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旧正月(平成ニッポン生活便利帳)
旧正月とは旧暦の正月のことで、その年によって日にちは異なります。二十四節気の雨水(新暦2月19日頃)の直前の朔日(新月)が旧暦の元日となり、新暦では年によって1月22日〜2月19日までの間を移動することになります。朔日を元日として始まる新年を大正月と
初午(世界大百科事典・日本国語大辞典)
2月初めの午の日,およびその日の行事をいう。全国的に稲荷信仰と結びついているが,旧暦の2月初午は農事開始のころにあたり,そのために農神の性格をもつ稲荷と結びつきやすかったのであろう。関東地方では稲荷講が盛んで,稲荷の祠に幟(のぼり)を立て油揚げや赤飯
中村仲蔵(歌舞伎事典・国史大辞典・世界大百科事典)
歌舞伎役者。江戸系と大坂系の二派がある。江戸の初世・三世、大坂の初世・四世が名高い。◎江戸系‐【初世】1736‐1790 幼名万蔵。初名中村市十郎。前名中村中蔵。別名六世中山小十郎、八世志賀山万作。俳名秀鶴。屋号栄屋。浪人斎藤某の子とも
御摂勧進帳(歌舞伎事典・世界大百科事典)
歌舞伎狂言。時代物。六幕。通称《芋洗い勧進帳》。桜田治助・河竹新七・奥野瑳助ほか作。安永二(1773)年一一月江戸・中村座初演。弁慶=三世市川海老蔵(前名四世団十郎)、熊井太郎・御廐喜三太・富樫=五世団十郎、義経=四世松本幸四郎、直井左衛門秀国
桜田治助(歌舞伎事典・世界大百科事典)
歌舞伎作者。四世まである。【初世】1734‐1806 俳名左交。号柳井隣・花川戸。江戸生れ。幼名蒔田喜三郎、または治三郎、通称笠屋善兵衛・中村平吉ともいうが不詳。宝暦七(1757)年歌舞伎作者三宅清蔵(のち津村と改姓)の世話で江戸・市村座の狂言作者
道外方(歌舞伎事典・世界大百科事典・日本大百科全書)
役柄の一つ。歌舞伎の道化(どうけ)の役柄およびその役柄を専門に演じる俳優をいう。〈三枚目〉は後世の通称。日本の芸能の伝統的な展開の一方法である〈もどき〉によって、初期の歌舞伎では道外方が重要な役目を果たしていた。西欧のフールと同じ道化、阿呆、泣男
近松門左衛門(歌舞伎事典・日本大百科全書)
浄瑠璃作者。歌舞伎作者。本名杉森信盛。幼名次郎吉、長じて通称平馬。他に平安堂・巣林子(そうりんし)、不移山人などの号がある。近松は父の杉森信義が越前吉江藩の幼主に仕えて福井に在住していたとき次男として生まれたらしいが、父が浪人したため一五‐一九歳の頃
市川団十郎(歌舞伎事典・日本大百科全書・世界大百科事典)
歌舞伎俳優。一二世まである。姓は堀越。屋号は代々成田屋。定紋は三升(みます)。早世した三世・六世を除いて代々名優で、江戸歌舞伎界屈指の名跡である。【初世】1660‐1704 祖先は甲州の武士で、永正年中に北条氏康の家臣となり、のち下総国埴生
役者評判記(歌舞伎事典・世界大百科事典・国史大辞典)
歌舞伎役者に対する芸評の書。広義には歌舞伎若衆の容色を品評する〈野郎評判記〉をも含めることもあるが、普通はこれと区別して、立役・敵役・若女方などすべての役柄の役者の技芸を批評する書物をいう。〈野郎評判記〉は明暦二(1656)年に始まると伝えられるが
物真似狂言尽(歌舞伎事典・日本国語大辞典)
歌舞伎用語。若衆歌舞伎が禁じられ、承応二(1653)年野郎歌舞伎として再興するに当たり、〈物真似狂言尽〉を演じることを条件の一つとして許可されたという。ただしこの許可条件を証明する同時代記録はなく、後世の資料によっている。当期の用例では単に
花笠踊(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
山形県山形市の民謡。同地方で酒盛り唄として歌われてきたもので、その源流は同地方の『櫓胴搗(やぐらどうづ)き唄』である。1935年(昭和10)ごろ山形市南館の有海桃洀(とうしゅう)が、弟子の伊藤桃華(山形市成沢)の持ち込んできた『櫓胴搗き唄』を元に
竿灯(日本大百科全書・世界大百科事典)
毎年8月3~6日の4日間、秋田市で行われる七夕行事で、東北三大祭りの一つとして知られる。10メートル余もある太い竹竿に横に9本の竹を結び付け、46個の提灯をぶら下げた飾りに点灯して各町内の若者たちが練り歩く。子供用の小形の竿灯もあるが
八朔(日本大百科全書・世界大百科事典・日本国語大辞典)
旧暦の8月1日の節日(せちにち)である。いまでは9月1日に行っている土地がある。この日を盆の終わりとして八朔盆とも称する。八朔の行事は東日本より西日本のほうが盛んである。この日は稲刈りにはまだ早いが、未熟の稲を神に供えている
明治東京逸聞史(東洋文庫)
東洋文庫135 森銑三明治の激動期に底流していた庶民の笑いとペーソス。書誌研究の第一人者が,新聞・雑誌・文芸作品などの資料を博捜してその実相を捉えた本書は,明治庶民生活史の粋といえる。年表的に編まれた本書の第1巻は,明治元年(1868)から明治32年(1899)まで。1969年03月刊
団扇(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
あおいで風を送り、ときに蚊や蠅を打ち払うに用いる夏の持ちもの。円形の団扇と、菱形の方扇があり、いずれも「うちわ」という。また、かざしに用いる長柄の翳(さしは)も形状の類似から団扇という。『続日本紀』宝亀八年(七七七)五月癸酉条には渤海使の帰国にあたり
浴衣(日本大百科全書・世界大百科事典)
木綿の浴衣地でつくられた単衣(ひとえ)の長着。家庭での湯上がりのくつろぎ着のほか、夏祭り、縁日、盆踊り、夕涼みなど夏の衣服として着用される。街着にはならないが、夕方の散歩着としては着用する。浴衣は肌襦袢(はだじゅばん)を用いず素肌に着て
グレコ(日本大百科全書(ニッポニカ))
16世紀スペイン最大の宗教画家。本名はドメニコス・テオトコプーロスDomenikos Theotokopoulos。クレタ島のカンディアに生まれたのでエル・グレコ(ギリシア人の意)の通称で知られる。父は、当時のクレタの支配者ベネチア共和国の徴税吏
万歳(改訂新版 世界大百科事典)
民俗芸能。祝福芸,門付芸(かどづけげい)の一つ。正月に家々の座敷や門口で予祝の祝言を述べたてるもので,〈千秋万歳(せんずまんざい)〉の末流と考えられる。平安時代後期成立の《新猿楽記》には〈千秋万歳之酒禱(さかほがい)〉と見え,千秋万歳はこのころすでに職能として存在
日本のおもな郷土玩具(日本大百科全書(ニッポニカ))
〔北海道〕アイヌ人形(アイヌにんぎょう)アイヌの風俗や伝説の神を多く主題とした木彫り人形。こけしに似たニポポ、小人伝説に登場する神コロポックル人形、男女像が一対(つい)となった穴の中の神様トンチカムイなどがあり、道内の各観光地で売られている
コロー(日本大百科全書(ニッポニカ))
フランスの画家。7月17日パリに生まれる。商人の道を歩ませようという両親の意に反して絵画を志し、最初若い風景画家アシル・ミシャロンに学び、ついで新古典主義者ビクトール・ベルタンに学ぶ。ベルタンを通じてプーサンなどにも学ぶが、ベルタンは同時に
アングル(日本大百科全書(ニッポニカ))
フランスの画家。8月29日モントーバンに生まれる。トゥールーズの王立アカデミーに学んだあと1797年パリに出てダビッドの門に入る。1801年『アガメムノンの使者』でローマ賞を得たが、当時の政治的・経済的状況のためローマへの出発は5年後となった
からくり(日本国語大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
〔名〕(動詞「からくる(絡繰)」の連用形の名詞化)(1)糸などであやつって動かすこと。あやつり。また、糸などの仕掛けで動くもの。あやつりじかけ。*虎寛本狂言・瓜盗人〔室町末~近世初〕「此綱を引けば杖が上る。又ゆるむれば打つ
壬生の花田植/佐陀神能(イミダス)
「壬生(みぶ)の花田植(はなたうえ、はなだうえ)」は広島県北広島町に伝わる稲作儀礼で、一説に鎌倉時代の発祥とも言われる。華やかに飾り立てた牛に代掻(しろか)きをさせた田で、紺の単衣(ひとえ)に菅笠(すげがさ)姿の早乙女たちが太鼓や笛、鉦(かね)などに合わせて
大日堂舞楽(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書)
民俗芸能。秋田県鹿角市八幡平字小豆沢(あずきざわ)の大日堂(大日孁貴(おおひるめむち)神社)で,1月2日に行われる祭事芸能。小豆沢,大里,谷内,長嶺の4集落の能衆によって舞われる。能衆は世襲で,それぞれの集落に所伝の舞がある
民俗芸能(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
地域社会の中で、住民の信仰や風俗・習慣と結び付きながら伝承してきた郷土色ゆたかな芸能。郷土芸能・民間芸能などともいう。祭や宴遊・講などを主な伝承の場とし、特に農耕の祭に呪術的機能を買われて演じられ、また芸能をもって成人教育とするなど
田楽(国史大辞典・新版 能 狂言事典・改訂新版 世界大百科事典)
広義には稲作に関する芸能の総称として用いるが、狭義には田楽躍(おどり)を本芸とする職業芸能者が演じる芸能をいう。また田植の囃しや田楽躍に用いる太鼓を称する場合もある。広義の田楽は、(1)田植を囃す楽、(2)職業芸能者である田楽法師による芸能
浪花節(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
大衆芸能の一種目。浪曲ともいう。一つの物語を旋律(フシ)と科白(せりふ、タンカ)で語る芸能。三味線を伴奏楽器とする。調子の高い関東節と低音に特色のある関西節に分けることができる。浪花節は江戸時代末期に流行した山伏や願人坊主の門付芸(祭文・ちょぼくれなど)に
ややこ踊(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
中世末から近世初頭にかけて行われた、ややこ(幼女)による踊りの芸能。『御湯殿上日記』天正九年(一五八一)九月九日条に、宮中に参内して踊ったと記録されたのが、文献上の初見である。歌舞伎舞踊という名称が現われる以前の同じ芸能の総称だった。その意味で歌舞伎舞踊の直接的な
出雲のお国(新版 歌舞伎事典・新版 日本架空伝承人名事典)
生没年不詳。慶長八(1603)年、京において歌舞伎踊を演じ、歌舞伎の創始者となった女性芸能者。出雲大社の巫女と称していたが、出身地は不詳。おそらくは京もしくはその周辺の出身であろう。歌舞伎踊を創始する以前は、ややこ踊と呼ばれる芸能を演じて
かぶき者(新版 歌舞伎事典・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
歌舞音曲の演奏家や歌舞伎役者をさすとともに、放蕩無頼・異端・異装の封建体制からはみ出してしまった、溢れ者をさす語である。中世の一つの美意識である〈ばさら〉が、集団としての反抗精神をもっていたのに対し、〈かぶき〉は個人の美的な反抗にすぎなかった。かぶき者の最初の典型
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