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  11. 助六由縁江戸桜

助六由縁江戸桜

ジャパンナレッジで閲覧できる『助六由縁江戸桜』の新版 歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典のサンプルページ

新版 歌舞伎事典

助六由縁江戸桜
すけろくゆかりのえどざくら
 歌舞伎狂言。世話物。一幕。通称《助六》。歌舞伎十八番の一つで三時間近く(現行一時間半から二時間)を要する花やかな大曲。正徳三(1713)年、江戸・山村座上演の《花館愛護桜はなやかたあいごのさくら》で二世市川団十郎が助六に扮したのが初演とされる。これ以前上方では助六と揚巻を脚色した歌舞伎や浄瑠璃が上演されており、江戸へ移されての初演である。正徳六年、二世団十郎が二度目の助六を演じたとき、助六が曾我五郎と結びついた。寛延二(1749)年、三度目の上演で、現行《助六》の形式がほぼ成立した。このときの浄瑠璃外題は《助六廓家桜》。《助六由縁江戸桜》の外題は、宝暦一一(1761)年三月、初世市村亀蔵(九世羽左衛門)が《江戸紫根元曾我》の二番目として演じたときの河東節の題《助六所縁江戸桜》に始まり、明治以降はこれが狂言名題としてほぼ固定した。洗練を重ね、七世団十郎の四度目の上演のとき(天保三年)、「寿狂言十八番の内」と記して、団十郎家の〈家の芸〉として完成した。助六は夜ごと吉原に現れて喧嘩をふきかけている。源家の重宝友切丸をさがすため相手に刀を抜かせるのが目的である。助六の馴染みの傾城揚巻に横恋慕する意休は、助六の悪態にあっても刀を抜かない。子分のかんぺら門兵衛や朝顔仙平に手向かわせるが、歯が立たない。助六の喧嘩ぶりに口をはさむ者がいる。見ると白酒売の姿をした兄十郎。兄は弟に意見しに来たのだが、友切丸詮議のためと聞き、自分も喧嘩の仕方を教わる。通りがかりの遊客に兄弟が股をくぐらせるなどのおかしな場面があり、次に揚巻に送り出された客にからむとこれが母の満江で、助六に喧嘩を戒める紙衣を着せて帰る。この後、意休に罵倒されるが助六が我慢していると、図にのった意休が香炉台の足を曾我兄弟に見立てて切る。このとき抜いた刀を友切丸と見届け、意休を討ち果たして刀を取り戻す。この後に助六が捕手からのがれるため本水の入った天水桶に身を隠す場面を付ける場合もある。話の筋は単純であるが、場面転換の妙であきさせない。色彩美にもすぐれている。幕が開くと一面桜を配した吉原三浦屋の店先、豪華な衣裳の揚巻や白玉、黒羽二重に紫の鉢巻をしめ、蛇の目傘を持った助六、白髪の意休、浅葱色の着物の十郎、浴衣の門兵衛と、登場者それぞれに個性があり、役柄の配分もよい。演技では荒事や和事の芸など、歌舞伎が蓄えた美学を十分にくりひろげる。また、その興行形態が歌舞伎と吉原や魚河岸との結びつきを示すもので、江戸期の歌舞伎の全体像を示す傑作である。なお、尾上家では《助六曲輪菊くるわのももよぐさ》の名題で多少演出を変えて上演する。
助六物
[鳥越 文蔵]


日本大百科全書(ニッポニカ)

助六由縁江戸桜
すけろくゆかりのえどざくら

歌舞伎 (かぶき)劇。時代世話物。1幕。通称「助六」。歌舞伎十八番の一つ。侠客 (きょうかく)花川戸 (はなかわどの)助六実は曽我 (そが)五郎は、宝刀友切丸 (ともきりまる)詮議 (せんぎ)のため吉原へ入り込み、愛人の三浦屋揚巻 (あげまき)に横恋慕する金持ちの武士髭 (ひげ)の意休 (いきゅう)のもつ刀こそ友切丸と知り、意休を討って刀を取り返す。ほかにおもな登場人物は、助六の兄白酒売新兵衛実は曽我十郎、母満江 (まんこう)、揚巻の妹分の傾城 (けいせい)白玉 (しらたま)、意休の子分のかんぺら門兵衛、朝顔仙平など。物語は単純だが、絢爛 (けんらん)たる吉原仲の町を背景に、揚巻・白玉ら傾城の豪華な道中、揚巻の意休への悪態、助六が河東節 (かとうぶし)を地に花道で美しい振 (ふり)を見せる「出端 (では)」、意休一味との啖呵 (たんか)と悪態のやりとり、遊客に喧嘩 (けんか)を売って股 (また)をくぐらせる滑稽 (こっけい)味、助六を意見する母の情愛、また省略されることも多いが、意休を斬 (き)った助六が天水桶 (おけ)の本水 (ほんみず)に隠れる「水入り」のスリルなど、見どころは多い。

 本来は上方 (かみがた)で生まれた「助六心中」の情話が江戸で脱化して侠客物になった作品で、1713年(正徳3)4月山村座で2世市川団十郎が初演した『花館愛護桜 (はなやかたあいごのさくら)』に始まり、再演の『式例和 (しきれいやわらぎ)曽我』(1716)以後は曽我狂言の一部に扱われ、五郎が宝刀詮議のため助六と変名するという構成が恒例になり、三度目の上演(1749)で現行の形式がほぼ定まった。地に河東節を使ったのは1733年(享保18)市村竹之丞 (たけのじょう)所演の『英分身 (はなぶさふんじん)曽我』からで、その浄瑠璃名題 (じょうるりなだい)『助六所縁 (ゆかりの)江戸桜』に基づいて、今日の狂言名題が生まれた。歌舞伎十八番に選ばれたのは1832年(天保3)の7世団十郎所演からである。なお、尾上 (おのえ)菊五郎家では河東節にかえて他の浄瑠璃を使い、近年は清元 (きよもと)地の『助六曲輪菊 (くるわのももよぐさ)』に定まっている。

[松井俊諭]



世界大百科事典

助六由縁江戸桜
すけろくゆかりのえどざくら

歌舞伎狂言。世話物。1幕。通称《助六》。歌舞伎十八番の一つで3時間近く(現行1時間半から2時間)を要する華やかな大曲。1713年(正徳3),江戸山村座上演の《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》で2世市川団十郎が助六に扮したのが初演とされる。これ以前上方では助六と揚巻を脚色した歌舞伎や浄瑠璃が上演されており,江戸へ移されての初演である。16年(享保1),2世団十郎が2度目の助六を演じたとき,助六が曾我五郎と結びついた。49年(寛延2),3度目の上演で,現行《助六》の形式がほぼ成立した。このときの浄瑠璃外題は《助六廓家桜》。《助六由縁江戸桜》の外題は,61年(宝暦11)3月,初世市村亀蔵(9世羽左衛門)が《江戸紫根元曾我》の二番目として演じたときの河東節の題《助六所縁江戸桜》に始まり,明治以降はこれが狂言名題としてほぼ固定した。洗練を重ね,7世団十郎の4度目の上演のとき(1832年),〈寿狂言十八番の内〉と記して,団十郎家の〈家の芸〉として完成した。

 助六は夜ごと吉原に現れ喧嘩をふきかけている。源家の重宝友切丸をさがすため相手に刀を抜かせるのが目的である。助六の馴染みの傾城揚巻に横恋慕する意休は,助六の悪態にあっても刀を抜かない。子分のかんぺら門兵衛や朝顔仙平に手向かわせるが,歯が立たない。助六の喧嘩ぶりに口をはさむ者がいる。見ると白酒売の姿をした兄十郎。兄は弟に意見しに来たのだが,友切丸詮議のためと聞き,自分も喧嘩の仕方を教わる。通りがかりの遊客に兄弟が股をくぐらせるなどのおかしな場面があり,次に揚巻に送り出された編笠の客にからむが,実は母の満江で,助六に喧嘩をやめるように紙衣(かみこ)を着せて帰る。この後,意休に罵倒されるが助六が我慢していると,図にのった意休が香炉台の足を曾我兄弟に見立てて切る。このとき抜いた刀を友切丸と見届け,意休を討ち果たして刀を取り戻す。この後に助六が捕手からのがれるため本水の入った天水桶に身を隠す場面を付ける場合もある。話の筋は単純であるが,場面転換の妙であきさせない。色彩美にもすぐれている。幕が開くと一面桜を配した吉原三浦屋の店先,豪華な衣装の揚巻や白玉,黒羽二重に紫の鉢巻をしめ,蛇の目傘を持った助六,白髪の意休,浅葱色の着物の十郎,浴衣の門兵衛と,登場者それぞれに個性があり,役柄の配分もよい。演技では荒事や和事の芸など,歌舞伎が蓄えた美学を十分にくりひろげる。また,その興行形態が歌舞伎と吉原や魚河岸との結びつきを示すもので,江戸期の歌舞伎の全体像を示す傑作である。なお,尾上家では《助六曲輪菊(くるわのももよぐさ)》の名題で多少演出を変えて上演する。
[鳥越 文蔵]

[索引語]
助六 市川団十郎(2世) 助六 助六廓家桜 友切丸 意休 助六曲輪菊(くるわのももよぐさ)
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検索コンテンツ
1. 助六由縁江戸桜
日本大百科全書
歌舞伎かぶき劇。時代世話物。1幕。通称「助六」。歌舞伎十八番の一つ。侠客きょうかく花川戸はなかわどの助六実は曽我そが五郎は、宝刀友切丸ともきりまる詮議せんぎのた
2. 助六由縁江戸桜
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度目の上演で,現行《助六》の形式がほぼ成立した。このときの浄瑠璃外題は《助六廓家桜》。《助六由縁江戸桜》の外題は,61年(宝暦11)3月,初世市村亀蔵(9世羽左
3. すけろくゆかりのえどざくら【助六由縁江戸桜】
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歌舞伎脚本。世話物。一幕。金井三笑・桜田治助合作。宝暦一一年(一七六一)江戸市村座初演。上方の「助六心中」が、江戸で侠客(きょうかく)花川戸助六と三浦屋の遊女揚
4. すけろくゆかりのえどざくら【助六由縁江戸桜】
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三度目の上演で、現行《助六》の形式がほぼ成立した。このときの浄瑠璃外題は《助六廓家桜》。《助六由縁江戸桜》の外題は、宝暦一一(1761)年三月、初世市村亀蔵(九
5. 助六所縁江戸桜(著作ID:338534)
新日本古典籍データベース
すけろくゆかりのえどざくら 助六由縁江戸桜 助六/所縁江戸桜 金井 三笑(かない さんしょう) 桜田 治助 一世(さくらだ じすけ 1せい) 浄瑠璃/河東 脚本
6. あげまき【揚巻/総角】
日本架空伝承人名事典
悪く言われて、揚巻は助六をかばい、傾城としての意気地をたてる、いわゆる揚巻の悪態のくだり)助六由縁江戸桜あげ巻はすそをふくらしじやうをはり編者/評者:初世川柳(
7. あさくさはなかわどまち【浅草花川戸町】東京都:台東区/旧浅草区地区地図
日本歴史地名大系
醤油酢問屋伊勢屋宇兵衛の店がみえ、大川橋前には御膳生蕎麦所まきや久兵衛の店があった。歌舞伎狂言の「助六由縁江戸桜」などの主人公助六は花川戸の侠客とされている。大
8. いちかわしんじ【市川新次】[付録]
歌舞伎事典
昭和64 平成22国立劇場第一九期歌舞伎俳優研修修了。一二世市川團十郎に入門し、同4歌舞伎座《助六由縁江戸桜》の三浦屋新造で市川新次を名のり、初舞台。同11国立
9. 市川團十郎[市川宗家として歌舞伎界を牽引してきた歌舞伎役者、死去]
情報・知識 imidas
で6代目市川新之助を襲名。69年11月「助六由縁江戸桜」の助六、「勧進帳」の富樫で10代目市川海老蔵を襲名。85年4月「勧進帳」の弁慶、「助六由縁江戸桜」の助六
10. いちかわだんじゅうろう【市川團十郎】[付録]
歌舞伎事典
昭和33・5歌舞伎座《風薫鞍馬彩》の牛若丸で六世市川新之助を襲名。昭和44・11歌舞伎座《助六由縁江戸桜》の助六、《勧進帳》の富樫で一〇世市川海老蔵を襲名。昭和
11. いちや‐ざけ【一夜酒】
日本国語大辞典
*詠百寮和歌〔1504~54頃〕「造酒正 かみあわせ作り出せる一夜酒口のうちにてわき帰りつつ」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「七夕は一夜酒(イチヤザケ)、
12. うなぁ
日本国語大辞典
〔連語〕(「うぬは」の変化したもの)「うな〔連語〕」に同じ。*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「さっきッから、大分しゃれる奴だが、うなァ己(を)れを知らねへな
13. うわ‐かぶき[うは‥]【上傾】
日本国語大辞典
(ウワカブキ)」*俳諧・毛吹草〔1638〕六「かたぶくや上かぶきなる月の笠〈成政〉」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「そんなにいはしゃんす程、うわかぶきがし
14. 江戸繁昌記 3 49ページ
東洋文庫
後者がモデルらしい。自休、本名は深見十右衛門。吉原などを横行してすき勝手な乱暴を働いた。ここは『助六由縁江戸桜』(安永八年三月中村座上演)に、「揚巻……慮外なが
15. 江戸紫
日本大百科全書
ものとも、または紫に藍を加えて染め出した色ともいわれるが、明らかではない。歌舞伎かぶき『助六由縁江戸桜すけろくゆかりのえどざくら』の助六の用いる鉢巻の色がこれに
16. えどむらさきこんげんそが【江戸紫根元曾我】
歌舞伎事典
菊五郎が経営する評判の油店を当て込んだ楽屋落の趣向になっていたらしい。三月の節句がわりから河東節の《助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)》で、二世市川団
17. えんげきおんがく【演劇・音楽】 : 近世
国史大辞典
河東節・一中節・宮薗節・荻江節なども、今では古曲と呼ばれるものであるが、たとえば河東節の「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」のように、いずれも歌舞伎
18. えんどう-いしゅん【遠藤為春】
日本人名大辞典
昭和44年2月6日死去。87歳。東京出身。東京高商(現一橋大)卒。本名は弥市。別号に城州,泊堂。共著に「助六由縁江戸桜の型」。
19. 尾上菊之助[「音羽屋」のプリンスが神田明神で挙式]
情報・知識 imidas
“平成の三之助”と評されるなど歌舞伎ブームを盛り上げた。04年の11代目市川海老蔵襲名披露では、「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の揚巻(あげまき
20. 女方(形)
世界大百科事典
〈若女方(わかおんながた)〉と〈花車方(かしやがた)〉に大別された。若女方には,遊女(《助六由縁江戸桜》の揚巻),芸者(《八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやの
21. かすり【掠・擦】
日本国語大辞典
*俳諧・物種集〔1678〕「浅茅かはらで敵うたせて 肩さきにすこしかすりの有乳山〈南達〉」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「揚巻か。少しのかすりで、水にひた
22. 河東節
世界大百科事典
6世河東までの時代がもっとも盛んで,歌舞伎の舞台に出演していたが,以後は歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)》以外には出演しなくなり,蔵
23. かとうぶし【河東節】
歌舞伎事典
た浄瑠璃。はじめは歌舞伎の舞台に出演していたが、次第に遠ざかり、現在では歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜》に河東節連中(十寸見会連中)が出演するだけとなった。肥前
24. 歌舞伎画像
世界大百科事典
に確立している。いっぽう,純歌舞伎は,歌舞伎のために書きおろされたオリジナルの作品で,《助六由縁江戸桜》《鳴神》《暫(しばらく)》《五大力恋緘(ごだいりきこいの
25. 歌舞伎(演劇)画像
日本大百科全書
いう)で、『曽我そがの対面』などの祝儀物がかならず一つは出た。3月が弥生やよい狂言で、『助六由縁江戸桜ゆかりのえどざくら』のように桜にちなむ狂言や、御殿女中の宿
26. きょうかくもの【俠客物】
歌舞伎事典
かんばんたてしのほんだな)》(金看板甚九郎、明治一六年四月新富座)などがある。→五人男物助六由縁江戸桜小池 章太郎
27. きんせい【近世】画像
国史大辞典
河東節・一中節・宮薗節・荻江節なども、今では古曲と呼ばれるものであるが、たとえば河東節の「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」のように、いずれも歌舞伎
28. 黒手組曲輪達引
世界大百科事典
出した新兵衛をかばって召し捕られる。後になって白玉と伝次が自首して出たため,助六は許される。→助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)小池 章太郎 河竹黙阿
29. こしらえ[こしらへ]【拵】
日本国語大辞典
」*狂言記・六地蔵〔1700〕「さあさあ。はよふ地蔵の拵(コシラヘ)さしませ」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「仁王の喜三郎、男伊達の拵らへにて腰をかけ、た
30. さよう‐なれ‐ば[さヤウ‥]
日本国語大辞典
(「ば」は接続助詞)【一】〔接続〕順態の確定条件を示す。そうであると。*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「『祐成、これで落付た。もふ帰らうではあるまいか』『左
31. さらば‐え
日本国語大辞典
〕一・四「すこしおくりまいらせけるに、さらばへとのお言葉の下より、御鼻紙一打」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「そんなら意休さん、翌(あす)ござんせへ、さら
32. 助六
日本大百科全書
愛護桜はなやかたあいごのさくら』以来代々の市川団十郎が演出を洗練し、歌舞伎十八番の一つ『助六由縁江戸桜ゆかりのえどざくら』として今日に伝わった。舞踊化作品も17
33. 助六
世界大百科事典
釈種からの〈世話の助六〉(《黒手組曲輪達引》1858)などがある。→揚巻(あげまき) →助六由縁江戸桜小池 章太郎 万屋助六 総角(歌舞伎) 助六心中物 花川戸
34. すけろく【助六】
日本国語大辞典
【一】〔一〕歌舞伎脚本「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」の通称。〔二〕歌舞伎所作事。長唄。三世桜田治助作詞。一〇世杵屋六左衛門作曲。天保一〇年(一
35. すけろく【助六】
国史大辞典
、洗練された華麗な演出と、町人の意気の誇示とによって江戸市民に愛好された。現行の外題は『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』または『助六曲輪菊(すけろ
36. すけろく【助六】
日本架空伝承人名事典
間近く寄つてしやツつらを拝み奉れエエヽヽ(かんぺら門兵衛ら敵役たちに名を問いつめられての助六のツラネ)助六由縁江戸桜
37. すけろくもの【助六物】
歌舞伎事典
年)は助六を気どった通人大口屋暁雨を劇化したもの。→俠客春雨傘俠客物黒手組曲輪達引心中物助六由縁江戸桜松井 俊諭
38. すて‐ぜりふ【捨台詞】
日本国語大辞典
その場その場に応じていいすてる短いせりふ。主として、登場、退場の時にいう。捨てことば。*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「後より朝顔千平、奴の形にて出て両人直
39. 曾我物
世界大百科事典
別の世界の人物に対しても,実は曾我五郎という筋にしたりすることになった。歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜》の主人公が実は五郎というのはその一例である。曾我兄弟が本
40. そがもの【曾我物】
歌舞伎事典
まったく別の世界の人物に対しても、実は曾我五郎という筋にしたりすることになった。歌舞伎十八番の《助六由縁江戸桜》の主人公が実は五郎というのはその一例である。曾我
41. たわい
日本国語大辞典
大かたいきついたが、その女中はたわいになって、雪のやうな顔がさくら色になって」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「侍までに蓮葉をとれとは、たわい助六さん、ちっ
42. たんぼ【田圃】
日本国語大辞典
身の上を懺悔せし事「それから此通りの境界と、たんぼの伝白と云坊主がむかし語り」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「遠くは八王子の炭焼ばば、田甫(タンボ)のはっ
43. ちょっくら
日本国語大辞典
ちょッくらと聴せてお呉れよ」【二】〔名〕転じて、わずかの間に人目を盗んでする悪事をいう。*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「理非を弁(わき)まへず、ちょっくら
44. なかむらしじろう【中村獅二郎】[付録]
歌舞伎事典
昭和58 平成22国立劇場第一九期歌舞伎俳優研修修了。二世中村獅童門下となり、同4歌舞伎座《助六由縁江戸桜》の三浦屋新造で中村獅二郎を名のり、初舞台。
45. なかむらはるき【中村春希】[付録]
歌舞伎事典
平成4 平成22国立劇場第一九期歌舞伎俳優研修修了。同4歌舞伎座《助六由縁江戸桜》の三浦屋新造で中村春希を名のり、初舞台。二世中村魁春門下。
46. 投節
世界大百科事典
清元《神田祭》などの中の〈投節〉という曲節は,この〈そそり節〉のこととされている。河東節の《助六》(《助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)》),常磐津《
47. にくて‐らし・い【憎体─】
日本国語大辞典
浄瑠璃・根元曾我〔1698頃〕一「柄の小さきくせとしては鼻が高うてにくてらし」*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「アノ、悪(ニク)てらしい面(かほ)わいナア」
48. にほんこてんぶんがくたいけい【日本古典文学大系】
国史大辞典
道〔抄〕(安藤昌益)・統道真伝〔抄〕(同) 98歌舞伎十八番集 歌舞伎十八番集 矢の根・助六由縁江戸桜・暫・鞘当・勧進帳・鳴神・毛抜・景清 役者論語(八文字屋自
49. はすっ‐ぱ【蓮葉】
日本国語大辞典
〈小島信夫〉「女、強くハスッパにいう」(2)「はすのはがさ(蓮葉笠)」に同じ。*歌舞伎・助六由縁江戸桜〔1761〕「この蓮葉(ハスッパ)をとれ〈略〉と助六、満江
50. 花川戸助六の歌碑[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
歌舞伎十八番『助六由縁江戸桜すけろくゆかりのえどざくら』にちなみ、1879年(明治12)9世市川団十郎(雅号団洲)が中心となって仰願こうがん寺に建立。関東大震災
「助六由縁江戸桜」の情報だけではなく、「助六由縁江戸桜」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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歌舞伎は,舞楽,能,狂言,人形浄瑠璃などとともに日本の代表的な古典演劇であり,人形浄瑠璃と同じく江戸時代に庶民の芸能として誕生し,育てられて,現代もなお興行素材としての価値を持っている。明治以後,江戸時代に作られた作品は古典となり,演技・演出が
下座音楽(新版 歌舞伎事典・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
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邦舞ともよび、西洋舞踊(洋舞)と大別される。広義には、舞楽(ぶがく)、能(のう)、歌舞伎(かぶき)舞踊(古典舞踊)、新舞踊、創作舞踊、民俗舞踊(郷土舞踊)などをいう。狭義には、これらのうち一般的によく知られている歌舞伎舞踊をいうことが多い。「舞踊」と
歌舞伎舞踊(新版 歌舞伎事典・世界大百科事典)
歌舞伎の中で演じられる舞踊および舞踊劇。また日本舞踊を代表する舞踊として同義語にも用いられる。【歴史】歌舞伎舞踊は、中世末期の風流(ふりゅう)踊という民俗舞踊を母体として発したもので、出雲のお国の踊った歌舞伎踊にはじまる。お国に追随した遊女歌舞伎も
寿狂言(新版 歌舞伎事典・世界大百科事典)
江戸の劇場の中村座・市村座・森田座に伝承された祝言儀礼的狂言のこと。家狂言ともいう。江戸時代の歌舞伎の興行権は、幕府が座元(太夫元)個人に与えた特権であった。江戸三座の座元は世襲であったので、その権威も特に大きく、各座では、由緒正しい家を誇り格式を
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