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  11. 歌舞伎舞踊

歌舞伎舞踊

ジャパンナレッジで閲覧できる『歌舞伎舞踊』の新版 歌舞伎事典・世界大百科事典のサンプルページ

新版 歌舞伎事典

歌舞伎舞踊
かぶきぶよう
 歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。
【歴史】
 歌舞伎舞踊は、中世末期の風流ふりゅう踊という民俗舞踊を母体として発したもので、出雲のお国の踊った歌舞伎踊にはじまる。お国に追随した遊女歌舞伎も、女性芸能一切の禁止で出現した若衆歌舞伎も、その中心はレビュー式の〈総“踊”‐大踊〉であった。若衆歌舞伎から、その禁止後に登場する野郎歌舞伎になる頃、“舞”の系統が注入され、さらに女方の発生により若衆から女方に舞踊の中心が移り、元禄期(1688‐1704)に、劇的な“振”の物真似要素を加えた〈所作事〉が確立する。次の享保(1716‐)から宝暦期(‐1764)に女方舞踊全盛期を迎え、石橋物、道成寺物の名作が生まれる。宝暦以後、豊後系浄瑠璃〈常磐津・富本〉などの発達とともに天明期(1781‐9)に〈狂言浄瑠璃〉といわれる舞踊劇が完成する。やがて文化・文政期(1804‐1830)から幕末にかけて〈変化物〉流行の時代。この特色は、バラエティーのある小品舞踊を組み合わせたもので、三変化から一二変化に及ぶ作品を一人で踊りわけるものである。これらの一部が単独で残り、現在の日本舞踊作品の中心になっている。明治になると、演劇改良運動などによる高尚化の波にのって、能狂言に取材した〈松羽目物〉が登場する。この後、新舞踊運動が起こり、歌舞伎をはなれて、日本舞踊家が独立輩出する。
【種類】
 歌舞伎舞踊を大別すると、劇舞踊と純舞踊に分けられる。前者はテーマをもつ演劇性の強い舞踊で、後者はテーマのない風俗描写を主眼としたものである。さらに詳細にみるとさまざまの分類法がある。様式上、題材上からは、祝儀物、三番叟物、道成寺物、石橋物、浅間物、丹前物、草摺引物、蜘蛛舞物、道行物、松風物、曾我物、山姥物、椀久物、拍子舞物、男舞物、変化物、松羽目物、狂乱物、風俗物、祭礼物、最近は素踊物などがある。また興行形態から、儀式舞踊、顔見世物、大切物と区別される。
 伴奏音楽を基準にすると、長唄物(歌い物系統)と浄瑠璃物(語り物系統)に二大別されるが、地方の〈掛合〉という形式もみられる。
【構成】
 歌舞伎舞踊の一曲の構造は、基本的には一定の原則がある。舞楽・能の序破急の理論に基づき、一曲の構成は次の表の形式が原則となる。文章構造にも通じるものがある。
オキ(置唄・置浄瑠璃)
出(出端(では))――道行
クドキまたは語り(物語)
踊り地
チラシ(段切れ)
 〈オキ〉は舞台を空にして唄を聞かせる部分。〈出〉人物の登場・紹介の部分。花道で道行となることもある。〈クドキ〉女が男への恋情を振に表現する眼目の部分。男の場合は、〈語り〉で戦の物語を踊る。〈踊り地〉は太鼓地ともいい賑やかな鳴物入りの手踊、総踊となる。
 〈チラシ〉終局の場面。段切れで舞台上の見得で終わることもあり、花道引込みの場合もある。
[西形 節子]


世界大百科事典

歌舞伎舞踊
かぶきぶよう

歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。

歴史

歌舞伎舞踊は,中世末期の風流(ふりゆう)踊という民俗舞踊を母体として発したもので,出雲のお国の踊った歌舞伎踊にはじまる。お国に追随した遊女歌舞伎も,女性芸能いっさいの禁止で出現した若衆歌舞伎も,その中心はレビュー式の〈総“踊”-大踊〉であった。若衆歌舞伎から,その禁止後に登場する野郎歌舞伎になるころ,“舞”の系統が注入され,さらに女方の発生により若衆から女方に舞踊の中心が移り,元禄期(1688-1704)に,劇的な“振り”の物真似要素を加えた〈所作事〉が確立する。次の享保から宝暦期(1716-64)に女方舞踊全盛期を迎え,石橋(しやつきよう)物,道成寺物の名作が生まれる。宝暦以後,豊後系浄瑠璃〈常磐津,富本〉などの発達とともに天明期(1781-89)に〈狂言浄瑠璃〉といわれる舞踊劇が完成する。やがて文化・文政期(1804-30)から幕末にかけては〈変化(へんげ)物〉流行の時代。変化物は,バラエティーのある小品舞踊を組み合わせたもので,三変化から十二変化に及ぶ作品を1人で踊りわけるものである。この一部が単独で残り,現在の日本舞踊作品の中心になっている。明治になると演劇改良運動などによる高尚化の波にのって,能狂言に取材した〈松羽目物〉が登場する。この後,新舞踊運動が起こり,歌舞伎をはなれて,日本舞踊家が独立輩出する。

種類

歌舞伎舞踊を大別すると,劇舞踊と純舞踊に分けられる。前者はテーマを持つ演劇性の強い舞踊で,後者はテーマのない風俗描写を主眼としたものである。さらに詳細にみるとさまざまの分類法がある。様式上,題材上からは,祝儀物,三番叟物,道成寺物,石橋物,浅間物,丹前物,草摺引物,蜘蛛舞物,道行物,松風物,曾我物,山姥物,椀久物,拍子舞物,男舞物,変化物,松羽目物,狂乱物,風俗物,祭礼物,最近は素踊物などがある。また興行形態から,儀式舞踊,顔見世物,大切物と区別される。伴奏音楽を基準にすると,長唄物(歌い物系統)と浄瑠璃物(語り物系統)に二大別されるが,地方の〈掛合〉という形式もみられる。

構成

歌舞伎舞踊の1曲の構造は,基本的には一定の原則がある。舞楽・能の序破急の理論に基づき,1曲の構成は次の表の形式が原則となる。文章構造にも通じるものがある。

 〈オキ〉は舞台を空にして唄を聞かせる部分。〈出〉は人物の登場・紹介の部分。花道で道行となることもある。〈クドキ〉は女が男への恋情を振りに表現する眼目の部分。男の場合は,〈語り〉で戦の物語を踊る。〈踊り地〉は太鼓地ともいい賑やかな鳴物入りの手踊,総踊となる。

 〈チラシ〉は終局の場面。段切れで舞台上の見得で終わることもあり,花道引込みの場合もある。
[西形 節子]

[索引語]
所作事 女方舞踊 狂言浄瑠璃 変化(へんげ)物 松羽目物 オキ クドキ(口説) 踊り地 太鼓地 チラシ
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検索コンテンツ
1. 歌舞伎舞踊
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歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。 歴史 歌舞伎舞踊は,中世末期の風流(ふりゆう)踊という民俗舞踊を
2. かぶき‐ぶよう【歌舞伎舞踊】
日本国語大辞典
〔名〕歌舞伎芝居で歌舞伎役者によって演じられた舞踊。上方舞などお座敷舞踊に対する語。[発音]カブキブヨー〓[ブ]
3. かぶきぶよう【歌舞伎舞踊】
国史大辞典
舞と踊りを総合した歌舞伎の舞踊で日本舞踊の代表。出雲阿国(いずものおくに)が始めたころから若衆歌舞伎時代までは、風流踊り系統の踊りが中心であった。野郎歌舞伎時
4. かぶきぶよう【歌舞伎舞踊】
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歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。【歴史】 歌舞伎舞踊は、中世末期の風流(ふりゅう)踊という民俗舞踊
5. 歌舞伎舞踊
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7. あいおいじし【相生獅子】
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8. 合方
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12. あけがらす【明烏】
歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊。新内と清元が有名。安永一(1772)年初世鶴賀若狭掾が作曲した《明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)》が新内の名曲として流布し、嘉永四(1851
13. 浅妻船
世界大百科事典
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14. 浅間物
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16. あさまもの【浅間物】
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17. あつみせいたろう【渥美清太郎】
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18. あづま-とくほ【吾妻徳穂】画像
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19. あべの-やすな【安倍保名】
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世界大百科事典
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22. 操り
世界大百科事典
〈操り狂言〉と呼ぶようになって,本来の糸操りはかえって〈南京操り〉として区別された。しかし歌舞伎舞踊の《操三番叟》のように,糸操りを意味する用例も皆無ではない。
23. 操三番叟
世界大百科事典
歌舞伎舞踊。長唄。1853年(嘉永6)2月江戸河原崎座初演。本名題《柳糸引御摂(やなぎのいとひくやごひいき)》。大坂の2世嵐璃珏(りかく)の江戸下りのお目見得狂
24. あやつりさんばそう【操三番叟】
歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊。長唄。嘉永六(1853)年二月江戸・河原崎座初演。本名題《柳絲引御摂(やなぎのいとひくやごひいき)》。大坂の二世嵐璃
25. 淡島信仰
世界大百科事典
東京浅草寺境内の淡島堂はこの日,参詣客でにぎわう。蛸島 直 淡島物 淡島信仰の普及に伴い,淡島願人の風俗が歌舞伎舞踊の中にとりいれられて成立した一群の作品をいう
26. あわしまもの【淡島物】
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27. 粟餅
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28. 茨木
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歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊。長唄。新古演劇十種の一。明治一六(1883)年四月東京・新富座初演。作詞河竹黙阿弥、作曲三世杵屋正次郎、振付初世花柳寿輔ほか。配役は茨木童子=五世
30. 浮かれ坊主
世界大百科事典
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31. うかれぼうず【浮かれ坊主】
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32. うきよ‐おどり[‥をどり]【浮世踊】
日本国語大辞典
〔名〕(「浮世」は当世の意)元祿時代(一六八八~一七〇四)の終り頃から流行した歌舞伎舞踊の一つ。*評判記・役者口三味線〔1699〕京・大和屋甚兵衛「此人ひゃうし
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日本国語大辞典
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34. 後面
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歌舞伎舞踊の一技法および,その技法を用いた舞踊曲の略称。演者が後頭部に面をつけ,一人で二役を踊り分けること。古くから多く演じられてきたのは,狂言《釣狐》に想を得
35. うしろめん【後面】
歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊の一技法。演者が後頭部に面をつけ、一人で二役を踊り分けること。古くから多く演じられてきたのは、狂言《釣狐》に想を得て白蔵主と狐を踊り分ける趣向で、佐
36. 靱猿
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37. うつぼざる【靭猿】
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38. 浦島
世界大百科事典
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44. えどきんせいぶようし【江戸近世舞踊史】
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46. えんげき【演劇】 : 演劇/〔大陸芸能輸入時代(五―七世紀)〕
国史大辞典
え、仏会のときの行列芸能)の記帳、郷土芸能の伎楽系獅子舞やその流れをくむ能の『石橋』もの、歌舞伎舞踊の獅子ものなどは、伎楽の残存形態である。ついで入ってきたのは
47. 扇
世界大百科事典
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48. 桜梅会[付録]
歌舞伎事典
一門京屋会の協力によるもので、代表は中村京妙、中村京蔵。 昭和55年丸の内日本工業倶楽部。 初期は歌舞伎舞踊を主体としたが、近年は歌舞伎狂言を上演するようになっ
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歌舞伎舞踊。常磐津・義太夫。作詞福地桜痴,作曲岸沢仲助。1897年10月東京明治座初演。彦七を9世市川団十郎,千早姫を市川女寅(後の6世門之助)。《太平記》によ
50. おおもりひこしち【大森彦七】
歌舞伎事典
 歌舞伎舞踊。常磐津・義太夫。作詞福地桜痴。作曲岸沢仲助。明治三〇(1897)年一〇月東京・明治座初演。彦七=九世市川団十郎、千早姫=市川女寅(後の六世門之助)
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