新版 歌舞伎事典
日本国語大辞典
解説・用例
(1)陰影や濃淡などで境をつけること。また、そのもの。くま。
*小学読本〔1874〕〈榊原・那珂・稲垣〉三「辛夷も此類にして、花小く紅の暈(クマトリ)あり」
*春の城〔1952〕〈阿川弘之〉四・一「段々畠の輪郭を、一つ一つ彫ったように隈取(クマドリ)鮮かにあらわしていた」
*白い髪の童女〔1969〕〈倉橋由美子〉「宿の娘は隈どりの濃い眼を大きくみひらいて」
(2)東洋画の技法の一つ。遠近や高低などを表わすために、墨や色の濃淡をぼかしてかくこと。また、その部分。暈染(うんぜん)。くま。
*日葡辞書〔1603~04〕「Cumadori (クマドリ)〈訳〉絵に陰を描き入れてその作品を一段と引き立たせ、よく見えるようにすること」
*文芸類纂〔1878〕〈榊原芳野編〉八「暈(クマトリ) ぼかしと称す。又同色上の暈(クマトリ)をはきかけといふ。皆顔料を塗り湿巾にて拭ひ其界を模糊ならしむ」
(3)歌舞伎で行なわれる舞台化粧の一つで、荒事(あらごと)などを演じる俳優が、その人物の性格や表情を誇張して見せるため、顔に赤、青、茶などの絵の具で線状の模様を描くこと。文楽では、歌舞伎の手法を採り入れて、人形のかしらに、線をかきこんだり、彩色をしたりする。隈絵取。くま。
*談義本・根無草〔1763~69〕前・二「大薩摩尊浄瑠理をかたり給へば、切幕をさっと明、柿のすはうに大太刀はき、市川流の(かほ)のくまどり」
*滑稽本・浮世風呂〔1809~13〕四・下「『敵役(かたきやく)の面(つら)が藍隈(あいぐま)とやらいってネ、彼(かの)ソレ、隈ゑどりが』『ヘン、隈取(クマドリ)といひなせへ。隈ゑどりだけ古風で素(しろ)ッぽひ』」
*海に生くる人々〔1926〕〈葉山嘉樹〉三〇「彼の手や顔は、夫で彩られて、隈取りしたやうに見えた」
発音
[リ][ド][0][ド]
辞書
日葡・言海
→正式名称と詳細
表記
【
世界大百科事典
歌舞伎の化粧法。江戸荒事劇にはじまり,時代物一般に用いられる。顔面筋肉を基調に各種地色へ紅,青黛(せいたい)などの油性顔料で片ぼかしに筋を描き,血気,怪異,姦佞(かんねい)など,役柄を誇張して表現する。荒事の英雄とこれに対する敵役や鬼畜・神仏の化身など,非写実的・ロマン的演劇が,隈取の発達の基礎をなした。元禄~正徳(1688-1716)のころにはすでにその複雑多岐なパターンが成立していたとみられる。初世・2世市川団十郎や山中平九郎,中村伝九郎ら,元禄期の諸優のくふうが,隈取創始に果たした役割は大きい。4・5世の団十郎に至り,役柄の範囲が広がるとともに,実悪(じつあく)系の凄みの隈も加えられた。隈取は取りかたと色彩とにより,約50種ほどに大別され,役々を類型化してとらえる思考によって,1種類の隈が諸種の役々に併用されるのがふつうで,〈猿隈〉が朝比奈役にのみ用いられるなどは,むしろ例外といえよう。また同一の役でも,たとえば《菅原伝授手習鑑》の梅王が〈車引の場〉と〈賀の祝の場〉とでは隈取に変化があり,《国性爺合戦》の和藤内は〈鴫蛤(しぎはまぐり)の場〉〈千里ヶ竹の場〉〈桜門の場〉までと,〈紅流しの場〉以降とでは,それぞれに用いる隈を変えるなど,人物の性格に即するというより,場面場面における役割を役柄とする思考がこうした変化を生むとみられよう。隈は大別して荒事・半道敵(はんどうがたき)系の紅隈と,実悪・鬼畜・怨霊系の藍・墨・黛赭(たいしや)などによる隈とに区分される。これらのうち代表的なものを列挙すると以下のようなものがある。〈筋隈〉は《車引》の梅王,《暫(しばらく)》の鎌倉権五郎,《矢の根》の五郎など。〈一本隈〉は《千里ヶ竹》《獅子ヶ城》の和藤内,《暫》の腹出しなどが用いる。その変形の〈二本隈〉があり,これは眉上にさらに〈芝翫(しかん)筋〉と称する紅の筋が加わる。〈むきみ隈〉は助六,《対面》の五郎など。奴系の役はこの〈むきみ隈〉に青髭を加えたものと考えられる。〈半隈〉は墨(青)髭を頰部と顎部にほどこし,筋隈と同形,これは景清役に用いる。〈猿隈〉は額に複数の横筋を入れるところからの称で,鼻下と顎部に墨髭を入れる〈弁慶猿隈〉などの変形も見られるが《対面》の朝比奈の用いるもの。〈火焰隈〉は筋隈の形態で額部の筋が火焰状をなす。《義経千本桜》〈鳥居前の場〉の忠信などがこれである。〈鯰(なまず)隈〉は鼻脇から下部へかけて墨の鯰髭を描くのが特徴で,《暫》の鯰坊主に用いる戯隈(ざれぐま)の一種,同想のものに〈蟹隈〉がある。〈六十三日隈〉〈日の出烏の隈〉〈蝙蝠(こうもり)隈〉など,ひねった趣向のものも戯隈に属する。藍・茶・墨系の隈の典型的なものには〈公家荒(くげあれ)〉があり,《車引》の時平,《暫》のウケ,《妹背山婦女庭訓》の入鹿(いるか)などの役々に用いる。ほかに〈般若隈〉〈鬼女(きじよ)隈〉など謀反人・鬼畜・化身系の役々に多数がある。演技が終わったあと,隈取を紙または羽二重などに押しあてて写しとったものは〈押隈〉といい,好劇家に愛蔵されている。
中国では隈取を〈臉譜(れんぷ)〉という。もと古代の仮面に源を発し,それから発達してきたといわれ,宋・元の演劇にはすでに用いられていたが,長い年月を経て複雑化し,今日みられるような多彩な様式に変化してきた。この特殊な化粧法を用いるのは,浄(じよう)(豪傑役,敵役)と丑(ちゆう)(道化役,端敵役)の二つの役柄で,浄が〈花臉〉といって顔の全面に隈取するのに対し,丑は〈小花臉〉ともいわれ,顔の中央を白く塗るだけである。色彩によって人物の性格を表し,たとえば正義と熱血の士である関羽は赤塗り,狡猾で陰険な趙高は白塗り,また愚直な豪傑の張飛や,剛直な正義派の包拯は黒塗りにする。このほか,紫は廉直な人物,黄は一種の腹黒い人物,青は凶猛な性格,緑は妖魔,金銀は神仙妖怪のたぐいをそれぞれ表す。鮮やかな色彩と大胆な図案によって,仮面のように見える濃厚なそれは,京劇における重要な演出技術の一部になっている。
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