座の座元は世襲であったので、その権威も特に大きく、各座では、由緒正しい家を誇り格式を
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