1. 歌舞伎十八番
日本大百科全書
これは市川家に限らず江戸歌舞伎の当り狂言を選んだものである。一般に得意芸のことを「十八番」というのは、「歌舞伎十八番」を家の芸、転じて当り狂言と解したことから生
2. 歌舞伎十八番画像
世界大百科事典
やなぎ)》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世,2世および4世によって初演された作品から選ばれている。7世が〈歌舞
3. かぶき‐じゅうはちばん[‥ジフハチバン]【歌舞伎十八番】
日本国語大辞典
鎌髭(かまひげ)の十八種をさすが、古くから歌舞伎の十八番という言い方はあった。また、九世団十郎が選定した新歌舞伎十八番もある。*随筆・寿十八番歌舞妓狂言考〔18
4. かぶきじゅうはちばん【歌舞伎十八番】
国史大辞典
狂言考』(『新燕石十種』三)、河竹繁俊『歌舞伎十八番―研究と作品―』、郡司正勝『歌舞伎十八番集』解説(『日本古典文学大系』九八)、山田春塘「歌舞伎十八番考」(『
5. 歌舞伎十八番(かぶきじゅうはちばん)
古事類苑
樂舞部 洋巻 第2巻 135ページ
6. かぶきじゅうはちばん【歌舞伎十八番】
歌舞伎事典
やなぎ)》《鎌髭》を〈歌舞伎十八番〉と定めた。これらの作はすべて荒事芸をよくした市川家の初世、二世および四世によって初演された作品から選ばれている。 七世が〈歌
7. 歌舞伎十八番(著作ID:815623)
新日本古典籍データベース
かぶきじゅうはちばん 歌川 豊国 三世(うたがわ とよくに 3せい) 画 歌舞伎
8. 新歌舞伎十八番
日本大百科全書
数は18種をはるかに超え、32種あるいは40種との説がある。7世団十郎は祖先からの家の芸「歌舞伎十八番」のほかに自身の得意芸または記念的作品18種を選定しようと
9. 新歌舞伎十八番
世界大百科事典
歌舞伎用語。7世市川団十郎は〈家の芸〉18種を〈歌舞伎十八番〉と制定した後,自分自身の得意芸18演目を集めて〈新歌舞伎十八番〉の選定を企てた。《虎の巻》(《鬼一
10. しん‐かぶきじゅうはちばん[‥かぶきジフハチバン]【新歌舞伎十八番】
日本国語大辞典
〔名〕七世および九世市川団十郎が、「歌舞伎十八番」以外の得意芸を選定して銘打ったもの。一八種に限らず、三十余種に及ぶ。虎の巻・蓮生物語・地震加藤・酒井の太鼓・吉
11. しんかぶきじゅうはちばん【新歌舞伎十八番】
歌舞伎事典
歌舞伎用語。七世市川団十郎は〈家の芸〉一八種を〈歌舞伎十八番〉と制定した後、自分自身の得意芸一八演目を集めて〈新歌舞伎十八番〉の選定を企てた。《虎の巻》(《鬼
12. あかっつら【赤面】
国史大辞典
市川団十郎系の荒事芸の役に用いられて、金平・曾我五郎系にみられるが、のちには、筋隈に変わった。歌舞伎十八番の『暫』では、初代団十郎は、紅殻の赤面で勤めたので、こ
13. 悪態
世界大百科事典
歌舞伎のしゃべる芸の一つ。相手に向かって悪口を言う芸で,いわば口喧嘩とでもいうべき言葉の遊び。歌舞伎十八番の《助六》では,揚巻が髭(ひげ)の意休に向かい,〈悪態
14. あくたい【悪態】
歌舞伎事典
(2)歌舞伎のしゃべる芸の一つ。相手に向かって悪口を言う芸で、いわば口喧嘩とでもいうべき言葉の遊び。歌舞伎十八番の《助六》では、揚巻が髭の意休に向かい、「悪態の
15. 揚巻/総角
世界大百科事典
に移入され(《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》),江戸遊女の張りと意気地を代表する歌舞伎十八番《助六》劇のヒロインとなった。→助六小池 章太郎 万屋助六
16. あげまき【揚巻/総角】
日本架空伝承人名事典
(『花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)』)、江戸遊女の張りと意気地を代表することになる歌舞伎十八番『助六』劇のヒロインとなった。 →助六[小池 章太郎]揚巻
17. あさがおせんぺい‐の‐くま[あさがほセンペイ‥]【朝顔仙平隈】画像
日本国語大辞典
〔名〕隈取(くまどり)の一つ。歌舞伎十八番「助六」に出てくる髭(ひげ)の意休の子分で、半道敵役の朝顔仙平が用いるもので、白塗りの顔に紅と青黛(せいたい)で朝顔に
18. 安宅
世界大百科事典
能《安宅》や曲舞(くせまい)《富樫》などを,歌舞伎や浄瑠璃にとり入れたもの。歌舞伎の代表曲は歌舞伎十八番の《勧進帳》。十八番の原拠となった《星合十二段》(初演1
19. あたか【安宅】
日本国語大辞典
途中、安宅の関で富樫何某(とがしのなにがし)に見とがめられるが、弁慶の機転で無事通過する。歌舞伎十八番の「勧進帳」のもとになった曲。〔三〕歌舞伎所作事、「隈取安
20. あやめぐさ
歌舞伎事典
説いていて、女方の本質を考え、当時の歌舞伎の演技を知るために必読の文献。日本古典文学大系《歌舞伎十八番集》に収録。松崎 仁
21. 荒磯会[付録]
歌舞伎事典
絶間姫=市川寿美次(坂東橘)、富樫=市川福太郎ほか。 一一世市川団十郎一門の勉強会らしく、第一回は〈歌舞伎十八番〉研究をうたい、大物三本を並べて話題を呼んだ。そ
22. 荒事
日本大百科全書
江戸歌舞伎の特色として定着するようになったものである。その演出は『暫しばらく』『矢の根』をはじめ「歌舞伎十八番」のほとんど全演目に行われ、ほかにも『国性爺こくせ
23. 荒事
世界大百科事典
の威力ある祝福性を受けとめて,《暫》の主人公に代表されるような,市川流の荒事を創始した。→歌舞伎十八番 →御霊(ごりょう)信仰 →実事 →和事今尾 哲也 多門(
24. あらごと【荒事】
国史大辞典
代々の団十郎によって継承されて、市川家の芸となる。勇力を表現するもので、和藤内・松王丸・梅王丸などのほか、歌舞伎十八番の主人公たちの役柄は荒事によって演ぜられる
25. あらごと【荒事】
歌舞伎事典
御霊神の威力ある祝福性を受けとめて、《暫》の主人公に代表されるような、市川流の荒事を創始した。→歌舞伎十八番実事和事今尾 哲也
26. 家の芸
日本大百科全書
らく』『矢の根』『鳴神なるかみ』『助六すけろく』『勧進帳かんじんちょう』など)を制定した「歌舞伎十八番」が適例である。ほかに尾上おのえ菊五郎家の「怪談物」のお岩
27. 家の芸画像
世界大百科事典
演目もある。市川団十郎家(成田屋)の荒事芸,および荒事芸を含んだ〈歌舞伎十八番〉の演目がその代表。団十郎家には〈新歌舞伎十八番〉もある。尾上菊五郎家(音羽屋)を
28. いえのげい【家の芸】
歌舞伎事典
演目もある。市川団十郎家(成田屋)の荒事芸、および荒事芸を含んだ〈歌舞伎十八番〉の演目がその代表。団十郎家には〈新歌舞伎十八番〉もある。尾上菊五郎家(音羽屋)を
29. いせ‐の‐さぶろう[‥サブラウ]【伊勢三郎】
日本国語大辞典
二・伊勢三郎はじめて臣下になる事「伊勢三郎義盛とは、その時の宿の主(あるじ)なり」〔二〕新歌舞伎十八番の一つ。河竹黙阿彌作。本名題「
30. 市川海老蔵[第十一代海老蔵を襲名]
情報・知識 imidas
演じ話題を集めた。初代市川團十郎の幼名であった「海老蔵」の名は、二代目が初めて芸名として名乗り、「歌舞伎十八番」を制定した七代目や、女性ファンから「海老さま」の
31. 市川猿之助
日本大百科全書
門したが、のち9世市川団十郎の弟子になり山崎猿之助と名のる。1874年(明治7)中島座で、歌舞伎十八番の『勧進帳』を師に無断で上演して破門され、松尾猿之助の名で
32. いちかわえんのすけ【市川猿之助】
国史大辞典
喜熨斗(きのし)亀次郎。はじめ五代目尾上菊五郎に入門、のち九代目市川団十郎の弟子となったが、歌舞伎十八番の『勧進帳』を無断で演じたために破門された。明治二十三年
33. 市川左団次画像
日本大百科全書
果まやませいかと組んで多くの作品を上演し、新歌舞伎というジャンルを定着させた。その一方で、歌舞伎十八番の『毛抜けぬき』『鳴神なるかみ』や、4世鶴屋南北なんぼくの
34. いちかわさだんじ【市川左団次】
国史大辞典
率いて最初の海外(ソ連)歌舞伎公演を行うなど、近代演劇史上に大きな足跡を残した。『毛抜』『鳴神』など歌舞伎十八番の復活上演も行なっている。昭和十五年二月二十三日
35. いちかわ-さだんじ【市川左団次(2代)】画像
日本人名大辞典
明治17年初舞台。39年明治座で2代を襲名。42年小山内薫と自由劇場を創立する。とだえていた歌舞伎十八番の「毛抜」などを復活上演。岡本綺堂(きどう)らの新作を初
36. 市川団十郎画像
日本大百科全書
1832年(天保3)に長男に8世を継がせ、自身は5世海老蔵を名のった。『勧進帳』を初演し、また、「歌舞伎十八番」を制定、公表した。8世(1823―1854)7世
37. 市川団十郎画像
世界大百科事典
世をつがせ,自分は前名の5世海老蔵を再度名のった。この時,初世以来の荒事の当り役を調べて〈歌舞伎十八番〉を選定し,公表した。40年3月《勧進帳》初演に当たって,
38. いちかわ‐だんじゅうろう【市川団十郎】
日本国語大辞典
~一八〇六)〔五〕七世。五世の孫。俳名寿海老人。あらゆる役をよくした江戸末期の代表的名優。歌舞伎十八番を制定し、「勧進帳」を創演した。寛政三~安政六年(一七九一
39. いちかわだんじゅうろう【市川団十郎】
国史大辞典
市井生活を写した「生世話物」を創演したりした。また市川宗家という家の伝統を大きく意識し、「市川家歌舞伎十八番」を制定した。そのなかの『勧進帳』は初代創演とはいえ
40. 市川團十郎[演劇]
情報・知識 imidas
作り上げた2代目(1688~1758)、文化・文政期から幕末まで幅広い役柄で活躍し、「勧進帳」を初演、歌舞伎十八番の選定にあたった7代目(1791~1859)、
41. 市川團十郎[市川宗家として歌舞伎界を牽引してきた歌舞伎役者、死去]
情報・知識 imidas
「暫」の鎌倉権五郎などで、江戸歌舞伎の大名跡である12代目市川團十郎を襲名。家の芸である「歌舞伎十八番」の復活・継承にも力を注いだ。2004年5月長男の11代目
42. 市川團十郎[パリ、オペラ座で、初歌舞伎公演]
情報・知識 imidas
5カ月間休演後、10月パリ公演で復帰。05年に再び入院し、06年5月舞台復帰。今回のオペラ座公演の演目は歌舞伎十八番のひとつ「勧進帳」に、口上を挟み、「紅葉狩」
43. いちかわだんじゅうろう【市川団十郎】
歌舞伎事典
》などを含む〈新歌舞伎十八番〉を制定。【一〇世】1882‐1956 九世の女婿。堀越福三郎から市川三升となり、没後に一〇世団十郎の名を追贈された。七世の選定した
44. いちかわだんじゅうろう【市川團十郎】[付録]
歌舞伎事典
った。顔、声、姿、三拍子揃った、文字通り映える役者である。市川宗家の当主として、まず家の芸歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜》《勧進帳》《鳴神》《毛抜》《暫》《景清
45. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(7代)】
日本人名大辞典
家芸の荒事(あらごと)のほか,4代鶴屋南北の生世話物(きぜわもの)なども好演。天保(てんぽう)3年歌舞伎十八番を制定。13年改革令にふれて江戸を追放され,上方な
46. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(9代)】画像
日本人名大辞典
代表する役者で「劇聖」とよばれる。演劇改良運動にとりくみ,活歴物(かつれきもの)という史劇を創始。新歌舞伎十八番を制定した。明治36年9月13日死去。66歳。江
47. いちかわ-だんじゅうろう【市川団十郎(12代)】
日本人名大辞典
れ。11代市川団十郎の長男。昭和28年初舞台。60年12代市川団十郎を襲名,家の芸である「歌舞伎十八番」の荒事(あらごと)を中心に江戸歌舞伎の現代への継承につと
48. 市川団十郎(9世)〔役者絵〕[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
豊原国周くにちか画『歌舞伎十八番之内 勧進帳かんじんちょう』 「武蔵坊弁慶むさしぼうべんけい」 三枚続の一 1890年(明治23)国立国会図書館所蔵
49. いちかわ‐りゅう[いちかはリウ]【市川流】
日本国語大辞典
元祿(一六八八~一七〇四)の頃、初代市川団十郎が始めて、代々家の芸とする荒事(あらごと)。歌舞伎十八番を生み出した。*談義本・根無草〔1763~69〕後・一「『
50. いちかわりゅう【市川流】
国史大辞典
七代目の時代からようやく舞踊の家元制度が、世人の注意をひくようになったためという。七代目は歌舞伎十八番の制定者であり、市川家累代の芸の集成をし、有名な『勧進帳』