新版 日本架空伝承人名事典
日本国語大辞典
解説・用例
(1)民話などに悪役として登場する鬼。天探女(あまのさぐめ)に由来するといわれるが、瓜子姫(うりこひめ)の話に見えるものなど変形は多い。あまのざこ。あまのじゃき。あまのじゃこ。あまんじゃく。
*俗語考〔1841〕「あまのじゃく あまのざことも。〈略〉此言天探女を訛り伝へたる詞なるべし」
(2)(形動)何事でも人の意にさからった行動ばかりをすること。また、そのような人、さま。ひねくれ者。つむじまがり。
*評判記・赤烏帽子〔1663〕中村蔵人「人のなせそといふことを、別而好まるるは、天(アマ)のじゃくの氏子にはなきかとおほさる」
*人情本・娘太平記操早引〔1837~39〕初・四回「豆八さん、お前は誠に天邪鬼(アマノジャク)だね」
*雑俳・柳多留‐一四六〔1838~40〕「あまのじゃくだと塞翁が女房言」
*吾輩は猫である〔1905~06〕〈夏目漱石〉一〇「『人が右と云へば左、左と云へば右で、何でも人の言ふ通りにした事がない、─そりゃ強情ですよ』『天探女(アマノジャク)でせう。叔父さんはあれが道楽なのよ』」
*世相〔1946〕〈織田作之助〉二「この小説もまた『風俗壊乱』の理由で闇に葬られるかも知れないと思ったが、手錠をはめられた江戸時代の戯作者のことを思へば、いっそ天邪鬼な快感があった」
(3)仏像で、仁王や四天王の足下に踏みつけられている小悪鬼。また、毘沙門(びしゃもん)の鎧の腹についている鬼面の名。
*鈔〔1445~46〕一〇「毘沙門の鎧の前に鬼面あり。其名如何 常には是を河伯面と云。〈略〉或書に云。河伯面、是を海若(アマノジャク)と云」
*虎明本狂言・仏師〔室町末~近世初〕「『にわうはなにとあらふぞ』『それはふだん、お前に参るに、何とやらあたまをはられさうでわるひ』と云『ざわうは』いやといふ『あまのじゃくは』」
(4)昆虫「じむし(地虫)」の異名。
*随筆・嬉遊笑覧〔1830〕一二「又あまのじゃくという虫あり」
語誌
(1)上代神話に登場する巫女神、天探女(あまのさぐめ)の転訛とする説が有力。天探女が他者の邪念を探ってそそのかしたことから、人の意向に逆らう邪悪な存在、心理を表わす言葉に転じたか。
(2)瓜子姫譚を始め数多くの民間説話にも、負け滅びる悪役や、相手の意に逆らう悪戯者として登場する。中でも他者の意を測り(サグル)、それを模倣する(モドク)ことで相手に違和感や反発を覚えさせる型のものが、上代神話における天探女と、人に逆らう、素直でないものという現在の意味とに連なるとされる。
方言
(1)架空の怪物。なんとなく恐ろしいもの。
(2)いろりの灰の中などにいるという妖怪。
(3)人のまねをすること。また、その者。
(4)なんにでも口出ししたりよけいな手出しをしたりする人。
(5)大きな建物の中などで声を出したときに返ってくる反響。
(6)こだま。山びこ。
(7)蝶類などのさなぎ。
語源説
アマノサグメ(天探女)の転という〔嚢鈔・俗語考・大言海〕。
発音
アマヌシャグメ〔壱岐〕アマノジャコ〔和歌山・伊予〕アマンシャグ〔長崎〕アマンジャク〔茨城・埼玉方言・神奈川〕アマンシャグマ〔長崎・壱岐〕アマンシャクメ〔大隅〕アマンジャコ〔神戸・徳島〕アマンジャッメ〔鹿児島方言〕
[ノ][0]/[ノ](ノ)
辞書
書言・言海
→正式名称と詳細
表記
【
図版
日本大百科全書(ニッポニカ)
昔話や伝説に登場してくる想像上の悪者。妖怪 (ようかい)とも精霊とも決めがたい。他人の心中を察することが巧みで、口まね、物まねなどして、人の意図に逆らったり、すなおでないのだが、屈服されたりもする。昔話「瓜子姫 (うりこひめ)」では、姫を誘拐し着物を脱がせて木に縛り、姫に化けて嫁入りしようとしたりする。この悪者を山姥 (やまんば)に変えている地方(栃木、富山、岐阜県)もあって、天邪鬼が山へ逃げる結末の型に重ねて、山の妖怪と考える伝承もあったと思われる。秋田、群馬県では口まねから山彦 (やまびこ)の異名になっているが、岩手県遠野 (とおの)地方では炉の灰の中にいる妖怪とされる。『日葡 (にっぽ)辞書』では「アマノザコAmanozaco――ものをいうといわれる獣 (けだもの)の名。また出しゃばって口数の多い者」とあり、東日本で娘をばかにしていう呼び名と同じ系統を引く意味であろう。
そのほかに種々の型があって、赤い根の穀物、菜類は、人間にはもったいないと天邪鬼が手でしごいたから赤いのだという伝説や、一年中温和の気候に逆らって夏や冬を設けたとか、橋や池の土木工事のじゃまをした、といった伝承もある。『日本書紀』天孫降臨神話に天稚彦 (あめのわかひこ)に仕えていた天探女 (あまのさぐめ)は、『万葉集』『摂津逸文風土記 (せっついつぶんふどき)』にもあって、天逆女 (あまのさかめ)とする説もあり、関連のある女神であろう。
仏教では、海若、耐董とも書き、天 (あま)の邪古 (ざこ)ともいう。仏教守護の神々である四天王の一の毘沙門天 (びしゃもんてん)の鎧 (よろい)の腹部にある鬼面の名を海若 (あまのじゃく)(別名は河伯 (かはく))といい、のちにはこの神が足下に踏みつけている小悪鬼を耐董と書き、「あまのじゃく」とよぶようになった。毘沙門天はもとインドのベーダ時代(紀元前1500年前後)以来の古い神で北方守護神であったが、仏教に取り入れられて、四天王の一となった。その像容は、身に甲冑 (かっちゅう)をつけ、左手のひらに宝塔を掲げ、右手に宝棒をとるのが一般的であるが、腹部に鬼面がつけられるようになった経緯は明らかではない。ただ、中国では9世紀ごろには毘沙門天は武道の神として崇拝されており、また海若とその別名河伯はともに『荘子 (そうじ)』秋水篇 (へん)にみえる水神の名であるところから、中国成立の可能性も考えられる。
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